第5話 魔力の矛盾〜解体新書の観点から〜
「魔力ってのは…その、限りがあるもんでして」
「確かにそうね」
「どういうこと?」
エラリーはピンと来ていない様子。
「要するにね、魔力は無限に使えるものじゃないの。あくまで個人差はあるけれど、目安があるのよ。例えば、シャルロイド公爵家が得意とする水魔法でいうと」
水刃…魔力10~20
水噴…魔力30前後
海嘯…魔力200~500
「という具合に、魔法によって消費する魔力量が異なるの。大魔法になればなるほど、消費する魔力量が高くなるのよ」
「ん? じゃあ私の場合は? 魔力30だと?」
「初級魔法を一つか二つ使ったら魔力切れを起こすわね」
「切れると?」
「疲労感で済めばいいけれど、酷いと失神したり、身体に損傷が出たり、酷い場合には死亡する場合もあるわ」
「げ。まじか」
「本当よ」
「アレでごぜぇやす、『シャリバテ』ってぇ奴で」
むしろ私、そっちの方を知らない。
「あたしゃ薬草を摘みに始終山に入りやすが、非常食だけは欠かしたことがねぇです。空腹を我慢しすぎると、とたんに足が上がらなくなるんでさぁ」
「そういや、船乗りにもそういうの聞いたことがあるような? 長い航海をすると足が上がらなくなって…なんだっけ。果物を食べれば回復するんだっけ」
「それは別の病気」
「そうなの?」
壊血病、って言うらしいのだけれど、シャルロイド領の医師であるリンドバーグという医師が「どうも柑橘類が壊血病に効くらしい」という証明をなしてみせたのだ。というか。
「良く知ってるわね」
「そりゃ、本業は金融だし。金融と言えば航海でしょ」
確かに。
「壊血病はあたしの父も研究してやして…リンドバーグ先生のお話は一度伺ってみてぇとおもってやした」
もしかしてこのチーム、最新の学問に精通した理想のチームじゃないかしら。ところで。
「何の話だっけ?」
「シャリバテの話でごぜぇやす。つまり、体力と魔力は切っても切れねぇ関係にあるんじゃねぇかと、あたしは考えているんですわ」
「なるほど、そしたら魔力9999は?」
「体力と筋力と魔力が比例するってぇなら、9999の魔力をその身にとどめるにゃあ…あたしの計算じゃ、そうさね、象くれぇの図体が必要になるはずなんで」
「魔力の概念か…」
そもそも魔力ってなんなんだろう?
「古典的な表現だと、胆汁の総量とされているけれど」
胆汁とは、体内を流れる血液以外の液体の事だ。
「それだと理屈が通りゃあせんのです」
「通らない?」
「魔力ゼロのあたしの身体にも、胆汁は流れてやすからね」
「…なんで知ってるの?」
「切りやした」
怖い子!
「え、自分で切ったの? 怖くない?」
「いえ、自分でなんて…そんなおっかねぇ真似はできねぇです。薬草を採ってる時に、枝を引っ掛けちまいまして。血が出たんですが、それとは違う、別の無色の液体を見つけまして」
「リンパ液ってやつね」
理念と解剖学の差だ。どうも一般的に胆汁、と言われているシロモノはリンパ液ではないか、と言われるようになったのだけれど、ここでいつもの矛盾が(教会的かつ魔導的な)発生するわけよ。
「つまり、魔力の源とされた胆汁は実は魔力ゼロの一般人にも流れている、ってこと?」
「エラリーの言う通りよ。解体新書は読んだ?」
「ううん」
エラリーは素直に首を横に振る。
「読みました…あたしゃ魂が震えるほど感動したもんでさぁ」
流石マルタ。
「書庫院にあるから読んでみるといいわ。それで、最近の魔導学会では「胆汁ではなく、神経が関係するのでは」という人も出てきてる」
「神経線?」
「脳髄から全身を巡る、白い線の事でやんす。あの白い線は、死んだあともなかなか腐らねぇ、しぶとい糸みてぇなシロモノでして」
「神経の総量が魔力に関係するのかしら?」
「ただ、それにしたって魔力ゼロの理屈にゃあ合いやせんが」
それはそうだ。神経線自体は魔力ゼロの平民にもある訳で。ちなみに解体新書に掲載された、「実際の人体の解剖」は原則として平民が対象よ。現時点で貴族遺体の解体記録は存在しない…というか、「あってはならない」と言うのが実情よね。要するに貴族と平民の身体について、解剖学的に比較検討ができていない、という事なのだけれど。
「ゼロの人間が存在すること自体が異常なのか、魔力そのものが異常なのか…」
「ねぇねぇ」
エラリーが手をあげた。
「考えたり、コトバを考える、ってのは脳がやるんだよね」
「思考と記憶の源泉ね…」
ここでいうと、やはり新旧対立がある訳で。心臓派と脳髄派で分かれてはいるけれど、流石に脳髄派が主流になりつつある。神の啓示を受けるのは心臓ではなく脳髄、ということで、一部の原理主義者以外は比較的教会でも認められた説だ。
「脳の構造はわからないことの方が多いのよね」
「そもそも、魔力って物質なの? 詠唱ってコトバじゃん」
エラリーは多分、直観で回答を出せるタイプなんだと思う。
「わからない、が今の答えになるけれど」
「ただ、物質に影響を与える以上、物質であるとあたしは考えてやんす。火魔法を使おうが、火打石を叩こうが、出る結果は同じでごぜぇやすから」
「その理屈は私も気になっていたのよね。水魔法もなのだけど、たまに不発することがあって」
「不発でやんすか?」
「日照りが続いて乾燥している時とか」
「湿度って概念がありやすが、水魔法も大気中の水分をかき集めてるってぇ理屈でやんすね」
「私はそう考えているわ。だから、分子論の方が理解しやすいんだけど…」
「…もしかして私たち、めちゃくちゃ難しい研究をしようとしてない?」
はい。
「とりあえず、魔力9999の話に戻しましょうか。敢えて古典的な話をすると、魔力胆汁説にしても、神経説にしても無理がある、ってことよね」
「へぇ。仮に胆汁の量だとして、魔導真理学部の平均が100ってぇなら、その百倍となりやすと」
「身体が胆汁だらけになるわ」
「神経も同じでさぁ」
百倍の神経線? 無茶があるわよね。そもそも、お兄様やお父様も、その辺の貴族に比べたら遥かに魔力は高いけれど、身体が他の人より十倍大きいとか、巨体だとか、そういう訳でもないのよね。
「整理するけれど」
・魔力が物質であるとしたら、9999という質量は一人の人間の容量を越えている
・もし、9999が正しいとしたら、魔力は物質ではない?
・もし、9999が正しくないとすれば、どういう理屈?
「こんな所かしら」
そうでやんす、とマルタ。
「さっきさ、フランソワが「水魔法が不発の時がある」って言ったじゃん」
「ええ」
「つまり、魔力ってのは体内にあるんじゃなくて、外にある、って考え方は?」
「ん~。古代ロスタリアの古典に、似たような話はあるけれど…」
精霊概念のこと。魔力はあくまで精霊が持っていて、ヒトは精霊との契約によって魔力を行使する、という考え方だ。
「精霊サマってのは、その辺にいる?」
「と言うのが、魔導学会の考え方ね。この理論だと、9999も一応は説明できるわね」
「つまり?」
「外部にある精霊の『集約力』を魔力と見做す考え方になると思うわ」
「それだと、時間や季節によって魔力の強さが変わっちまうはずでやんす」
「そうね」
そうなのよね。水魔法の例じゃないけれど、季節や時間に応じて魔法の威力は変化するから、外部の『精霊』に反応しているのなら毎回測定器の数値が変わってしまうはずだもの。
「魔力測定という概念がある以上、外的要因ではなく、各人で魔力が固定されている、と考えたほうが理屈には合うと思うけれど…」
困ったわ。お手上げになりそう。
「やっぱり、蔵書を漁りましょう。三人で手分けすれば多少は…」
「ええ…やっぱりそうなるの?」
エラリーは本当に嫌そうね。
「あのぅ…」
もう一度、先ほどよりは力強く、マルタが手を上げた。
「ここはリンドバーグ先生に倣って、比較実験ってぇのをやってみるのはどうでやんしょう?」
「乗った!」
いち早く手を上げたのはエラリーだった。
「やっぱり実地調査だって!」
「調査はいいけど…どうやるの?」
「簡単でしょ?」
ぱちん、とエラリーが可愛くウインクした。
「本人に突撃!」
分からなければ調べるしかない!
科学的に考えると、魔力9999は象並みの体格が必要!?
矛盾だらけのシオンに、フランソワたちが突撃します!
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