昨日の続き
「あなたは、動く事が出来ますか?」
そういう質問が来た。どういう意味か良く分からなかったが、手足は動く。それで
「はい、手も足も動きます。」
そう答えた。また10秒ほどの間隔が有った。その10秒は、春斗にとっては1時間にも感じた。
「私は、貴方に4つのお願いが有ります。聞いて頂けますか。」
闇の中からの、次の質問だ。
「私に出来る事でしたら、お聞きします。その代り、私を助けてください。」
春斗は、必死になってそう答える。次の言葉は、直ぐに帰って来た。
「その近くに有る階段を上り、上のハッチを開けて外に出てください。外に出たら最初のお願いをします。」
〈えっ、今、下りて来たばかりの梯子をまた昇れ、って事か。〉
そう思ったが、助けてくれるならそうするしかない。それに会話をしたのは四日ぶりだ。しかも日本語で話している。こんな嬉しい事は無い。一度ならず諦めた命が、何とか助かるかも知れない。そう思っただけで、どんな依頼も成し遂げようと思った。
春斗は、手探りで梯子を見つけて、慎重に上って行く。確か20段は有ったと思った。一段ずつ数えながら、薄明かりが見えてくる場所まで上がった。もう少しだ。上まで辿り着くと、ハッチは開いたままだ。その外に出ると、穴の横へ座り込んだ。この穴を降りる前に居た場所だ。すると、下からまた小さな声が聞こえて来た。
「一つ目のお願いです。ハッチの横に縦方向へ回す、小さなハンドルが有ります。それを左側へ動かなくなるまで回してください。」
そんなハンドルがもう一つ有ったかな、と思いつつ穴の回りを凝視すると、言われたように穴の向こう側にハンドルらしき影が見える。ハッチと言われた先ほどの取っ手よりも、半分くらいの大きさしかない。それも、横へ回すのではなく、縦方向に回すように円形が縦に立っていた。
少し腰を移動させて、その場所へ行くとハンドルへ手を掛ける。縦方向へ円を描いて回す事の出来るハンドルの右横に、片手だけで回す取手が付いている。それを握って、言われるままに手前方向へ左回りに回した。そのハンドルを動かすのは楽ではなかったが、何とか回り始めた。すると、最初に開けておいた丸い蓋が、床から上へと少しずつ上がり始めた。ハンドルは、反対方向へ戻る事は無かったが、かなり回すには力が要る。
蓋を1メートル上げるには、ハンドルを5、6回、力を入れて回さないといけない。その5、6回、回す内に、腕の筋肉が痛み出して来て、息が上がって来る。
春斗は、座り直し、体勢を整えると又ハンドルを回していく。すると、その円形の蓋は細い支柱に支えられながら、徐々に春斗が落ちた穴の入口へ向って行った。5メートルの距離を、持ち上げるのは一苦労だったが、何とか終わりに近づいた。すると、ハンドルはそれ以上動かなくなり、その蓋は外界へ出て丁度パラボラアンテナのように空を向いている。
あの声が聞こえて来た。
「1時間、その場で待機をしていてください。」
一体、何なんだ。息をゼイゼイさせながら、春斗はバックパックからもう一つの水を取り出すと、それをごくごくと飲んだ。時計を薄い明りにかざすと、午後2時になっている。腹が減ったと思い、待機のついでにラーメンも出して、それを袋から出すと直接かじりついた。ガリっという音とともに、ラーメンの塊をかみ砕く。歯と舌にざらざらした硬いラーメンが広がったが、以外と美味い。腹が減っているせいか、直ぐに平らげてしまい、また水を飲むと腹は溜まって来た。それでも10分しか経っていない。待てと言われたのだから、待つしかない。その場に横になり、目を閉じた。
夢の中で、男の声がする。
《下を見てください。》
そう聞こえたような気がした。起きあがって穴の下を覗くと、今までとは違いぼんやりと薄明かりが点いている。梯子が最後の段まで見通せて、回りの円柱の壁も床も見る事が出来た。暗いながらも、照明が点いたのだ。
《降りて来て下さい。》
又、声がした。春斗が再度下まで降りていくと、そこは今まで見る事が出来なかった、梯子の回りの様子が見える。梯子が取り付けてある壁を右横に見ると、前方と後方へ向って長い廊下がある。その廊下の幅は、5メートルは有りそうだった。天井までの高さは3メートル以上あり天井は弧になっている。見える範囲では、そのトンネルのような廊下の長さは50メートルほど在った。
金属製の壁には、扉らしきものは見当たらず、照明器具もスイッチ類も一切ない。ただ、腰の辺りとそこから1メートルほど上に一本ずつ、計二本の溝が見える。その溝の深さは1センチ位で、幅は10センチ程度だった。デザインかもしれないし、装置かもしれない。
続きは明日。




