昨日の続き
手さぐりで、周辺を探してみた。すると、金属の丸みを帯びたモノが手に触れた。
あっ、よかった、水筒だ、と思って持ち上げようとしたが、地面から離れない。えっ、と思って、しっかりと持ち直そうとしたが、水筒ではなさそうだ。その水筒の感触とも違う。その金属製のモノは筒状ではあったが、探っていくとさらに水平方向へ丸みを帯びて続いている。
それは、地面から10センチ上あたりで、直径30センチ程の円を描いている。見えないながらも、さらに手探りしていると、その円の途中から中心へ向って、何本かの真っすぐな筒が伸びていて、その中心にはさらに小さな円形の金属が有った。それは、持ち上げようとしても動く事は無かった。春斗は、その形を想像してみた。車のハンドルや、船の操舵のような形だと思った。
少なくとも自然にできた形ではない。人工物だ。ここに以前には人が居たのか。もう一度、手で探ってみる。そうだ、この形は水道の止水栓を大きくした形だ。ならば、回せば動くかもしれない。これだけ大きなハンドルなのだから、動けば何か変化も起きるかもしれない。春斗にはその変化が、今よりもっと危険なものになるかも知れないという危惧も有ったが、いま以上の危険が有っても仕方が無い。なるようにしか成らない、そう腹を決めた。
そのハンドルらしき円形の傍で腰を落とすと、左側へハンドルを回そうとした。普通は、右へ回せば締まり、左へ回せば緩むと知っていたからだ。だが、いくら力を入れてもびくともしない。何回も試したが、ダメだった。錆びているのかと思ったが、ダメもとで右へ回した。すると、簡単にハンドルは回り始めた。何だ、これは!心の中で叫んだ。
そのハンドルを回す時、上へ向って右方向へ力を入れていた為に、三回転ほどすると、春斗の腰は思わず後ろへ尻餅を突いた。ハンドルは手にしている。すると、ハンドルは後ろ側へ傾いたようだ。ハンドルと、その下に付いていた金属と思われる円形の板が、春斗の腹の上にある。体を避けて、それをゆっくりと裏返しにする。すると、ハンドルの有った位置に、下へと続く穴が開いた。
これは頭上の穴と違い、人工物だ。その穴の中を覗いてみるが、外からの薄明りだけでは中の様子までは分からない。また穴の回りやその中を、手探りしてみた。その穴の直径は1メートル位。蓋の裏側にも、表側と同様にハンドルが付いている。春斗は潜水艦の出入り口を想像した。ハンドルで留め金を緩めて出入りした後で、またハンドルを廻して出入り口をしっかりと固定する。そのようなものだと思ったのだ。
それから、蓋が取り付けられている反対側を探ると、其処には下へと続く梯子のようなものが取り付けられていた。体を伸ばしてさらに探ると、やはり50センチほど下に、足場が有った。梯子に違いない。これは何かの建物だろう。その天井から内部へ入るための、梯子であろうと見当を付けた。もう、降りるしか手はない。この先、どうなろうといい。
人工物なら、他に出口も有るだろうし、うまく行けば食べ物もあるかも知れない。前向きに考えよう。春斗は、足からその穴へ入ると、最初の一歩をその梯子の足場へ掛けた。次の一段も有るのか分からない。そっと足を伸ばすと、間違いなく次の一段も有った。そうして、また一段、また一段と下へと降りていく。下は真っ暗で、様子は分からない。でも見上げてみると、外からの薄明りの中に梯子が伸びている事が分かる。梯子の回りはやはり金属製で出来ている筒のような感じがした。
20段くらいは下がっただろうか、1段が50センチとして10メートルは降りた事になる。春斗の足は、地面らしき場所へ降りた。上からの明かりも殆ど届かない。何も見えないと言っていいほど真っ暗だった。何かスイッチみたいな物は無いかと、梯子の回りを探ってみた。壁には、スイッチらしきものは無い。春斗は、その場所を離れる事が出来ないでいる。少しでも移動したら、元の場所が分からなくなる可能性がある。それ程の暗さだった。
その暗さは、恐怖を生んだ。静寂で何も見えない場所に、ただ一人居るという恐怖が襲って来た。春斗は初めて大声を上げて、叫んでしまった。
「うぉーっ、誰かーっ、だれかーっ。」
すると不思議な事が起こった。何処からか声が聞こえて来たのだ。何を言っているのかは分からない。聞いた事の無いような、もしかしたら外国語なのかもしれない。
闇に向かって、春斗は助けを求めた。
「だれかっ、助けてください。たすけてっ。」
それに対する返事はない、ただ繰り返し、同じような調子で言葉が聞こえて来る。春斗は、その声を理解しようとした。何と言っているのだろう。今度は耳を澄ませた。殆どは聞き取れなかったが、その言葉の中には、所々に聞き覚えがある単語があるように思えた。その色々な言葉の中に
《チャオ、ボンジュール、こんにちは、ハロー》
そんな言葉が交じっているようだ。これは、挨拶の言葉の羅列だ。
そう思った春斗は
「こんにちは。」
と、大きな声で言ってみた。すると繰り返し聞こえた声が、ピタッと止まり、10秒ほど間が開いた。次に聞こえた声に、春斗は小躍りした。
「あなたは、日本人ですか?」
たどたどしかったが、男の声で確かにそう言った。
「そうです、私は日本人です。あなたは誰ですか?」
はっきりとしかも、ゆっくりと答えた。相手が聞き取れなかった場合を考えたのだ。
暗闇の声は、その質問には答えない。
続きは明日。




