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10 出発ロビー

             十  出発ロビー


 春斗は目を覚ましていた。明るい日差しが見えた。ここは何処だろう?

記憶を辿っていくと、ザンゴの母艦へたどり着いたが敵の砲撃を受けて、カザムのアローに助けられたところまで思い出した。あの後は、どうなったのだろう。


美月が見つけてくれて、拾い上げてくれたのか?

回りを見渡すと、其処は見覚えのあるあのホテルの一室だった。かすかに音が聞こえている。


耳を澄ますと、それはシャワーの音のようだ。誰かがシャワーを使っている。なんなんだ、これは。頭の中が迷路のようになって、考えがまとまらない。最初は、今までの事は夢だったのか、と思った。それを、いやそんなはずはない、と打ち消す。


僕は地球へ帰って来たのか?枕元の時計を見ると朝の6時だった。窓の外には、都会のビルが並んでいる。見慣れた地球、それも日本の風景だ。あの星ではない。すると、地球へ帰って来たに違いない。美月が地球まで運んでくれたのか?


でも、あの時と同じホテルの同じ部屋にいると言うのはどういう事なんだ。カザムの技術は、空間までも超越出来るのか?

あの日の朝は、隣に美玖がまだ寝ていた。ところが今は美玖の姿がない。不安が襲ってきた。そうだ、美玖はもう居ない。


思い返すようにして左手を見た。薬指には結婚指輪が嵌っている。美玖と、お揃いの結婚指輪だ。続いて右手を見る。其処にも手首に、太い蒲鉾型のブレスレットが嵌っていた。


えっ、これは美月が作ってくれた、シールドと武器を発生させるブレスレットではなかったか。おもわず胸の上を触っていた。そこにも、あの通信装置であるネックレスが掛かっている。すると、これは夢ではない。


それを手で押さえ、美月を呼び出してみた。でも、応答はない。もう一度、左薬指を確認した。其処には美月との結婚指輪は嵌っていない。


春斗は、重い足取りでベッドを抜け出すと風呂場に向かった。相変わらずシャワーの音がしている。閉め忘れていたのだろうか。それとも美月が使用しているのだろうか?思い切って、風呂場のドアーを開けて中を覗き込んだ。


「ば、ばかっ。黙って覗くなんて変態よ。」

それはあの時と同じ、美玖の声だった。そこには裸のままの、正真正銘生身の美玖がシャワーを使っていた。背中と腰のラインが美しい、そんな馬鹿な感想を持ってしまっている。


春斗はその時、どんな表情をしたのだろうか?笑ったのか、おどけたのか、いやちがう、涙が出ていた。理由は分からなかったが、間違いなく美玖が其処に居た。ちゃんと生きて、シャワーを使っている。春斗はパジャマを着たまま、美玖に抱き着いた。


シャワーの雨が勢いよく体にかかってくる。美玖の体を抱き締めながら、春斗は泣き続けていた。美玖も訳が分からないままに、そんな春斗の体を抱いてくれている。


「どうしたの、ハルト。私は何処にもいかないよ。今日からハルトのお嫁さんだよ。」

春斗はそれでも、泣きながら美玖の体を抱き締めているだけだった。


風呂場から出ると、美玖が春斗の体をタオルで拭きながら

「どうしちゃったの?私が居なくなったと思った?」

と聞いてきた。春斗は、何と言って答えればいいか分からないでいる。


「目が覚めたら、美玖が隣に居なかったから急に寂しくなってしまったのかもしれない。」

そう言って、胡麻化すのが精一杯だった。


でも、今までの事は夢なんかではない。間違いなく、僕はアローに乗って宇宙を旅行してきたんだ。そして勇士となって、領主にもなった。美月やクララの事も思い出したが、それは美玖には言えない。あの後、北都は王都はどうなったのだろう。そして、アローはどうなったのだろう。考えても分かるはずはない。そして、時間は?遡ってしまっているのだろうか?


もし、今があのオーストラリアへの旅行前だったのなら、飛行機に乗ってはいけない。乗れば、また事故にあう。美玖が死んでしまう。でもそんな話をしても、誰も信じてはくれないだろう。どうすればいいのだろうか。そんな事を考えていると、美玖が心配そうに春斗の顔を覗き込んできた。


「どうしたの、春斗。何か心配事でもあるの?」

「いや、何でもないよ。少し昨日、頑張りすぎて疲れてしまったのかな?」

「いやだー。まだ若いんだからね、元気出して。それに今日は結婚届を出して、オーストラリアへ新婚旅行でしょ。楽しく行きましょ。」

やはり、時間は遡っている。


そう言われると、ますます旅行を止めようなどとは言えない。必ず事故にあう、とも限らない。

支度を終えて、ホテルをチェックアウトをして、玄関で待っていたレンタカーで役所へ行く。結婚届を提出して、窓口の人から祝福を受けた。あの時と全く同じだ。


空港へ着き、搭乗手続きをしたら後は飛行機に乗り込むばかりだ。そうなったら、全てが終わってしまう。いよいよトランクを預けて、搭乗口へ進もうと言うときに美玖が慌てた口調で話しかけて来た。


「どうしよう、ハルト。預かったパスポートが見つからない。私、ホテルでハルトから二人分預かったよね。このバッグに入れておくからって言って。それがないの。パスポートがなければ飛行機に乗れないよね。どうしよう?」


春斗は、これは天啓だと思った。これでこの飛行機に乗らずに済む。でもそれをひた隠しにして、落ち着いた口調で美玖に話しかけた。


「慌てないで、ホテルに連絡してみよう。もしかしたら見つけてもらっているかもしれない。」

「うん、ごめんね。ごめんね。」


美玖は涙を流している。ホテルへ連絡すると、間違いなく部屋にパスポートを忘れて来ていると言う。それで、まずは搭乗手続きの窓口でパスポートが見つからない事を告げて、乗るはずの便をキャンセルしてもらった。


いまからホテルに戻っても、出発には到底間に合わない。次に、間に合う便の予定を聞くと明日の同時刻に席があると言う。それで、その便に変更した。そうする事が、美玖の安心に繋がると思ったからだ。


「もう大丈夫だよ。もう一日、楽しみが伸びたと思えばいい。今からホテルに戻り、パスポートを受け取ったらもう一泊、ホテルを予約しよう。今日一日は、何処で過ごしても美玖と一緒なら楽しいし。」


それでも美玖は、自分の責任で飛行機に乗れなかったことを詫びている。目が真っ赤にはれ上がっていた。春斗は、飛行機事故の事を誰かに告げなくてもよいのかどうか迷っていた。


もし告げたとしても、誰にも信じてもらえないだろうし、下手をしたら狂人扱いされてしまうかもしれない。それに、事故は起きるとは限らない。そう思って、黙っていることにしてしまった。


それでも心の底が、きしきしと音を上げて痛んでくる。何とかならないだろうか?事故が起きる事を誰にも告げずに、飛行機の出発を取り止めさせることは出来ないだろうか?


今ロビーの窓の外では、春斗たちが乗り込む予定の飛行機がサテライトに繋がれて待機しているはずだ。これが一旦動き出してしまえば、乗客乗員200人以上が命を落としてしまう。


それでいいのだろうか?黙っているのが正義なのか?そうではない筈だ。それではどうしたら?春斗の顔は自然と曇って来て、今にも倒れてしまいそうな雰囲気を醸し出していた。


「ハルト、大丈夫?顔が真っ青だよ。私のせいね。本当にゴメン。」

「そうじぁ、ないんだ。美玖のせいなんかじぁない。」

春斗の答えは生返事だった。


続きは明日。

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