昨日の続き
「あっ、あの、顔を上げて頂けませんか?今日は、少しお聞きしたいことが有って参りました。」
ジャンには、少しも偉そうにする素振りが無い。年上の老人を敬っている様子だ。
「何を儂に聞きたいか存じませんが、こんなあばら家ですだ。どうか、ご勘弁を。」
顔を上げずに、そう言っている。ジャンはそれに構わずに、家の中へ入れてくれ、と頼んでいる。その言葉に押される形で、ジャンと春斗は家の中へ招き入れられた。椅子を勧められてそこに座っても、老人は立ったままだ。
「実は、この地方の風習や伝承をお聞きしたいのです。ゲン・マニノさんが詳しいと聞きましたので、こうして伺いました。」
ジャンはあくまでも丁寧に話している。この老人は、ゲンと言う名前らしい。
春斗の勧めで、やっとそのゲン・マニノも椅子へ座った。
「儂は、みんなからゲン爺と呼ばれていますだ。だから、ソレッド様も儂の事はゲン爺と呼んでくだされ。儂の知っている事は、みんなお話しますで。」
そう言って、ゲン・マニノは少しずつ話し始めた。この地方の習慣や民話には、都市部にあるような話に近いものもあった。でも独特の風習や祭りも有って、興味深く二人は聞きいっていた。ジャンは税の話や、暮らしぶりの話にも言及して聞き出し、これからの施政に役立たせようとしている。きっと、良い領主になるだろう、自分も参考にしなければ、と春斗は思うのだった。
そして最後に聞きだしたのが、この近辺に出現するかもしれないモンスターの話だった。
そのモンスターは、海からやってくる。ゲン爺は若い頃に、一回だけ遭遇したことがある、と言っていた。その形は、蟹と海老が合体したようだったと言い、蟹のような大きな体に、海老のような尾がある。
その体の両側からは大きな爪を持った腕が伸びている。体は硬い甲羅で覆われていて、銛も槍もその甲羅を突き破れないそうだ。体の下と尾の下には何本もの足が生えていて、その体の大きさに似合わずリラも追いつかれる速さで移動する。海の中も地上も構わずに、手当たり次第に食い荒らす。
そのモンスターが現れると漁獲高もぐっと減るばかりではなく、村には到底住めなくなる、という話だった。それと今までに、そのモンスターを倒したと言う話は聞いたことがない、と言っていた。名前は、うろ覚えだったが《バルパロ》と言うらしい。
最後にゲン爺が見た時からもう50年は経っているらしいが、これまでにそのバルパロらしき姿を海上で見たものが何人も現れているし、漁獲高も極端に減った年もあった、という事だった。この50年の間、陸には上陸していないが、何時上陸しても不思議ではないようだ。
その為の自警団は組織されているが施政者は半信半疑で、そのための軍の派遣や予算は取ってくれていない状況だった。
話が終わると、ジャンと春斗はゲン爺に礼を言い、幾ばくかの銭も与えた。ゲン爺は何度も何度も頭を下げて、二人を見送ってくれた。もう日は暮れようとしている。長い長い、時間が過ぎていた。
その《海の都》から帰って、二カ月が過ぎようとしていた。相変わらず春斗は、美月と仲睦まじく暮らしている。この頃では、美月をドロイドとの認識もなくなって来た。それほど美月は、人間よりも人間らしくなってきている。もしかしたら進化しているのかも知れない、と思う事も有った。
北都の運営は、マキトやクララの助力も有り順調に進んでいる。インフラも改良され、随分と暮らしやすくなっていた。
そんな中で、ジャンから早馬の手紙が来た。確認すると、海の都であのゲン爺から聞いたバルパロが出現しそうだとの内容だった。
まだ上陸した姿は確認されていないが、漁獲高が極度に減り、それらしき姿を何人も見た、という報告が上がっているそうだ。できればハルト殿の力を借りたい、とも書いてあった。手紙が出されてから6日は経っている。今現在が、どうなっているかは分からない。
美月にそう言って出かけようとすると、美月も、私にも何か役に立てるかもしれない、一緒に行く、と言いだしたので二人でシャトルに乗り込んだ。幸い、今のところ北都に何の問題もない。
春斗たちが到着する前日だった。バルパロと呼ばれたモンスターは、既に上陸していたという話だ。あの日、二人で訪問した漁村近くの浜辺から上陸して、漁村の殆どが壊滅させられていたという。
命からがら逃げ帰った漁民の話によると、その大きさは想像以上で、爪の大きさだけで10メートルは有ろうというものだった。やはり蟹と海老が合体したような形で、その全体は50メートル以上だと触れ回っていた。
民衆の一人からその話を聞いて、ソレッド家へ急いだ。玄関から出て来た執事が出迎えてくれる。シャーロットは、応接室で待っていてくれた。
手紙を出してからまだ10日も経っていないのに、二人そろって春斗夫婦がジャンの屋敷を訪れた事を、シャーロットは不思議に思った。
何か、春斗に特別な力があるのだとは思っていたが、敢えてそれに言及しなかった。ただ、シャーロットには不思議でしょうがなかった。あの、隣国の王子との縁談の際に、この身が危ないと思った時も、春斗は簡単にそれを退けてしまった。
ザンゴという危険な竜に似た動物の襲撃にも、国の兵には何の被害もなかった。それを見て、確認した訳ではなかったが何か違和感を覚えた記憶が甦る。それが今回の春斗の訪問でも、顕著になってしまった。ただ今は、ジャン・ソレッドの妻だ。王女ではない。そう自覚して、ジャンが何も言わない以上黙っていよう、と心に決めている。
それに、春斗は勇士の称号を父国王から受けた身だ。
「シャーロット様、ジャン殿はご在宅ではないのですか?」
一人で佇んでいたシャーロットに、そう問いかけた。
「ええ、昨日の昼頃に、部下の兵士たちと一緒に浜辺の漁村へ出向いていきました。バルパロは海へ帰ったようですが、村の様子を見てくると出かけて行ってしまったのです。まだ領主ではないのですから、そこまでする必要は無いと止めたのですが。また、バルパロが上陸するのではないかと心配で、昨日は一睡もできませんでした。」
シャーロットは憔悴しきっている。新婚の身だ。無理もない。ジャンは、春斗を待つ時間も惜しかったようだ。責任感の強い、ジャンらしい行動だ。春斗と美月はシャーロットに、心配するな、と言い残して早速シャトルへ乗り込んだ。
浜辺の漁村に着くと、其処は春斗が覚えていた漁村とは思えないほどの惨状だった。ほとんどの家々は跡形もなく壊れ果てている。石が積み上げられた周りの壁も壊され、道路は足の踏み場もないほどに残骸で溢れている。
いたる所に血痕が飛び散っていて、粘液の塊のような汚物が残っていた。何人の漁民が死んだのだろう。春斗も美月も、心が痛んだ。あの話を聞いた老人とその家族はどうなったのだろう。足早に、その家の方角へと進んで行った。
すると、其処にジャンと兵士の姿が見えた。ひとまずは安心して、ジャンへ声を掛けた。
「大変な事になりましたね。危惧していたことが本当になってしまった。」
ジャンは、春斗と美月を見つけて来訪の礼を言うと、村の惨状を説明し始めた。
「生き残ったのは、50名も居ません。あの老人は亡くなっていましたが、あの時の女性と孫は無事でした。ただ大怪我をしていて、今は他の負傷者と共に都市の方へ収容しています。多くの遺体は、ほとんどその形を成していなくて、バルパロに食われたか、溶かされたようです。一個所に集めて、埋葬を終えたところです。」
バルパロに溶かされたとは、どういう事だろうか。
「バルパロは口から大量の泡を吐くそうです。それに触れると体は勿論すべての物が溶けて来て、そのままにすると泡と一緒に固まってしまい、人や動物は逃げられなくなるそうなのです。それは大変な苦痛を伴うようで、その上それを次から次へと食べてしまい・・・・・・・。」
ジャンからは、その後の言葉が出ない。ぽつりと呟いた。
「本物のモンスターだ。どうやって退治したらいいんだろう。」
春斗は、ジャンの両肩に手を置いて、ポンポンと叩く仕草をした。
「大丈夫だとは安易に言えませんが、ジャン殿と私とで何とかしなければ。とりあえず浜辺近くの住民には、都の城壁の中へ避難してもらったほうがよかろうと思われますが。」
「そう思ってここへ来る前に、領主に会いに行ったんだ。その先導と避難所の開設を依頼したいと思って。ところが居宅はもぬけの殻で、信じられない事だが真っ先に逃げてしまったようだ。それで、王都に応援の要請も出している、でも到着するまでにはすくなくともまだ5日は掛かると思う。」
ジャンは現地の惨状を見て、気落ちしている節もある。
「私はいつでも、ジャン殿の見方だ。とりあえず今此処にいる兵に指令して、出来る限り多くの人々に避難してもらおう。ジャン殿にはその指揮を、私はシャーロット様に、避難所の用意をしてもらうようにミツキに都市へ行ってもらう。ミツキも力になれると思う。その上で、私も迎撃の用意をしておきます。」
春斗が力強く言うと、ジャンも気を取り直したようだ。
「ああ、直ぐにとりかかろう、ミツキ殿は大丈夫ですか?」
「ええ、リラにも乗れますし、ああ見えて武器も扱えます。」
美月に対しては、《災い》が発生した時のように、アローでシールドを張れないか、と依頼したが、アローまで行く手立てはシャトルしかない。そのシャトルは、バルパロに対抗するために手元に置いておきたい。都合の悪い事に、アローは惑星の反対側を飛行していた。
二人で乗って行って春斗だけが返ってくるのには時間がかかり過ぎる。美月はシャーロットと力を合わせ、住民の受け入れを準備するという役目も有り、シャーロットを守るという役目も担わなくてはならない。
あれこれ考えたが、今回はシールドを断念した。それで美月には、シャーロットのもとに急いでもらう事にしたのだ。
続きは明日。




