7. 王女と王子
七 王女と王子
領主としてあの城壁都市へ出向いて行ったのは、それから1カ月後だった。先方での受け入れ体勢に準備があった事が、その主な要因だ。連絡では約半数の使用人が残り、主だった使用人の大半は元の領主に付き従う予定だという。春斗は、どのような生活になるか分からなかったため、取り敢えずはその半数の使用人だけで進めて行こうと思っている。
荷馬車を用意して身の回りの必要なものだけを持ち込む事にした。今回は、その支度などはすべて都市の使用人たちが行ってくれている。春斗も美月も手持ち無沙汰になってしまっていた。そして、いよいよ出発の時が来た。美月とクララと馬車に乗り城壁都市へと向かう。
荷馬車と、護衛の兵士たちも同行している。その都市の名前は付けられていなかったが、それでは不便であったため名前を付ける許可をもらった。聞くと、今までは南東の都市とか北西の都市とか、王都を中心にその位置で表しているのが通例だった。
中には、その土地の特徴を捉えて大海の都市とか、平原の都市とかという名もあった。春斗はいろいろ考えてみたが、日本の都市のような名前がいい、と思っていた。それで、その都市を王都の北側に位置していたため〈北都〉と名前を付けた。
北都へ着くと、大勢の住民が歓迎してくれた。あの災いを倒した勇士様が、わが都市の領主様になってくれる。大変喜ばしくも名誉なことだと、皆喜んでくれている。
春斗はその光景を見ただけで、責任の大きさを改めて痛感していた。
その私邸は以前、災いの時に訪れていたが、改めて見直すとその広さに驚いた。王都で使用していた住まいも、二人だけで住むには広すぎると思っていたが、その何倍もある。しかも、この邸宅は殆どが三階建てで一部に四階がある。すべてが石造りでまるで要塞のようだ。
その周りは高い塀で覆われていて、出入り口には門扉がある。しかもその門扉の傍には門番が常駐する小屋まで建てられていた。都市の運営は勿論、私邸の管理裁量は、領主に任されていたようだ。
邸宅の中では既にたくさんの使用人が立ち働いている。警備をする者、炊事をする者、掃除をする者、それらの者を差配する者、色々な場所で色々な仕事をこなしている。総勢で30人は下らなかった。
前には、この倍の人数がいたと言っていたが、春斗としてはこれでも多いくらいだと感じた。でも、この者達を辞めさせる訳にはいかない。そうすれば、明日から働く場所がなくなってしまう。春斗は到着すると、その使用人たちを広間に集め、挨拶をした。美月とクララを紹介する。
と、ここでもまた美月の美しさに皆が感嘆のため息を漏らした。使用人の長であるマキトと名乗る男が質問をした。
「ミツキ様がご領主様の奥様という事は、一目瞭然のようにお見受けしますが、クララ様も負けず劣らずお綺麗でございます。それでも、ハルト様の第二婦人ではではないとお聞きしております。前のご領主様には二人の奥様が居られましたが、お二人とも奥様とお呼びしておりました。私たちはクララ様に、どのように接してどのようにお呼びすればよいのでしょうか?」
春斗は、戸惑うことなくクララを紹介した。
「クララは私の大事な家族です。血縁ではありませんが、私は妹だと思っています。」
それを聞いてクララが目頭を熱くした。
「クララも、私の大切な女性です。呼び方は、クララ様で良いと思います。美月とクララには私の身の回りの世話をしてもらっていますので、それ以外は皆様で分担していただきたいと思っています。今までより大分人数が減っていると聞いていますが、出来る範囲で構いません。何か困ったことが起きたら遠慮なくいつでも誰でも、私やミツキ、それとクララに直接伝えて頂いて結構です。」
春斗が伝えると、皆は了承していた。
その後で屋敷の中を見て回ったが、三階はすべて春斗の専用スペースだった。そこにはベッドルームは勿論、居間や別室、面談の為か広間もあった。驚いたことに湯殿も完備されている。
一階は大広間や食堂、台所などが主であとは使用人たちの部屋も多数あった。二階にも同様な施設があったが、この人数では殆ど使われなさそうだ。最上階はそれほど広くなく、万が一のための食品や備品の貯蔵室になっていて、そこからは都市の遠くまで見渡すことが出来て物見の役にも立っているようだ。
領主の主な仕事は徴税とインフラの整備、住民の保安に有った。実務は官吏が行うが、その徴税額や回数、時期などは領主が決めて良いという事のようだ。官吏の庁舎は私邸とは別の場所にあり、春斗の執務室も用意されていた。
これまでの帳簿があると言うのでそれを確認すると、徴税の1/5は王都に送られている。後の4/5で官吏や自宅使用人の給料を払い、官舎や自宅の経費、それにインフラ整備などの費用などに充当している。
残りは領主の取り分であったが、その取り分の額が思いのほか多額だった。今までの取り分は前の領主が持って行ったので、今はその蓄えはない。それでも春斗が驚くほどの金額だった。春斗の仕事始めは、この徴税に決めた。
翌日から春斗は、自室の執務室に入り税の計算をし直していく。春斗は日本に居た時に、税理士事務所を回ってコンピーターの営業をしていた。その知識が今、役に立っている。
王都へ送る金額は変えられない。官吏、官舎や自宅の管理費も変えられないだろう。使用の人数は半分になったため、費用としても半分になるが、春斗はそれをそのままにして、倍の給料を払うことにした。
そして残りの自分への取り分だが、これが王都に送る金額の半分にもなっている。これは取り過ぎだ。今までの領主は、王の取り分の半分は押さえていたことになる。王は幾つもの都市から徴収しているから、実際にはそれよりも多大の収入があるはずだが、それでも多すぎると思った。
春斗の計算では徴収税額を従来の四分の三にしても、充分に機能するはずだった。しかもこの税は一律な税率だった。金持ちもそうで無い者も、一律に同率の税を納めなければならない。それは不公平だ。それで、春斗は金持ちには今まで通りの税率にして、残りを今までの三分の二の者と半分の者に分けて、その線引きを官吏に命じて調べさせることにした。
ただ、今はその趣旨は説明していない。計算では、それでも春斗の元には大きな金額が入る。春斗はその使い道も考えていた。安全のためのインフラ作りに使いたい、と、そう思っていたのだ。
春斗の案が施行されると、住民の殆どが喜んでくれた。富裕層にしても増税にはならないために、不満は出ない。一番喜んだのは使用人たちだった。人数が足りないのだから当たり前だ、と説明していたが今まで以上によく働いてくれる。
それに、クララの人柄でもあるのだろう。使用人の副長になったクララを敬い、協力してくれている。皆それぞれにクララ様と呼び合い、春斗との仲を邪推する者も居ない。全てが好転していった。
それからの数カ月は、多忙な日々を過ごしていた。慣れない領主としての役目も美月や周囲の者の協力も有り、何とかこなしていくことが出来ている。時々は、秘密裏にアローへも出向いている。もうあの飛行機事故から1年が経とうとしていた。美玖の事は今でも忘れられない。
傍には美月という新しいパートナーが居てくれ、何不自由ない暮らしを営んでもいるが、美玖の事は忘れようとしても忘れられない。美玖と美月には申し訳ないと思いつつ、日々の忙しさの中でうやむやにしてしまっていた。
そんなある日の事だった。王都から使いの者がやって来た。王の親書を携えて来たのだ。
その親書には、王女の縁談について記されていた。そういえば、王と妃には二人の子供が居た。詳しくは知らなかったが王女が姉でシャーロット、弟の王子がレオという名前らしい。
そのシャーロットに隣国の王子との間に、縁談が持ち上がったという事だ。それが自分とどう関係するのか、親書を読み終えてようやく理解した。日本では、縁談には見合いという制度がある。此方では見合いとは言わないようだが、それと同様な制度が貴族間にはあるようだ。
王族の娘となれば、誰と結婚してもよいという訳にはいかない。半分は政略結婚という意味合いも有るのかも知れない。それでも此処では親が勝手に決めてしまうわけにはいかないようだ、本人の了承なしでは話が進められない。
それで今回のような見合いに似た、出会いの機会を設ける事にしたようだ。その原因の一つに、両国間の意志の疎通を欠いた不和の解消や、お互いに交流し合う事による安定した経済の発展を模索しているようだ。
続きは明日。




