昨日の続き
報告や、それにまつわる式典などは総隊長とジャンに任せて、春斗は群衆の興奮もまだ収まらない町中を、用意された馬車に乗って一人で帰宅の途に就いた。それが春斗だと分かると、群衆は一緒になって移動してくる。もみくちゃにされながらも、ようやく自宅前に着いた。
外の喧騒に驚いて、クララは外に出ていない。美月も遠慮しているのだろう。春斗が玄関ドアーを叩くと、そっとドアーが開いて隙間から美月の姿が見えた。中へ入りドアーを後ろ手で閉める。春斗は一連の出来事でまだ興奮していたし、美月は春斗の帰りを心待ちにしていた。
二人は顔を合わせると、思わずどちらかともなくお互いに抱き合った。美月の暖かい体温が、春斗に伝わって来た。柔らかいふくよかな胸の膨らみが、春斗の胸に押し付けられる。しばらく抱き合っていたが、不意に春斗は美月の口を吸いに行った。
柔らかい美月の唇が春斗の口を刺激した。春斗が舌を美月の口の中へ押し込むと、それに美月の舌が絡みついてきた。その瞬間、春斗は美玖の事を忘れてしまっていた。しばらくそうして二人はキスを貪りあっていたが、我に返ったように春斗が口を離した。クララは眩しそうに、微笑みながらそんな二人を見つめていた。
「汗臭くない?それにネズミの匂いもする。ゴメン。」
昨日の夜は野宿だったし、二日続けての行軍だ。それにいくらその前の日に風呂に入ったと言っても、何千万匹のネズミの死骸と闘った後だ。その死臭が衣服にしみこんでいた。美月は首を振っていたが、匂っているに違いない。
「先に風呂に入ってくる。」
春斗が言うと、美月はその支度をしはじめた。下着から、真新しい衣服まで、湯殿に用意している。春斗はその後で湯殿に行くと、裸になると湯船に入った。
温泉が、身に染みてくる。はーっというため息が出た。
目が覚めると、もう朝になっていた。階下に降りていくと、朝食の用意が出来ている。美月には体の内側から溢れ出てくるような、何かキラキラしたものが体の周りに漂っている。一度に花が咲いたかのようだ。昨日と特に変わった様子は無いのに、何かうきうきしたような仕草に思える。
「ハルト、おはようございます。もう朝食の支度は出来ています。食事になさいますか、それともお風呂に入られますか?」
春斗は昨日の晩に、美月と二人で汗をたっぷり掻いていた。このままでは王の前には出られない。風呂に入ることに決めた。美月に聞くと、春斗と一緒に入るという。クララはそれを聞いても嬉しそうにしている。
今日の午後に城へ出向き、王に拝謁することを美月には告げていなかった。二人で一緒に風呂に入った後に、食事の途中でそれを唐突に告げると、美月もクララも大いに喜んでくれた。
「ミツキ、君も行くんだよ。僕と一緒に。パートナーとして。」
そう言うと、美月は驚いた顔をしたが、さすがに落ち着いている。クララは飛び上がらんばかりの喜びようだ。クララは美月の活躍を知らない。
「ハルトと一緒に王様にお会いするなんて、とても名誉な事ですね。私がついて行っていいんでしょうか?ご一緒するならば、ハルトに恥を掻かせないようにしないといけませんね。礼儀作法を覚えなくては。私が笑われるのは構いませんが、ハルトが笑われるのは自分が許せません。それと、着て行く服が有りません。」
アローに居れば、直ぐにでも服は作り出せるのだろうが、この家の中ではそうはいかない。礼儀作法についてもクララの手前、そう言っているに過ぎない。十分に承知しているはずだ。
「大丈夫だよ、ミツキ。僕も礼儀作法なんか知らない。それに王様だって、ただの人だ。僕たちとなにも違うところはない。ただ、自分がされて嫌だと思うことをしなければいいだけだよ。マナーなんて、そういうものだから。心配いらない。
それからドレスの事だけど、今から買いに行こう。昨日、ジャンに聞いておいた。ジャンから、その店の方に伝えてもらってある。美月に似合いそうなドレスを、用意しておいてくれているはずだ。その中から、何着か選べばいい。」
ハルトが言うと、クララが
「奥様は凄くお綺麗ですから、どんな服でもお似合いだと思います。私も奥様のドレス姿を見るのが楽しみです。」
と、言う。この頃はクララもすっかり打ち解けて、美月と楽しそうに話をしている。
「クララも連れて行ってやれるといいんだが。」
クララがそれを聞いて、両手を顔の前で振っている。
「と、とんでもないです。私なんかはお城へ入ったと同時に倒れてしまいます~。」
春斗と美月は、その言葉と口調を聞いて笑い転げている。
朝食を終わると、早速二人でジャンに紹介された洋服店へ向かい、出来合いの服ではあったが、美月が気に入ったドレスを手に入れた。また、それに似あう装飾品も用意してもらい、この際だからと春斗の礼服も一式揃えてしまった。それに美月の提案で、クララにも一着用意した。帰宅して、それをクララに渡すと、涙を流して喜んでくれた。
春斗は帰宅する前に、一人で彫金職人の店を尋ねた。エレナ・マトベ司令官から貰った金を少しだけ持ち出し、それで対の指輪を作って貰ったのだ。平らな表面には、細かい細工が施されている。二人だけになった時に、それを美月へ差し出して言った。
「これは僕からミツキに対する、その、愛のあかしだ。地球では結婚した二人はお互いの左薬指に、対の指輪を嵌める習慣がある。僕の左薬指にはこのようにもう指輪が嵌っている。これは美玖との結婚指輪だ。でももしミツキが許してくれるなら、これと一緒にミツキとお揃いのこの指輪も嵌めていたい。
こんな二つの指輪を嵌める習慣はないのだけれど、美玖との指輪を外すことはまだできない。そうかと言って、ミツキに何も証を示せないのも心苦しい。我儘な事は分かっている。結婚式は出来そうもないから、せめてこれ位はさせて貰えないかな?それとも、やっぱり僕は勝手過ぎるかな?」
美月は、じっとその指輪を見ていた。やがて春斗の顔を真っすぐに見つめ直す。
「あ、ありがとう、ハルト。とっても嬉しい。私を、美玖さんの次に大事だと想って頂けるのですね。私はハルトに、美玖さんの事を忘れろ、なんていう傲慢な事は言いません。そのハルトの気持ちだけで十分です。」
指輪を受け取り、左の薬指に嵌めようとした。
「いや、これはこうするものだよ。」
春斗はその指輪を再び手に取り、美月の左手を握るとその細い薬指に嵌めてやった。
「明日は、国王の前で晴れやかな拝謁の義がある。結婚式は出来ないけれど、それを結婚式替わりだと思ってくれないか。」
春斗が言うと、美月が泣いたように見えた。
夕刻になると、城から一台の馬車が迎えに来てくれた。使者が二人を向かい入れ、馬車に乗ると城へと向かっていく。車中では、美月が王様に合うのだからと、ドレスを気にしている。美月のドレスは、ピンクに近い薄紫で、スカートの襞はピンクと紫のグラデーションになっている。
腰には同色で広めの帯が巻かれていて、後ろは大きなリボンになっていた。胸元はそれほど広く開いてはいない。首にはダイヤが嵌った金のチェーンネックレスを下げて、指にはガーネットが数粒連なったブレスレットを嵌めている。そして、左の薬指に金の指輪が嵌っている。
春斗は白を基調にした上下のスーツ姿で、ズボンの脇と襟の縁や三か所のポケットの縁にも、濃い緑色の装飾が施されている。このスタイルは、王宮で流行りであるらしい。
二人が城の玄関に着くと、拍手をもって大勢の出迎えがあった。それぞれが為政者とその妻と思われ、贅沢な服装で着飾っている。馬車から降りると、春斗は美月の手を取りエスコートする。美月の美しい姿を認めたのだろう。大勢の人達からため息が漏れて来た。
歩く時は二人並んで、美月は手を春斗の左腕に回している。出迎えた為政者たちは、二人の後ろに続く。使者の先導で、いよいよ大広間へと入場するとその広間一杯に詰めかけた招待客が、次第に二人の行く道を空けて両側へ退いていく。その一番先の壇上に王と妃、王子と王女も今日は椅子に座って待っていた。
大広間は、華やかさに包まれている。急にファンファーレが鳴り響いた。それを合図にして、広間の両側に陣取っていた参加者の男達は、一斉に片膝を床に着き頭を下げる。女性達も立ったままであったが、頭を下げスカートの脇を手で少し持ち上げて礼をしている。
軍服の兵士たちは、背筋を伸ばして、敬礼をした。春斗といえばただ背筋を伸ばして、王と妃に対面している。美月は回りの女性たちを観察しながら、同様にスカートの両脇を手に持って、片方の膝を少し折りながら対面している四人に礼をした。
王と妃は、満面の笑顔だ。一同が一斉に直って、改めて正面を向く。王と妃に対して頭を下げる。春斗も美月もそれに倣った。王と妃は椅子から立ち上がると、王の演説が始まった。
続きは明日。




