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昨日の続き

前日の続き


どの位の時間眠っていたのだろうか、春斗が目覚めた時にはまだ美玖は、春斗の肩に顔を乗せて眠っていた。結婚式から披露宴、新婚初夜も激しく燃えた。疲れたのは当たり前だ。春斗は上着のポケットからスマホを出すと、カメラにしてその寝顔を撮った。そしてまた眠りに就いてしまった。


次に目覚めた時には、離陸してから6時間半が経っていた。また機内食の支度が始まった。美玖も眠りから覚めている。機外はまだ暗くなっていない。時計を見ると午後6時前だったが、多分時差の問題だろう。オーストラリアとは7時間ある筈だが、まだ工程の半分を少し過ぎたあたりだから時差が4時間としても、機内の時間は午後2時ごろのはずだ。雲ははるか下を流れていて、その下には真っ青な海が広がっている。空も一面の青空だ。飛行機は少しも揺れていない。このまま快適な空の旅が続くと思われた。


その頃操縦席では機長と副操縦士が自動操縦に切り替えた後、先に食事を摂ろうとしていた。肩ベルトを外して、リラックスをしていた所だ。突然何処からともなく、ピシッという音が聞こえてきた。普段こんな音は、聞こえる事は無い。驚いて機長と副操縦士が音のほうを見ると、前方の左窓ガラスの下側がガタガタと音を出し始めている。ガラスの留め金の一個所が外れたようだ。


直ぐに、窓ガラスの下側に隙間が出来て、機内の空気が漏れ始めている。飛行機は、高度5800メートルを飛行している。外の気圧は畿内と比べて半分も無い。操縦士の二人が、あっ、と思う間もなく直ぐに破裂音と共に窓ガラスが外側へと吹き飛んだ。途端に操縦室内には霧が充満し、ベルトを外していた機長と副操縦士は、ガラスが外れた窓から瞬く間に断末魔と共に機外へと放り出されてしまった。


そればかりではない。操縦室は急激に減圧され、操縦室と客席を隔てていた扉も操縦室側へ吹き飛んだ。その扉が操縦席の機器へ衝突しそれらをめちゃめちゃに壊して、自動操縦が解除されてしまったのだ。

客席側の扉の傍に立っていたCA一人も、突然の出来事に対処が出来ずに機外へと吸い出されてしまった。その瞬間キァーッという声と共に、ファーストクラスはパニックになってしまっていた。


ただ、それでも飛行機は垂直に落下するという事は無かった。水平に近い形で降下を始めている。機内では自動的に酸素マスクが降りて来て、人々は争ってそれを口にしている。強い冷たい風が機内に吹き荒れ、頭の上の収納庫に納められたバッグ類もバタバタと落ちて来る。機内食が納まっていたワゴンが空を飛んでいる。シートベルトを外している者は、飛ばされないようにと必死に座席の背もたれを掴んでいる。それでも前方へと飛ばされている者も居る。


エコノミークラスは、機内の後部にある。半分より前はビジネスクラスとファーストクラスだ。その様子は、エコノミークラスの座席からは計り知れない。それでも悲鳴が聞こえて来るので、エコノミークラスと同じようなものだろう。いや、エコノミークラス以上の惨劇なのだろう。エコノミークラスには、100人以上の乗客が居る。全部で何人の人が乗っているのだろう。機内は激しい風が渦巻いている。


結城春斗は、機内の前方で悲鳴が聞こえて酸素マスクが降りて来た時、瞬間に死を覚悟した。それでも美玖だけは助けたい。美玖は驚きと恐怖で思考が停止してしまっているように見える。大きく目を見開き、体が硬直しているようだ。春斗は、そんな美玖の体を抱きしめながら、美玖のシートベルトを強く締めると、自身のシートベルトも締め直した。通路には、沢山のバッグが散乱していた。


「美玖、大丈夫だ、大丈夫だ。心配ない。」

それは自分に言い聞かせる言葉だったのかもしれない。酸素マスクを装着させると、春斗は美玖の体に覆いかぶさり、その身を守っている。美玖は、春斗の体を強く抱きしめて来た。

「怖い、怖い、春斗、私達死ぬの?死ぬのね。ここ、空の上だもんね。落ちたら生きていられないよね。どうしよう。」

「美玖、僕も一緒だ。死ぬのも僕と一緒だ。だから心配ない。」


機体がガクンと揺れた。また何処かで悲鳴が聞こえる。揺れた瞬間に春斗は美玖と引き離され、通路側へ振り回された。でもシートベルトをしていた為に、座席からは落ちなかった。美玖も春斗の膝の上へ崩れて来た。直ぐに体勢を戻して、緩んだ美玖のシートベルトを締め直す。そして酸素マスクを外すと、思わず美玖の唇へキスをした。美玖は驚いている。


「落ち着こう、美玖。」

「春斗、結婚できてよかった。私達もう夫婦よね。それだけでも良かった。有難う、私と結婚してくれて。」

「何を言ってるんだ。僕のほうこそ、こんな僕と結婚してくれてありがとう。愛しているよ、美玖。」

「私も愛してる。もう一度、キスして。これが最後のキスになるかも知れないから。」

目には涙が溜まっている。春斗は、その目と唇にそっと口づけした。

「春斗、もういいわ。落ち着いた、有難う。春斗もシートベルトをしっかり締めて。」


春斗は席に座り直すと、シートベルトをしっかりと締め直し、改めて酸素マスクも装着した。そんな事をしても気休めにしかならない。それでも最後まであきらめたくなかった。座り直すと、左手で美玖の右手をしっかりと握った。冷たい風が、体の回りを巡っている。その内に酸素マスクをはずしても、段々と息をするのが楽になって来た。吹き荒れている風も、何となく冷たさが弱まって来ている。高度が下がっているのだ。


もう少しで、多分海の上に墜落する。その衝撃はどんなものなんだろう。意外と冷静に、そんな事を考えたりもしていた。その直後、思わぬ衝撃が来た。座席の下から、突き上げるような衝撃だ。春斗は思わず外を見た。すると、其処には何と沢山の木々が見える。まだまだ上空の高い場所を飛行していると思っていたが、思ったよりも海が近くに見えた。そして、その木々がある場所は海の中に浮かんだ島の山頂辺りに思える。その木々の上で機体の底や壁を擦りながら、山の稜線に沿って機体が滑り落ちて行っているようだ。


先ほどの衝撃は、機体の底がその木とぶつかった時に起きたもののようだ。機体が滑り落ちていることから、体には思ったような衝撃はない。でもその直後には、右の翼がちぎれて飛んでいくのが見えた。機体の右側が、何かに当たったのだと思った。そう思った瞬間、春斗のすぐ右横の床が通路に沿って割れ始めた。その割れ目から、段々と山肌が見えて来た。と、思っていたら、機体は通路を境に、右側へ半分以上が崩れて落ちて行く。通路より右側に座っていた乗客は、機体と一緒に山の上へと落ちていってしまった。また、断末魔が聞こえて来る。春斗の右側とその屋根の部分は何もない。後方へ去っていく空間があるだけだ。


急に生暖かい風が春斗の体を襲ってくる。改めて前方を見ると、機体の前半分も折れていった。其処には左側の翼も付いていた。滑り落ちていく機体に残っているのは、エコノミークラスの左側部分だけで、春斗と美玖とあと何人かの乗客がパニックになったり、気を失なったりして椅子に座っている。生暖かい風が、体の回りで渦巻いている。


春斗は必死に美玖の手を握っていた。まだ美玖の手は暖かい。生きているんだ。そう感じた。ただ、美玖には意識が無いようだ。体はぐったりとして、前屈みになっている。かろうじてシートベルトが美玖の体を椅子へ縛り付けているだけだ。後の乗客や、乗務員の姿は見えない。全員が落下してしまったのだろうか。


春斗たちの乗っていた座席は、機体の床と左側の壁で小船のようになって、体は左側へ傾いたまま、山肌を前方へと滑り落ちていた。いつの間にか、地上近くへ到達していたようだ。その滑り落ちていく途中で、春斗たちの後方座席も割れて、バランスを崩して別方向へ投げ出された。また後方から悲鳴が聞こえて来た。時々、木の枝が顔や髪を掠めていく。前、下方には山が直接海へと沈んでいる。それが、前の座席の間から見えていた。


春斗は、このままなら海へ落ちて、助かるかも知れない、と期待した。海へ落ちたら、まず美玖を助けよう。それまでの辛抱だ、美玖、頑張れ。改めて美玖の手を握り直す。春斗たちを乗せた機体の一部は、最後に大きくバウンドをした。山肌に岩でもあったのかも知れない。腰の下から突き上げるような衝撃が有った。


すると前方の、海に落ちる山の斜面の前に、大きな岩が壁のように行く手を遮っているのが見えた。あっ、と思う間もなくそこへ小船は前方から突っ込んだ。前方に居た何人かは、その岩へ激突してしまった。後方がその衝撃で、前の部分を軸に回転していく。その勢いで春斗のシートベルトは座席から外れてしまい、春斗は大きく空中を飛んだ。春斗は回転しながら放り出され、かろうじて大岩の頂点辺りを飛び越え、落下していった。いつの間にか美玖の手は春斗から離れ、姿を見失ってしまった。春斗は覚悟した。地面に落ちた時が死ぬ時だ。


続きは明日。

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