昨日の続き
「ミツキ、サダスが危険な目に会っているかも知れない!直ぐに引き返そう。」
「でも、春斗の身に何かあったら。」
美月が戸惑っているように見える。
「いや、私はミツキに助けられた。今度はミツキの同胞を助ける番だ。サダスの身に何かあってからでは、私は後悔する。」
「いえ、助けられたのはこの船です。もう貸し借りは有りません。」
「言い争っている時間はない。命令だ、すぐにシャトルの近くへ行ってくれ。」
命令と言われて、ミツキはサダスの乗ったシャトルを探し出していく。
「見つけました。近くに未確認の、大型戦艦が居ます。交戦中のようです。交戦中というより、シャトルが追い回され攻撃をされています。直ぐに向かいます。」
「シールドを張り、シャトルと敵艦との間へ入りこめ!シャトルを守る。」
アローは速度を上げて、逃げ惑うシャトルの後方へ回り込む。船体が大きく左側へ傾いた。春斗は傍にあった手摺に掴まり、体を固定する。その時に、サダスのシャトルへ向けて青い光線が敵艦から放たれた。前方のスクリーンへ、その様子が映された。
あわや、シャトルへ着弾するかと思われたその時に、アローの船体がそれをわざと光線に当てるようにして妨いだ。アローの艦内に、大きな音が鳴り響き強い衝撃が走った。船体が左右に大きく揺れる。立っていられなくなり、春斗は思わず床へ座り込んでしまった。それでもまだ船全体が振動している。横を見ると、ミツキもアローも倒れていた。
「大丈夫か?ミツキ、アロー。」
「私たちは無事です。ハルトの方こそ怪我は有りませんか?」
「ああ、大丈夫だ。それよりミツキ、船の状態はどうなっている?」
「はい、シールドの効力が半分程度になってしまっています。今はまだ火災も起きていませんし問題ありませんが、もう一度被弾したら船は爆発してしまうかも知れません。」
そう言っている間にも、敵艦は執拗に追ってきているし、攻撃も仕掛けて来ている。すれすれのところでアローは右へ左へその攻撃を避けている。その度に船体は傾き、春斗は立ち上がる事も出来ない。シャトルも同様だった。
「ミツキ、すべての動力を、シールドへ回すことは出来るか?生命維持装置も必要ない。少しの間だけ、この船が動ければいい。」
「分かりました。やってみます、でもそうした所で、あと一回程度しか、攻撃は防げません。直ぐに反転して逃げる事をお勧めします。」
「いや、少し私に考えがる。シャトルとは連絡が付くかな?」
「はい、通信を繋げます。」
春斗は、スクランブルを施した通信で、何やらサダスと会話をしていた。サダスは、アローが戻って来てシャトルを助けてくれたことに感謝している。でも、まだまだ安心はできない。
「ミツキ、今度敵の攻撃を回避したら、そのまま反転して敵艦に体当たりしてくれ。その位の衝撃なら充分耐えられられるだろう?」
「それは耐えられますが、直ぐ近くで攻撃されたらそれこそ船体は持ちません。」
「敵の攻撃を見ていたけれど、全方向に砲撃できるわけではないよね。死角があるよね。そこへ体当たりすれば、少しの間だけだけど砲撃は避けられるし、体当たり後に直近でこちらから砲撃をすれば、武器の威力が相手とは違って陳腐だとしても、相手のシールドに多少のダメージを与えられるかもしれない。そこから、サダスのシャトルを潜り込ませて、最新の武器で攻撃をすれば何とかならないかな。サダスを巻き込むのは気が引けるけど、サダスも了承してくれた。このままでは、こちらは死を待つばかりだ。一か八かだがやってみる価値はあると思う。失敗した時は反転して逃げても、多分こちらは壊滅させられる。成功しても、この船やシャトルが敵艦の爆発で巻き添えを食らう恐れがある。それでもサダスはやるべきだと言ってくれたんだ。」
春斗の作戦を聞いて、サダスも納得したらしい。美月に反対する理由はない。
「分かりました。そのようにアローへプログラムします。次の攻撃を回避した後に実行します。シャトルへも伝えます。」
敵艦から、青いビーム砲が発射された。直ぐ近くに迫られていた為に、アローは今までになく大きく船体を左右に揺らしながらついには回転してしまった。まるで、枠のないジェットコースターに乗り込んでいるような衝撃を体に感じる。次の瞬間、大音響とともに今までにない強い衝撃が船と春斗たちを襲い、コントロール室のあちこちで火花が上がり、煙が沸き上がった。椅子や備品が散乱する。敵艦と衝突したようだ。
「直ぐに敵艦に対して、魚雷を発射しろ。」
春斗が言うのと同時に、アローは敵艦の腹に向かって至近距離で魚雷を何発も発射した。
再び大きな衝撃が来た。敵艦はアローから離れようとするが、そうはさせないとばかりぴったりと艦同士を密着させたまま、アローは追随しながら魚雷を発射していく。その間に、シャトルがその薄くなった敵シールドの間隙を縫ってその内側へ進入していく。
成功したかどうかは、春斗たちには分からない。巧く行っていたら今頃はシャトルの武器で、敵艦の横腹に攻撃を加え風穴を空けている頃だろう。祈るような気持ちで、衝撃に耐えながらその瞬間を待った。長い長い時間が経過しているように思われたが、実際は一瞬だったに違いない。敵艦の外壁から大きな火柱が噴出した。
「今だ、直ぐに離脱しよう!」
声と共にアローは、爆発しようとしている敵艦から離れ始めた。
「シャトルも早く、離脱してくれ!」
離脱を始めた数秒後、敵艦は大爆発を起こして艦は傾き、宇宙の深淵に向かって落ちて行く。その爆発の余波で、またもやアローは上下左右へ揺れている。
敵艦と比べて小さなアローは、くるくると回転していく。
その余波が去ってアローに静けさが戻った時に初めて春斗は床から起き上がった。スクリーンを凝視して、シャトルを探すが、其処にシャトルの姿は見えない。
「ミツキ!センサーにシャトルの影は見えないか?」
美月もセンサーを駆使して辺りを探っていたが、首を横に振っている。
「間に合わなかったのか。」
落胆の声が出た。無謀な作戦だったのか?春斗に後悔の念が残った。サダスにも親兄弟が居ただろう。それを想うと、涙が零れ落ちて来た。
「ミツキ、わ、私はサダスを殺してしまった。」
声が震えている。声だけではない、体も手も震えが止まらない。恐怖や後悔は、後から襲って来るものらしい。息も動悸も激しく、涙で辺りがぼやけている。
「気休めかも知れませんが、ハルトは間違っていなかったと思います。ああでもしなかったら、敵艦を撃退できなかったでしょうし、そうだとしたらカザムにも甚大な被害を被っていた可能性が有りました。ハルトも命を懸けたのですから、悔やむことは無いと思います。もっと胸を張ってもいいのです。」
美月が静かに諭すように言う。しばらく春斗は嗚咽を漏らしていたが、何時までもそうしても居られなかった。コントロール室に音声が流れて来て、スクリーンに見慣れない中年と思われる女性の顔が映った。小豆色の軍服を着ていた。
「私は、惑星カザム第一宇宙艦隊所属のエレナ・マトベ司令官という者です。ユウキ・ハルト船長はご無事でしょうか。」
その声を聴いて、春斗は涙を拭って毅然とした顔に戻った。
「はい、私がユウキ・ハルトです。」
春斗が答えると、エレナ・マトベと名乗った女性が真剣な面持ちで話を始めた。
「まずは、このカザムの危機を救って頂き誠にありがとうございました。一同に成り代わり、御礼を申し上げます。貴殿の事は、アロン・サダス少尉から連絡を受けていました。また古い資料を探して、貴艦が地球でいう827年前に製造されたカザム第一宇宙局のKA303型戦艦だという事が分かりました。今はアロー号と命名されているのですね。相当ダメージを受けられているようですが、大事ないのでしょうか?」
春斗が神妙に答える。
「私たちは大丈夫です。大きなけがは有りませんし、船もあまり壊れてはいないようです。ただ、サダス少尉の乗ったシャトルがどこにも見つかりません。私の誤った作戦で、サダス少尉を犠牲にしてしまったようです。何とお詫びしていいか分かりません。」
「サダス少尉の事は残念です。でも彼も軍人です。祖国のために精一杯の仕事をしたのですから、悔いはないと思います。遺族に対しても、私どもが最大限の支援をして参りますので、貴殿は責任を感じなくても良いのです。それに、その旧型の軍艦であの新型の敵艦を撃破してしまったのです。何も恥じる事は有りません。私どもの方こそ、救援を出せる状態になくて、申し訳ありませんでした。その理由については、サダス少尉からお聞き及びとは思いますが、改めて私の方からお会いして説明をさせて頂きたいと思います。つきましては、これから当基地へおいでいただけますでしょうか。ただ、その際にはシャトルではなく、アロー号でそのまま着陸していただきたいのです。艦の損傷具合を確認したいのと、その修理と改造をしたいと思っておりますので。」
春斗はエレナ・マトベ司令官の申し出を受ける事にした。この船をカザムに返すつもりでいたし、自分では修理は勿論片付けも出来ない。アローは地上の指示に従い、周回軌道を周りながらゆっくりと地上の基地へと降りていく。外へ出るのは、しばらくぶりだ。久しぶりに太陽の光と、風を感じてみたいとそう思った。それが、地球の大気や太陽でなくても。
続きは明日。




