昨日の続き
すると、ミツキ、と呼ばれた美月は、その表情が変わった。今まで無表情だったその顔が、笑顔に変わったのだ。どことなく機械じみた動きが、女性らしい動きになった。
地球上の女性の仕草や表情、それに動きなどを習得しているのだろう。
「はい、私は美月です。ハルトの傍でハルトの力になるよう、努力します。何でも言いつけてください。」
アローは、そんな美月の発動を確認して、安心したのだろうか。
「ミツキ、後は任せました。私はメインコントロール室で、最後の調整をしています。」
そう言い残して、部屋を出て行った。春斗は美月と二人きりになると、少し戸惑った。どう接していいか分からなかったからだ。でも、やはり一人でいるよりは、こうやって傍に居てくれる方が、どんなにか心強いか。それもアローと、二人いる。
春斗が戸惑っていると、美月が声を掛けて来た。
「そろそろエネルギーが充分に充填されます。この後も、アローは春斗の命令通りに動きます。私達は、アローを操る事は出来ますが、アローに命令は出来ません。アローには命令が必要です。それは主人であるハルトの命令だけです。」
そんな事を言われても、何をするのか、何処へ行くのか、直ぐには決断できない。それにこの船の機能についても良く分からない。春斗は、決断の前に美月に質問をした。
「ミツキ、アローの主な機能について説明してくれないか。そもそもこの船は、何の目的のために作られたんですか。」
美月は、春斗の問いに粛々と答え始めた。
「この船は、軍艦です。戦いのための船です。私達の星では、近くに有った惑星との軋轢の為に、戦争状態になりました。その惑星から、侵略されそうになったのです。それに対抗するために、この船と同型の戦艦を数隻建造しました。そしてその戦闘中に、偶然も重なったのですが、アローは地球の空域まで飛ばされ地球へ不時着したのです。土砂に埋もれましたが、何とか修復と改良を施して、再び飛び立とうとしましたが、乗組員があの星の大気の状態に適応できず、またウイルスに侵され、次から次へと倒れてしまいました。
最後に残った数人が、それでも、最低限の消費エネルギーだけで、船の機能を永らえようとしました。そして、最後の一人が、太陽光のエネルギーを効率よく集める装置を作り上げ、それを地上へ伸ばそうとしましたが、力尽きて倒れてしまったのです。それが春斗に地上へ上げて頂いたあの装置なのです。アローは主人を亡くし、それでも800年以上を細々と生きながらえました。今では春斗のお陰で復活しましたが、もう故郷の星はどうなっているか分かりません。ですから、春斗が主人になった今は、春斗の思うままこのアローを使って頂いていいのです。
この船は軍艦である以上、多くの武器を備えていますし、防御の装置も備えています。後は、乗組員が足りなくなった時のために、私のようなドロイドを製造する機能も持ち合わせていした。でもその時はエネルギーを節約する必要が有りました。そしてこの艦の速度は、光速をはるかに超える事が出来ます。また攻撃、防御などは、詳細の指示が無くても、単に戦え、という一言で自動的に実行できます。そんな事にならないよう願っていますが、必要な時はそう命令してください。アローの本質は、その戦いの中に有ります。」
春斗には、驚く事ばかりだった。この船は軍艦で、多数の武器を装備している。それを使用すれば、現在の技術では地球の武器など役に立たないかも知れない。少なくとも、何処かの国くらいは征服できてしまうだろう。そんな事は、思ったとしても実行するつもりは毛頭ない。では何に使えるのだろう。どう考えても、宝の持ち腐れだ。できれば、元の持ち主に返そう。そうして、自分は地球に帰ろう。突然、死んだはずの人間が現れても、何とかなるだろう。そんな事を漠然と考えていた。
取り敢えず、元の持ち主に会いに行こう。もしまだ戦闘状態だったとしても、この船一隻有れば元の持ち主も助かるに違いない。地球までは送り届けて貰えばいい。そう、考えをまとめた。
「ミツキ、故郷の星までどのくらいの時間が掛かる?」
「そうですね。記録を辿れば帰還する道程は分かると思いますが、多分、一週間程度だと思います。アローと相談してみます。」
美月は、相談という言葉を使ったが、それは春斗に分かり易い言葉に置き換えただけだろう。こうして、春斗と話している間にも、バックグラウンドでアローと通信しているに違いない。直ぐに、返事が返って来た。
「やはり、地球の時間で6日を要するようです。向いますか?」
「ああ、そうして欲しい。この船は、出来れば元の持ち主に返したい。早速、向って欲しい。直ぐにでも発進できるのだろ?」
「はい、それでは水星を後にして、故郷へ向います。ご命令をお願いします。」
美月がそう言うので、春斗は何処へ発するともなく
「故郷の星へ向けて発進しよう。」
そう言った。
アローはゆっくりと上昇を始めた。あとは、アローに任せるだけだ。今、その星がどうなっているかは分からないが、アローの故郷の星へ向おう。春斗は、自分にそう言い聞かせた。
続きは明日。
第三章 帰還




