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昨日の続き

話が終わり、春斗は他の層も案内してもらった。第三層の乗組員用の部屋は、殆どが一人用らしく、後は家族用と思われる大きな部屋が数えるほどしかなかった。第四層の大きな格納庫にも行ってみた。説明のように大小さまざまなシャトルが、平然と待機をしている。各シャトルは、エネルギー管と思しき配線で、中央の支柱と繋がれている。今では、全てのシャトルがエネルギーの供給を受けて、機能しているという。


船の中の大きな要素は、分かった気になった。ただ、詳細はこんなものではないだろう。春斗は、部屋へ戻る事にした。そのあいだにも、アローはじっと水星の地上で停止したままだ。

外の空は漆黒だが、近くで太陽が燃え盛っている。時折、フレアーがその周辺から飛び出すのが見える。そのエネルギーを、アローは自分の力として蓄えているのだろう。

そのエネルギーが完全に蓄積されたあとは、アローそのものが自分の物になるという。エネルギーが蓄積されれば、ドロイドを製造する事も可能だという。そして、アローそのものはこの広大な宇宙を飛び交い、シャトルで数々の惑星へも訪問できる。そんな途轍もないテクノロジーを手にしても、実際、どうすればよいのか見当が付かない。


それよりもこんなものは手放して、日本へ帰ろうか。日本へ帰れば、少なくとも両親には会える。両親は、死んだと思った自分が帰ってきたら、どんな顔をするだろうか。いや、死んだはずの男が、たった一人で帰国したら、どんな扱いを受けるのだろうか。美玖の両親には、何と言って説明すればいいのか。美玖を守る事も出来ず、自分だけ生きているとなったら、どんな思いをするのだろうか、そんな色々な雑念が、浮かんでは消えて行く。

〈僕は、どうしたらいいんだ。〉

いくら考えても、答えは見つからない。また1日が過ぎて行く。


部屋で漫然としていると、チャイムが鳴った。チャイムが鳴った?誰かが部屋を訪問してるのか?春斗は、そんな事も考えずに思わず、はい、と答えてしまった。ドアーが開いて、1体の移動する物体が入って来た。春斗は、目を瞠った。その物体は、二足歩行している。体の大きさは、春斗より一回り小さい。頭、首、胴、両手、両足、全て揃っている。ただ、その全てが金属製である事は明白だった。布の服は着ていない。全体にグレーであり、髪も無い。目の部分だけは濃いエメラルドブルーで、他に凝ったデザインは無かった。鼻と口と思われる部分だけは、ちゃんと取り付けられていた。


「あっ、アローか?」

その物体は、部屋の中に入ると直ぐに、出入り口付近で停止したまま答えた。

「はい、アローです。この姿にしましたが、お気に召しませんか?元の乗組員を真似て作りました。今まで通り、呼びかけて頂ければ春斗の傍に参ります。何でも申し付けて頂ければ、ご用命にお答えします。」

その声は、今までよりも高いトーンのように思えたが、男の声だ。口も動いている。


このドロイドは人間にそっくりだ。と、言う事は元の乗組員も人間と何ら変わらない姿かたちをしていた事になる。そう確信する前から、船の内部構造から、そうであろうとは思っていたけれども。

「もう一体、製造しました。それは、私とは別の個体のドロイドですが、何時でも私とも繋がっています。私と同様に接して頂ければ結構ですが、新しく記録される記憶は、私とは共有していません。お話し相手になると思います。此処へ呼んでも構いませんか。」


アローという名のドロイドがそう言うので、春斗はそれを承諾した。すると部屋の外に待機をしていたのだろう。ドアーが開くと、それは部屋へ入って来た。

大きさはアローとほぼ同じ。ただ、その体形は違っていた。人間の、女性の体をしている。それに、金属製のボディーではない。見た目は、人間と全く同じだった。まるで、生きた人間そのものだった。それも裸のままだ。髪の毛はショートカットで、何と下の毛も生えている。両方の胸は膨らんでいて、少し小振りだが前に突き出している。尻は後方へもふっくらとしていて、ウエストは細く、足は長く造られている。春斗は驚愕し、椅子に座っていたが体ががくがくと震えてきた。


顏は、どう見ても日本人だ。美玖とはまるで違っていて、どちらかというと清楚な顔立ちだ。瞳は大きいが一重で、唇は薄かった。年齢は、23~4に見える。

「お気に召しませんか。地球の、それも日本の美人とされる体型と、顔を参考に造りました。七海美玖というのは、女性の名だったんですね。それでも、どんな顔立ちなのか、どんな体型かは分かりませんでした。もし、お気に召さなかったら作り直します。」


しばらくの間、声も出せない程驚いていたが、それは目の前の女性が裸だったからではない。こんな美人を、作り出せる技術がある事に驚いたのだ。

「いや、これでいい。いや、これがいい。でも、このままではだめだ。服を着せてやらないと、可哀そうだ。」

やっと、それだけ言えた。


「はい、服も用意してあります。ハルトの気に入った服を着せてあげてください。この個体には、まだ名前も自我も有りません。名前を付けてやってください。そうして、その名前を呼んだ時に初めて、本当のスイッチが入ります。その時に、自我が生まれます。それと。」

アローは淡々と続ける。


「この個体は、形は女性ですがセクサロイドではありません。ハルトは、セクサロイドは分かりますね?ハルトが、七海美玖が欲しい、と声を出した時に、それが女性の名前であることは直ぐに分かったのですが、その個体を確定できませんでした。女性が欲しい、という事は性のパートナーが欲しいのかと思いましたが、間違いありませんか?」

春斗はどう答えればよいか、しばらく迷った。


「美玖は、結婚式を挙げたばかりの、私の妻だったんだ。でもあの島の上空で事故になり、多分今は死んでしまっているのだと思う。妻は、単に性のパートナーというだけではないよ。それはアローの星の人も同じだろ?二人の間には、愛とか慈しみとか、色々な感情が行き来しているんだ。」

「そうですね。でもそのパートナーを亡くされた。それでもハルトは私達の船の為に、尽力してくれている。だから、その悲しみを少しでも和らげるために、もしハルトが性のパートナーを希望するなら、それを用意する事も出きます。以前の乗組員にも、そうしたパートナーを作っていましたから。ただ、この個体にはその性能が備わっていない、という事です。」


「分かった。でも、そんな心配はいらないよ。今の僕には不要だ。話し相手が居ればいい。ただ、余りにも魅力的に造られていたので、少し動揺した。」

それに、名前を付けろと言われて、春斗は戸惑った。が、それよりも先に、服を着せなければ。そう思って、アローに服が収容されている棚を開けさせた。中には色とりどりの、それも色々なデザインの服が並んでいた。


種類が少なければ迷う事も無いが、種類が多くなるほど、選ぶのも難しくなる。それで春斗は、春斗が来ているシャツと同じシャツ、同じズボンを選んだ。下着も着けなければならない。裸の女性を前に、下着を選んで、それを着けさせる行為に抵抗も感じたが、そうも言っていられない。


適当に選んで、それらを身に着けるように命じた。女性型のアンドロイドは、何も発せず淡々と身に着けて行く。

シャツは薄い萌黄色で、ボタンは濃い緑、春斗と同じタートルネックのシャツだ。ズボンは黒で、これも春斗と同じだったが、腰の上端は深くなっていて、腰回りもふっくらとしている。


次は名前だ。どんな名前を付けたらよいのだろうか。勿論、初めに浮かんだのは、〈美玖〉の名だ。けれども、それではあまりにも、美玖本人と、このドロイドに申し訳ない。美玖の友人の名も浮かんだ。それもだめだ、と否定する。悩んだ挙句に、アローに問い質した。


「アロー、このドロイドの製造番号なんかはあるの?」

「はい、在りますが、地球の言葉や数字ではありません。敢えて、それを日本語に変換すると、基の32番になります。これは基という種類の32番目の個体という意味です。」

「そうか、基、ミ、ニ、か?ミ、ニ、キ?ミ、キ?なら名前になるけど、2が抜けてしまう。ニを入れると、名前にはなりそうもないな。まてよ、3はミの他にサンとスリー、2はジとツーと読むよな。」

独り言を言いながら、その組み合わせを考えている。


「そうだ、ミ、ツー、キ、でどうかな?ミツキ、美月、美月にしよう。綺麗な月という意味だよ、アロー。これにしよう。どうかな?」

「ハルトがよければ、それで構いません。それでは私はアロー、この個体はミツキ。」

名前が決定すると、春斗はアンドロイドに向かってこう言った。

「あなたの名前はミツキです。これから私の傍で、私の力になってください。」



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