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第15話:お姉様のお屋敷、ほんとうに素敵ね!

 麦の穂がさわさわと揺れている。

 陽光を受けて金色に輝くその景色は、希少な宝石と同じくらいに美しく価値のあるものだ。

 イヴォンヌは玄関前の階段に立ち、遠くから近づいてくる馬車を見つめていた。

 その胸の奥は、期待と不安で入り混じったようにざわついている。

 指先が無意識にドレスの裾をつまんでいた。

 やがて、馬車が停まる。

 扉が開き、軽やかな笑い声とともに、淡いピンク色のドレスが風をはらんで膨らんだ。


「お姉様!」


 シンシアは一目散に駆け寄ってきて、イヴォンヌを熱烈に抱き締めた。イヴォンヌは義妹からの初めての抱擁に一瞬動転するが、すぐさま笑みを取り繕う。

 シンシアの頬は陽に焼けてほんのり赤く、人を惹きつける笑顔を浮かべていた。

 本当にマルティネス侯爵家にいた頃とは恐ろしいほどにイヴォンヌへの態度が違う。しかしそれを公の場で指摘するのは無礼だ。イヴォンヌはぎこちなく微笑みながら、シンシアの抱擁を受け入れるしかなかった。


「無事に着いたようで何よりだわ、シンシア。ここまでの旅はどうだったかしら?」

「道中もとっても楽しかったわ。お姉様のお屋敷、ほんとうに素敵ね!」


 無邪気な声。

 その響きが懐かしく、同時に胸の奥を少しだけ締めつけた。

 モニカがそっと荷物を受け取り、使用人たちが丁寧に挨拶する。

 イヴォンヌはその様子を見守りながら、心のどこかで、自分の居場所が少しずつ揺らいでいくのを感じていた。

 その日は一日、シンシアに領地を案内して回った。

 贔屓目を抜きにしても澄んだ青空を背景に波打つ黄金の麦穂を見晴らしの良い場所から眺めるのは、この世の何物にも代えがたい贅沢だとイヴォンヌは思っている。

 父からの手紙には、収穫前の麦畑にシンシアが興味を示しているとも書いてあった。

 しかし実情は手紙の内容からは程遠く、イヴォンヌの熱心な説明にシンシアは生返事をするばかり。麦畑ではなく、見目の良い農夫の若者や、自分のドレスが汚れないかばかりを気にしていて、イヴォンヌはついため息を漏らしてしまった。


(やはりシンシアはカティック伯爵領の麦に興味があるのではないわ。……でも、だとしたら、シンシアはどうしてうちに泊まりたいだなんて言い出したのかしら……)


 本当は何が目的なのか。カティック伯爵家に滞在して何を仕出かすつもりなのか。

 彼女の思惑は不明だがいちいちうろたえていてはいけない。


(大丈夫。何かあったらすぐにモニカやアーネストに相談すればいいんだわ。それに、アレクシス様にも)


 彼らは自分の味方だ。そう信じている。

 夕刻。

 食堂には再び三人の影が並んでいた。

 アレクシスはいつもより言葉少なで、シンシアが話すたび、穏やかな微笑を返す。

 だがその視線の柔らかさが、イヴォンヌには痛かった。

 自分には持ち得ないシンシアの朗らかさが眩しい。義妹に比べて陰気で何を考えているのか分からない。無口で、暗くて、話していると気が滅入る。マルティネス侯爵家にいた頃、使用人たちがそんなふうに自分のことを話していた。

 母を亡くしてからずっとイヴォンヌは生きることを楽しめなくなっていた。

 妹の活発で明るい声が部屋の空気を満たすたび、自分の声がますます遠くに引いていくような気がした。

毎日21時に更新。25話+エピローグで完結。全話執筆済みです。

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