第12話:お似合い、だわ
針のように鋭く肌に突き刺さる視線の先にいる人物を見て、イヴォンヌは息を呑んだ。
アレクシスを囲う女性たちの輪の中に、義妹のシンシアがいる。アレクシスに夢中な女性たちとは違い、シンシアは意味ありげにイヴォンヌを見つめていた。
視線が真正面から交錯したその瞬間――まるで獲物を見つけた猫のように、シンシアは挑戦的に唇を吊り上げる。
シンシアは周囲の令嬢たちを無理やり押し分け、颯爽とアレクシスの前へと進み出た。
彼女の真紅のドレスが灯りを受けて艶めかしく輝く。
大胆に開いた胸元と、柳のような腰のくびれが最も美しく見える計算され尽くした完璧な角度で、シンシアは優雅にスカートを広げ、完璧なカーテシーを披露した。
「ご挨拶が遅れて申し訳ありません、アレクシス様。イヴォンヌの妹、シンシアでございます。本日はお会いできて光栄ですわ」
「……ほう。あなたがイヴォンヌの」
アレクシスが少し驚いたように目を瞬かせると、シンシアは紅の唇をゆるくほころばせた。
「もしお許しいただけるなら――私とも一曲、踊っていただけませんか?」
その場の空気がわずかに揺れた。
周囲の女性たちが興味深そうに視線を向ける中、アレクシスは一瞬、イヴォンヌを探すように会場を見渡した。
だが、彼の視線が彼女を見つけることはなかった。アレクシスがにっこりと愛想笑いを浮かべて答える。
「ええ。喜んで」
差し出された手に、シンシアが満足そうに笑みを浮かべる。
二人は舞踏の輪へと歩み出て、水が流れるように踊り始めた。
音楽が流れる。
金色に輝くシャンデリアの下、アレクシスとシンシアの姿はまるで絵画のようだった。
彼女の真紅のドレスが薔薇の花弁のように広がり、アレクシスの黒の燕尾服と対照的に映える。
優雅で、完璧な調和。
その光景を見て、イヴォンヌは胸の奥がきゅっと締めつけられるのを感じた。
(……お似合い、だわ)
そう思ってしまった自分が情けなくて、視界が滲む。
義妹が自分の夫と友好的な関係を結ぼうとしているのだ。本来は喜ばしいことのはずなのに、足元の床が遠い。どうしてこんなにも――心細い気持ちになるのだろう。
曲が終わると、シンシアは丁寧に一礼し、アレクシスに蠱惑的に微笑みかけた。イヴォンヌは唇を弾き結び、二人に近付いていく。これ以上、アレクシスとシンシアが言葉を交わしているところを見るのは耐えられない。
わけもなくそう思った。
シンシアがイヴォンヌに気づく。
「あら、お義姉様。そちらにいらっしゃったのですね。息災のようで何よりですわ」
「ええ、シンシア、あなたも……元気そうで良かったわ」
「私、驚きましたわ。アレクシス様って、なんてお上手に踊られるのかしら。お姉様は幸せ者ですわね――こんなに魅力的な方とご結婚なされて」
その声音は柔らかく、まるで姉妹仲睦まじく話すようだった。
けれどその裏には何か魚の小骨が喉につかえるような違和感が潜んでいるのを、イヴォンヌの心は本能的に察していた。
(こんなふうに話しかけてきたことなんて、これまで一度もなかったのに)
マルティネス家で過ごした日々が一瞬よぎる。
あの頃、シンシアはいつだって冷たい目をしてイヴォンヌを見ていた。頭の天辺から爪先までイヴォンヌを拒絶する敵意が満ちていた。
それなのに――今はまるで、姉の幸せを祝う妹のように。
胸騒ぎがした。
シンシアはひとしきりアレクシスを褒めたたえると、「いつまでも仲睦まじくお過ごしくださいませ」と言い残し、ロベルタに呼ばれて優雅に去っていった。
去り際、彼女はほんの一瞬だけ振り返り、意味ありげに微笑んだ。
イヴォンヌの胸が再びざわめく。
それでも、舞踏会は何事もなく終わりを迎えた。
国王陛下への拝謁も無事に済ませ、王城の外に待たせていた馬車に乗り込む。
火照った頬をひんやりとした夜風が撫でていく。その心地よさにイヴォンヌはそっと目を細めた。
隣に座ったアレクシスがイヴォンヌの顔を気遣わしそうに覗き込んでくる。
「疲れたか?」
「少しだけ。でも……楽しかったです」
「そうか。楽しめたのなら、何よりだ」
馬車の揺れに合わせて、イヴォンヌは小さく頷いた。だが、胸の奥にはまだ微かな痛みが残っている。
舞踏会の灯りが遠ざかるにつれ、心の中に残るのは、アレクシスとシンシアが踊る姿――そして、シンシアのあの笑みだった。
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