第10話:……似合っている。あまりに、よく
王都では国王即位十五周年を祝う舞踏会の話題で持ちきりだった。
王城はまばゆい灯火に包まれ、街では香油や布を扱う店が軒並み賑わいを見せている。
貴族たちはこぞって新調した衣装を仕立て、女主人に仕える侍女たちは主の髪を飾る花や宝石を選ぶのに忙しい。
その熱気は、遠く離れたカティック伯爵領にまで届いていた。
娯楽の少ないこの地では、王都の舞踏会の話題がまるで自分たちの収穫祭のように扱われている。
領主夫妻が舞踏会に招待されていると聞いてからというもの、屋敷の使用人たちは皆、浮足立った気分で準備に追われていた。
とりわけ張り切っていたのは、イヴォンヌ付きの侍女であるモニカだった。
「これはイヴォンヌ様の初めての晴れ舞台なんですから!」と鼻息荒く、朝から晩までイヴォンヌを鏡の前に座らせる。
それからが大変だった。
――連日、彼女はドレスの着せ替え人形にされた。
淡い青、桜色、群青、藤、象牙。ありとあらゆる布が彼女の肩にかけられ、
髪は百万通りの結い方を試され、髪飾りも宝石も次から次へと差し替えられていく。
「こちらのルビーは情熱的すぎますね。イヴォンヌ様にはもっと柔らかい色味が……」
「こちらはどうです? おお、すごい、花の化身みたい!」
「ちょ、ちょっとモニカ、そんな大げさな……」
イヴォンヌはおろおろしながら、盛り上がって我が道を突っ走るモニカを止めるのにいっぱいいっぱいだ。
けれど、彼女の心の奥底には、ほんの少しの高揚があった。
デビュタントはとうに済ませているものの、カティック伯爵夫人として初めて“王城の舞踏会”という場所に立つのだ。
恐れも不安もある――それでも、これまでにアレクシスと過ごしてきた日々を思えば、少しだけ自信が芽生えていた。
そして当日。
最終的にモニカが満足げに選び取ったのは、濃紺のドレスだった。
滑らかな布地には細やかな銀糸が縫い込まれ、照明の下では夜空に散る星のように瞬いて見える。
胸元はいつもよりわずかに大胆に開かれ、背中のカッティングも深い。
清楚さを損なわぬぎりぎりの線で仕立てられたその一着は、イヴォンヌの白い肌と細い肩を引き立て、控えめな彼女に似つかわしくないほど艶やかな印象を与えた。
「そろそろ出発の時間だが」
ノックのあとに扉が開き、部屋にアレクシスが入ってくる。
イヴォンヌは思わず身をこわばらせ、視線を落とした。
鏡の前で裾を整えるイヴォンヌの姿を見て、アレクシスは一瞬、言葉を失った。
「……似合っている。あまりに、よく」
その声音に含まれた微かな熱に、イヴォンヌの頬はじんわりと赤く染まった。
舞踏会には当然、ロベルタやシンシアも出席するだろう。彼女たちと顔を合わせると思うと気鬱ではあったが、モニカや侍女たちの励ましに背中を押され、イヴォンヌは深呼吸して微笑んだ。
――大丈夫。今日は、胸を張ってアレクシスの隣に立てばいい。
かくして、煌びやかな王城の夜へと、二人は出発の支度を整えた。
毎日21時に更新予定。全25話+エピローグで完結予定。全話執筆済み。