拝啓 ── 運命の恋人たちへ
「もしかして……ルードヴィヒ様でいらっしゃいますか……?!」
「ああ、ああ! ヨゼフィーネ……!」
わたしたちはきっと運命の恋人なんだわ! だって前の時は上手くいかなかったけど、またこうして会えたんだもの。今回はきっと……ずっと一緒よ!
俗に言うループってやつかしら? ループ1回目、2度目の人生。人生って変わるのね? 何故だかわからないけど、前回よりも早く会う事ができたの。
思えば前の人生では公爵令嬢、えっとたしかアナスタシアだっけ? 彼女には悪いことをしてしまったのかも。『先見』とかいう能力のためだけに殿下の婚約者になったあの人。何もやってなかったのに冤罪をでっち上げようだなんてね。
殿下の側近達が悪ノリしたせいだわ。まあ結局、彼女の処刑後に隣国の調査が入ってバレちゃったんだけど。なにが『名案があります』よ! カッコつけてたくせにバカみたい! だから今回は反省して、卑怯な手は使わないと2人で決めたわ。真っ向勝負でわたしたちが共に過ごす未来を手に入れようと約束したの。
だけどそうやって始めた2度目の人生だけど、やっぱり今回も上手くいかなかった。
***
── 名案だと思ったのだ。私は優秀な魔法士なのだから、隣国との戦争で多大な戦果をあげることで英雄となる。そして褒美としてヨゼフィーネとの婚姻を陛下に奏上したらよいと。
ヨゼフィーネも『運命の2人に相応しい名案だわ!』と喜んでくれた。計画は完璧だった。父は反対したが、半ば振り切る形で私は無理やり戦地にやってきた。
しかし結果としては、惜しくも一歩及ばずといったところか……。現在はまあ……有り体に言えば逃げ帰っている途中であった。今回は惜しくも敗れたが、次こそは大丈夫だろう。
「殿下ッ! どうかお逃げ下さい!」
なんだ、うるさいやつだな。私はいま考え事の真っ最中で……………
***
あ、巻き戻ったみたい。瞬時にわかった。今のわたしは10歳くらい? 前の人生の最後、わたしはルーの無事を必死に祈って待っているところだった。でも巻き戻ったということは、もしかして……ルーはあの時に亡くなったのかしら?
心配だわ! ルーに会いに行かなきゃ! そう思った。お父様に『どうしても!』とねだってやっと連れて来てもらった王宮は、警備する騎士が多かった。今回の人生ではルーとまだ恋人じゃない。とてもじゃないけど直接は会いに行けないわ。
でも大丈夫! 実は最初の人生の時に、内緒の抜け道を教えてもらっていたの。『2人だけの秘密だよ』ってルーは言った。なんでも王家だけの隠し通路なのですって。
教えてもらった時は、本当に嬉しかった! わたしたちはよくそれを使って会っていたの。ルーはあの婚約者の令嬢にも教えていないんだと言ってたわ。わたしはいずれルーと結婚するからいいのですって。やっぱりわたしは特別なのね!
そうこうしているうちに、隠し通路の先。ルーの部屋に通じる扉が見える。ルーの声が聞こえた気がしたけど誰かいるかもしれない。そう思って扉に耳をつけて部屋の中の音を聞く。
あ、ルーの声が止まった。話が終わったみたい。遠くで扉が開く音が聞こえた。出て行ったのかしら? でも念のためじっと待った。なにも聞こえないわ。
隠し通路の扉をゆっくり開いてみる。あ、ルーの顔が見えた! わたしを見て驚いたような顔をする。やっと会えた!
「ルー!」
「ッ何者だ!」
わたしはすぐ騎士に取り押さえられた。なんで部屋の中にいるのよ?! って思ったけど、部屋には他にもメイドがいたみたい。バタバタと部屋の外に駆けて行った。
きっと1回目の人生では、ルーが人払いをしてくれてたんだって気付いたの。
***
王家の隠し通路を知っていたヨゼフィーネが、間諜の疑いを掛けられた。家族もろともだ。
私は恥を忍んで父上に奏上した。
「私が、教えたのです。ヨゼフィーネに……! 彼女と私は恋人関係です! ですから彼女に罪はないのです」
父上はとても信じられないという顔で私を見て、そして頬を打った。でもきっとこれでヨゼフィーネは助かるはずだ。
しかし天は私に味方しなかった。
私は今、王都から遠い北の地にある棟で暮らすことを余儀なくされている。精神の病を疑われてのことだ。対外的にはおそらく『療養』となっているはずだ。
どうやら私の告白の後、綿密な調査が行われたらしい。今回の人生ではヨゼフィーネと私がなんの接点もないことが分かってしまったのだ。ヨゼフィーネの嫌疑を晴らすことはできず、私自身もこのザマだ。
現在は1日に3回の食事が運ばれてくるのと、せめてもの陛下の温情か、新聞とちょっとした書物だけが楽しみの日々を送っている。
しかし今日の新聞は、私にこれまで感じたことがないような絶望をもたらすことになった。
── ヨゼフィーネが処刑された……
「……ヨゼフィーネ……ああ、なぜこんなことに……!」
***
その後また何度目かの人生と何度目かの失敗を繰り返し、わたしたちは再び出会った。
「ルードヴィヒ様でいらっしゃいますか……?」
「ああ、ヨゼフィーネ……」
あの日の情熱の眼差しはすでにない。それが無性に悲しかった。
わたしたちは話し合った。これからの未来とも過去とも分からない人生について。
わたしたちが上手くいかないから運命は巻き戻るのではない。
きっとわたしたちが一緒になる先の未来が上手くいかないから、なんども巻き戻しが起こるのだ。
海に面することのない内陸に位置するこの国では、隣国との交易なくして塩も手に入らない。
しかし目立った特産品も産業もない国だ。
現在でもやや不平等な条件での取引を余儀なくされていたのに、もしルードヴィヒ様の婚姻がなくなったのなら……?
それが分かってしまったことは幸福であり不幸だった。だって男爵家令嬢などという力のない妃は、この国にとって不要だと分かってしまったから。愛では民は養えない。
隣国の王女を母に持つ由緒正しい公爵令嬢アナスタシア様 ── 彼女を押し退けては、この国は立ち行かなかったのだ。
何度も何度も人生を繰り返す間に、わたしたちは昔よりも知恵が付いた。そして、いつしか互いへの恋心を失っていった。少なくともそう思って生きることにしたのだ。
***
── あれからのわたしたちはというと、これまでの人生とは比べ物にならないくらい、順調に生きていた。
国が滅ぶことも侵略されることも、自らが殺されたり、怪我を負うことも、家族が路頭に迷うなんてこともなく………きっとこれが幸せと呼ぶんだと思う。
ただの気持ちの整理、自己満足になってしまうけど、私は元公爵令嬢 ── 現在の王子妃アナスタシア様にも謝ることにした。
当然ながら何も知らない彼女は、困惑しつつも『きっと、なにか事情がおありなのでしょう?』と頷き、優しく微笑んでくれた。
── 噂通り、慈悲深い理想の王子妃様だわ。
ルードヴィヒ様と、どうかお幸せに………
彼女が去っていく背中を振り返り、そっと心から祈りを捧げた。
***
「だってあなた達の愚かさは、あなた達自身が気付かなくては意味がないもの」
反省していない、口だけの、その場を誤魔化すためだけの、空っぽの謝罪にはなんの意味もない。そうでしょう?
誰にも聞こえないプライベートルームでたしかに返事をした。
公式には『先見』とされているわたくしの本当の能力は『時間干渉』だ。
わたくしにとっての1回目の人生では、まるで神にも等しい能力だと崇められた力。
その強すぎる能力をどこかの国が保持するのは危険だということから、どこの国にも属さぬよう神殿に席を置き、その奥の奥に鎮座されることになった。
丁重に扱われたものの決して外に出してもらえる事はなく、人との直接の交流は厳しく制限された。有事の際にのみ、冷や汗を流した各国の権力者たちが拝みにやってくる。
神殿側としてはわたくしが自由に動き回り、知り合った者たちにこの力を無作為に使ってもらっては困るのだ。わたくしの能力を使うための善意のお心づけは大変な額になっていたと、当時すでに風の噂で聞いていた。慈悲深いことだ。
大量にある蔵書や、能力を使った各国の要人からいただいたお礼文(という名の我が国への忖度をお願いしますという要望書)を読むのが最大の楽しみか。わたくしに人生はなく、まるで置物にでもなったような気分だった。わたくしは時を戻すことにした。
***
わたくしにとっての2回目の人生。『時間干渉』は記憶の中に封印して、自分の能力は『先見』だということにした。
前の人生では各国の皆様と大変仲良くさせていただいていたため、騙るのは容易だった。その能力に目を付けたのが、隣国の王家だ。まあ確かに国政に役立つ能力だろう。
5歳の時に第一王子殿下に引き合わされた。愚かなわたくしは、そこに一時の安らぎと希望を見出してしまった。殿下とこの国のために尽くそうと決心してしまったのだ。
そうして心地よい関係を築いていたわたくしの前に現れたのがあの男爵令嬢だった。見かけによらず野心家の彼女は、殿下とわたくしが10年掛けて築いた信頼関係をぶち壊し、あまつさえ自らが王子妃になろうと思っていたらしい。
処刑される時、あまりに徒労ばかりの人生を呪ったわ。
わたくしは時間の狭間で、男爵令嬢が暗殺されるのを見届けた。おそらくわたくしの母国が行ったことでしょう。
「次回は早いうちに、例の男爵令嬢を始末してしまおうかしら?」
そう一瞬考えたけど、はたとある事に思い至った。男爵令嬢がいなくなったらそれで済む。そんな問題ではないわ。
お馬鹿なトロール2人に物事の道理を教えるなら、実体験しかないのだと。記憶は消すのではなく残して蓄積させる必要がある。
***
それ以降の人生では、彼ら2人のみ記憶を維持したまま巻き戻すことにした。時を巻き戻す条件は『彼ら2人のどちらかが亡くなった時』としたわ。そうすればきっと面白いモノが見れる。そんな予感がしたから。
彼らは自らの運命を確信して、どの人生でも予想以上の動きを見せてくれた。
わたくしはそのあまりの馬鹿さ加減に殿下への愛が消えてゆくのと同時に、誰からも称賛される聡明で慈悲深い王子妃になった。この国にも殿下にも、もはや愛などないというのに皮肉なものね。
次第に楽しくなっていく自分にも気付いたわ。あの2人はこの人生が最後だと思っているかもしれない。国も上手くいき、身の丈にあった幸せを手に入れて。それでこの繰り返しのゲームは終わりだとね……
でもそれが終わらなかったらどうかしら? また何度も繰り返していく内に、また違った終了条件を見つけようと、出口を見出す? それがわたくしの気まぐれともしらずに。
まだまだ楽しませてね。いじらしいお人形さん達。でもさすがにどちらかが発狂したら終わらせてあげるつもり。わたくしは慈悲深いことで有名な王子妃なのだから……