10分だけ愛せる君へ
「シアン!」
何もない、まっさらな空間。そこで私は毎日彼を待ち続けている。
「ミレア、会いたかったよ」
まるで時間の概念がなくなったようなそこで、唯一時間を刻むのは、大きな砂時計。
その砂がさらさらと音を立てて流れる十分間。これが彼と私に与えられた一日の時間だ。
思い切り彼に抱きつき、今日も私は思い出話をする。
「今日はね、とっても素敵なことがあったのよ!」
東の果ての、水晶の谷。シアンも見たことがあるかしら?
岩肌を突き破る水晶が差し込む太陽の日差しを反射して、一日中星がきらめいているみたいに綺麗なのよ!
ディーナと一緒に行ったんだけれど、すっごくはしゃいでたわ。
でもはしゃぎすぎて、隙間に落ちた欠片を拾おうと身を乗り出した瞬間に転んじゃって。
びっくりしたわ。あの子、水晶に思い切り頭をぶつけちゃうんだもの!
でもね、あの水晶って魔素でできてる物だから大丈夫だった。
むしろ貴方の名前と同じ、透き通るようなシアンに輝いてすっごく綺麗だったわ。
柔らかい笑みを浮かべて私の話を聞いているシアン。
そんな彼の微笑みが、私は一番大好きだった。
「ねえシアン? 貴方は今日、どんなことがあったのかしら」
特別なことは何もないよ。今日も今日とて剣の稽古さ。
ただ……そうだね。今日は西の森に四足のボアの退治に向かったよ。
それほど強い相手じゃなかった。けど、今日の森のコンディションは最悪でね。
昨日まで続いた長雨の影響で足場がぬかるみ、さらには霧まで出ていた。
新兵達はみんな苦労していたな。
でもそこはやっぱり騎士の意地がある。最終的には軽傷者を数名出しただけで討伐は完了した。
ああ、そうだ。そのときに綺麗な石の花を見つけたんだ。
この場所では生花が生きることは難しいだろう? だからこれを君に。
ああ、思った通り。君によく似合うね。
シアンが私の髪に、光を閉じ込めたような色の花を差し込む。
手触りは間違いなく石なのに、その花は羽の様に軽かった。
「ありがとう、シアン」
そのとき、大きな鐘の音が響き渡る。見れば砂時計の砂は殆ど落ちきっていた。
もう、時間だ。
「ミレア」
柔らかな笑みに、少しの寂しさを乗せて、シアンが微笑む。
「シアン」
私も同じような笑みを浮かべて、彼に抱きついた。
「また明日」
かつて、この世界には時を司る巨大な時計塔が存在した。
しかしある日、愚かな王は時が流れることを恐れその塔を破壊したのだ。
当然、世界は乱れ、時は荒れ狂う。
それを治めたのは、代々その塔を守っていた時計守。
彼女の犠牲により、世界の平穏は保たれた。
しかし代償として彼女の存在は世界から忘れ去られてしまったのである。
これは愛しい彼が、世界の代償として存在を消され、神の慈悲により日にたった十分だけ会えるようになった彼女を、再び自分達の世界でその腕に抱きしめるまでの物語。