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アイドルは成功体験でおかしくなった

 有名な男性アイドルが、性犯罪を行った。番組で知り合った女性タレントを遊びに誘い、肉体関係を迫ったというのだ。そのアイドルにはクリーンなイメージがあり、災害などが起こるとアピールし過ぎない飾らない好感の持てる態度で被災地の支援などを行う事で知られていた。慈善家にしか思えない。それだけにその事件は衝撃をもって世間に受け止められていた。

 

 「なんで、こーいう奴が成功できるのだろう?」

 

 僕はその事件の記事をスマートフォンで眺めながら思わずそう呟いた。女性に対して性的暴行を行うような奴が、どうして成功できるのだろう? と純粋に思う。

 が、それを傍で聞いていたのだろう同じクラスの吉田君は、淡々とした様子でこう言うのだった。

 「違うと思うよ? むしろ成功したからこそおかしくなってしまったのじゃないかな?」

 「どーいう事?」と、僕は首を傾げる。淡々とした様子のまま、彼は返した。

 「成功体験をすると、テストステロンっていう男性ホルモンが分泌される事が知られているんだけど、このホルモンには性欲を高める効果があるんだよ。成功体験をしている男性は優秀な事が多い。そういう男性の遺伝子をより多く残した方が生き残りに有利になる。だから、そのような仕組みを進化の過程で人間は獲得したのかもしれない。

 つまり、アイドルとして成功して、彼はテストステロンの影響で性欲が強くなってしまっていたと考えられる」

 僕はそれを聞いて眉をひそめた。

 「いや、分かるけど、性欲が高くなっただけで性犯罪に走るってのは……」

 「もちろんそれだけでは有り得ない。けど、人間には“自己欺瞞”の能力があるんだよ」

 自己欺瞞の…… 能力?

 “能力”という表現が不思議だった僕はそれを皮肉か何かだと考えた。だけど、それを見透かしたように彼は続けた。

 「自己欺瞞は人間にとって役に立っているって説があってね、例えば、“成功できる”と勘違いできるからこそ、若者はリスクのある行動が執れる。起業したりね。それと同じ様に、“相手が好意を持っている”と勘違いできるからこそ異性に対して積極的になれる。もっとも、これはデメリットもある能力なのだけどね……」

 そこまでを聞いて僕は察した。

 「なるほど。アイドルの彼は、“女性タレントが嫌がっていない”と勘違いをしてしまったという話か…… でも、やっぱり、それだけじゃ……」

 「そうだね。でも、それだけじゃないんだよ」

 「まだ、何かあるの?」

 「あるよ。そーいう成功体験で性欲が高くなり、自己欺瞞で相手が嫌がっていないと錯覚してしまっているのは彼だけじゃないんだ。彼が働いているテレビ局全体がそのような状態に陥っていた。

 つまり、集団全体が成功体験と自己欺瞞でおかしくなっている状態だ。そして、人間っていうのは集団の中に入ると、異常な事でも異常と感じなくなっていくもんだ。新興宗教のとんでもない教義を信じて、実際に大量殺人を行ってしまったり……

 こうなると、おかしくなってしまったとしても無理はない。もしかしたら、逆に己を保てていられる人の方が凄いのかもしれない」

 そう言い終えると、吉田君は軽く溜息を漏らした。

 「似たような事例は他にもたくさんあると思うよ? 例えば、ウクライナ侵攻を始めてしまったプーチン大統領。彼は充分な資産を持っているから、本来なら戦争なんて起こす必要はなかったはずだ。

 人類は少なくとも一時期は、一夫多妻制を経験していると言われている。そしてこれは一番になれなければ子孫を残せないというシステムだ。だからこそ、人間の特にオスには“一番になりたい”という欲求が強くあるのではないかと思える。実際に、一番に拘る人は多いしね。きっと彼はその欲求に抗えず、暴走してしまっているんだよ」

 僕はそれを聞くと頭を掻いた。

 有りそうな話だと思っていたのだ。

 「もちろん、女性にだって似たような話はあるよ。一部の女性は、恋愛感情を利用した詐欺被害にあった中年男性を攻撃している。人権を無視した非情な行為だけど、どうやら彼女達に罪悪感はないらしい。

 女性は出産にコストがかかるので、慎重に男性を選ぶ傾向にあるのだけど、だからこそ“対象外”の男性に対して強い嫌悪感を抱いてしまうのではないかと予想できる。きっとその所為で、そういった女性達は中年男性を人間として見る事ができていないのじゃないかな? 男性が臭いと批判をする女性も少なくないけど、女性は鼻が敏感で、匂いで男性を判断しているとも言われているから、きっとその所為じゃないかと思う」

 僕は彼の話を聞き終えると、思わず「うーん」とうなってしまった。

 「なんか、そーいう話を聞くと、人間に本当の意味での罪なんかないのじゃないかと思えて来るね」

 皆、人間の生物としての仕組みに操られているだけだ。

 「そーだね。人間には自由意思なんかない。あるのは“自由意思を持っている”という錯覚だけなんだと思う。

 ただ、それでも、自由意思がある前提でなければ社会は回らない。法律だって成り立たなくなる。だから、“ある”って事にしないといけいないんだよ。

 それに、この話を踏まえると、仮に“生物としての仕組み”に人間が従っているだけだとしても、多少は抵抗できるのじゃないかとも思える」

 「どーいう事?」

 「“生物としての仕組みに操られている”という自覚を持てれば、客観的に自分を捉えられるようになって、行動を制御し易くなるかもしれないだろう?

 例えば、女の子が自分を好きだと感じてアタックしたくなっても、“これは錯覚なんだ”と思えれば抑えられるかもしれない。女性が男性に嫌悪感を抱いても、やっぱり“生物としての仕組みの所為だ”って思えれば、酷い言葉を言わずに済むかもしれない……」

 「なるほどねぇ」

 と、僕はそれを聞いて呟いた。

 

 ――そして、

 

 世の中のどれくらいの人に、彼の理屈が理解できるかは分からない。けど、少なくとも僕自身は気を付けよう、とそう思ったのだった。

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