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第9話 ゼスの影響力と新たな仲間

 大樹の傍へと戻ったゼスたちは、エルフの姉弟を焚き火の傍で休ませながら昼食の準備をしていた。

 拠点の近くにはハクが獲ってきたであろう大きな鹿に似た動物が転がっていたが、生憎とゼスには解体するスキルもなければ刃物もない。


 そのことを伝えると、ハクは獲物を咥えて飛び立った。もう少し小さな獲物を探してくるらしい。

 申し訳なく思いつつ、ゼスは昨日のうちに獲っておいた魚を焼き始める。


 そうして、隣でその様を眺めるユグシルへ自身のステータスの異常すぎる成長について訊ねた。


「ゼスも、他の多くの人間も勘違いしてる。レベルやステータスは経験によって上がるわけじゃない」

「え、でもスキルを使えば使うほど、レベルは上がるはずだろ? だから大勢の人は与えられた【職業】に適した生き方を選ぶわけなんだし」


 王族であるゼスは城にいる間ろくにスキルを使えなかったために、レベルもステータスも伸びなかった。

 この世界における第一原則とも言うべき法則(ルール)を否定したユグシルに、ゼスは疑惑の目を向けてしまう。


 一方でユグシルはその眼差しを意に介さず、つんつんと焚き火に手を伸ばし、熱そうに仰け反った。


「……熱い」

「そんな不満げに見られても、俺は何もしてないだろ」

「むぅ……」


 ふーふーと手に息を吹きかけつつ、ユグシルはぽつりと続ける。


「スキルを使えばレベルが上がるのなら、この世界の人たちはみんな一律にステータスが伸びるべき。違う?」

「それは、そうかもな」


 俗に英雄と称される人間は、スキルを使う回数や頻度の乖離(かいり)では説明もできないほどのレベルやステータスを有している。

 それは、スキルを使えば使うほどにレベルが伸びるという法則に一石を投じる事例だ。


 つい考え込むゼスに、ユグシルは告げた。


「レベルやスキルは、この世界にもたらす影響力(・・・)で伸びる」

「影響力……」

「そう。その人間が自身のスキルでどのような因果を生み出したか。もちろん、スキルを使えば使うほど、影響力は増えていく。だけどそれはただの結果」

「待ってくれ。だとしたらやっぱり俺のレベルの伸び方に説明がつかないぞ。俺はハクやユグシル、それからこの二人にしかスキルを使ってないんだし」


 ゼスがそう言うと、ユグシルは「やれやれ」と言った様子で首を振る。


「だから、自分に対する評価を改めるべきって言った。――神呪を祓えるというのは、ゼスが思っている以上に、世界に大きな影響をもたらす」


 ユグシルはそう言いながらゆっくりと立ち上がり、大樹を見上げた。


「たとえば、ゼスがいなかったら私はやがてこの大樹海を飲み込み、森の外にまで呪いを振り撒いていた……かもしれない。ゼスがハクと名付けたあの竜は、気まぐれに世界各地に災厄を引き起こしたかもしれない。――そうしたあり得たかもしれない未来を、あなたの《浄化》は消し去った」


 ユグシルの翡翠色の瞳がどこか冷たい輝きを伴ってゼスを見つめる。

 彼女の語ったことが冗談ではないことを悟り、ゼスは思わずごくりと喉を鳴らした。


「つまり、君たちが引き起こすかもしれなかった世界に対する影響をかき消したことで、俺にその因果が引き継がれたってことか?」

「そう。そもそも神の呪いを祓える力の影響力が少ないだなんて考え方が間違い。ゼスは間違いなく、神に匹敵する影響力を備えている」


 そんな大袈裟な、と笑い飛ばせる雰囲気ではなかった。


「まぁ確かに、洗濯がこの世になかったら衛生的に世界中で疫病が発生しそうだしなぁ。その疫病を未然に防いでいると考えたら、このレベルとステータスの伸びも納得できる」

「……少しずれているけど、(おおむ)ねその認識でいい」


 突っ込むことを諦めたような声が飛んでくる。


「ちなみにユグシルのステータスはどういう感じなんだ? 大精霊だと影響力が大きいんじゃないか?」

「《精霊の眼》で視ればいい」

「いや、視ていいのかなって。勝手に視られるのって嫌な気分がしないか?」


 ゼスがそう訊ねると、ユグシルは小さく笑う。


「私はゼスに何を知られてもいいし、私のことはすべて知って欲しい。だから気にしない。……けど、ゼスのそういうところ、すごく好き」

「え、あ、うん、ありがとう?」


 ユグシルの柔らかい笑みに照れながら、ゼスは彼女を《精霊の眼》で視る。



――――――――――――


名前:ユグシル


スキル

《精霊の加護》《精霊の眼》

《精霊の誓い》《自然の守護者》

《観測者》《真実を語る者》


――――――――――――



《精霊の眼》を通してもたらされた情報には、種族やレベル、そしてステータスが欠けていた。

 ゼスの困惑に、ユグシルが答える。


「私たちは本来ただの霊的存在。だから、地上の生き物が有するレベルやステータスといった概念はない」

「そういえば精霊ってそういう存在だったな」


 ユグシルの自我があまりにもハッキリして個体として確立されているから忘れそうになる。

 確かに、精霊にステータスやレベルが備わっているなんて話は聞いたことがなかった。


「んぅ……」


 せっかくの機会なので彼女の所持するスキルについて訊ねようとすると、横になっていたエルフの少女が僅かに身じろいだ。

 彼女はゆっくりと目を開き、桃色の瞳を露わにする。

 そして徐々に焦点が定まったかと思えば、勢いよく起き上がった。


「ピーター?!」


 叫びと共に慌てた様子で周囲を見渡し、すぐ傍にエルフの少年の姿を見つけると、ホッとしたように彼の傍へと駆け寄る。

 そして、少年の穏やかな寝顔を見つめながら、驚きの声を漏らした。


「呪いが、消えてる……っ」


 口元を押さえ、感極まる少女にゼスは遠慮がちに声をかけた。


「ええと」


 その声に少女が振り返ると、ゼスの姿を認めて頭を下げてくる。


「あ、あの、ありが――」


 感謝の言葉を口にしようとした時だった。

 彼女のお腹がグーッと盛大な音を鳴らした。


「ぁ、~~~~っ」


 途端に顔を真っ赤にしてお腹を押さえる少女に、ゼスは焚き火で焼いている魚を指さして言う。


「今からお昼ご飯にするけど、一緒にどうかな」

「え、っと、あの……」


 少女は赤面したまま、まだ眠っている少年をちらりと見た。

 その視線の意図するところを察したゼスは、朗らかに笑い返す。


「もちろん、その子が起きてからね」

「っ、あ、ありがとうございます!」


 ゼスの言葉に、少女は今度こそ深々と頭を下げた。





 ◆ ◆ ◆





「なるほど。それで二人はあんなところにいたんだ……」


 少年が目を覚まし、焚き火を囲んで魚を食べながらゼスは二人の事情を聞いた。


 髪色から察していたが、二人は血のつながった姉弟らしく、姉の方はフローラ、弟の方はピーターと名乗った。

 排他的なエルフ族の一部は人の住み着かないこの大樹海の一角に暮らしているらしく、二人はその集落の出身。

 しかし数年前にピーターが神呪を発症し、姉のフローラがスキルでその暴走を押さえ付けていたが時間稼ぎにしかならず、集落の長たちがピーターの処分(・・)を決定した。


 そのことを知ったフローラがピーターを連れだし、大樹海を彷徨うこと数日。

 行き倒れそうになったところにゼスが現れた、とのことだった。


「あの、本当にごめんなさい……」


 神呪に冒されていたときの記憶が残っていたらしい弟のピーターが、濃紺の瞳を申し訳なさそうに伏せて頭を下げてくる。


「なんともなかったんだし、気にしないでよ。それに呪いもなくなったみたいだし、よかったよかった」


 ゼスが脳天気に返すと、ピーターはホッとした様子で微かに笑った。


「あの、このご恩は一生をかけてお返ししますっ」


 今度は姉のフローラがまた頭を下げてくる。

 先ほどからこの調子なので少し困ってしまう。


「そういうのは大丈夫だよ。二人とも大変だったんだし、今は素直に喜んでいてくれた方が俺も嬉しいよ」

「ぁ、……はい!」


 ゼスの言葉に姉弟は顔を見つめ合い、幸せそうに笑い合う。

 そんな二人を眺めつつ、ゼスはふと思った。


「それで二人はこれからどうするの? 呪いも消えたし、集落に戻るの?」

「っ、……いえ、恐らく長たちは私たちを見つけると処分しようとしてくることでしょう」


 唇を噛みながらそう答えるフローラたちの肩が僅かに震えていた。

 配慮が足りなかったな、と反省しつつゼスは続ける。


「じゃあ二人は行く当てがないんだね」

「はい」

「だったら一緒にここで暮らさないか? 俺も昨日ここに住み始めたばかりなんだけど、人手が欲しくてさ」

「い、いいんですか?」

「もちろん。この大樹の近くは彼女のおかげで魔物も寄りつかないから安全だしね」

「ええと、そちらの方は……?」


 ずっと気になっていたのだろう。

 フローラがおずおずとユグシルを見る。


 するとユグシルは得意げに鼻を鳴らした。


「私はこの大樹に宿る大精霊。今はゼスと契約している」

「え、ええ?! 大精霊って、あの大精霊ですか?!」


 フローラとピーターが驚きの声を上げる。

 それらを一身に浴びたユグシルは、満足そうにゼスを見た。


「ふふん、これがゼスに足りないもの」

「はいはい、すごいすごい」

「むぅ……」


 膨れっ面になるユグシルを(なだ)めていると、フローラたちが不意に立ち上がり、ゼスの前で三つ指をついた。


「あの、不肖ながら弟共々、ゼス様のために身を粉にして働かせていただきます」

「いや、なんで様付け? というか俺はブラック企業の社長になるつもりはないからね??」

「ブラック企業……?」


 フローラが眉を寄せて首を傾げていると、上空から咆哮が聞こえてきた。


「あ、ハク。おかえり」

「ガルルァ!」


 獲物を咥えて焚き火の近くに舞い降りたハクに、フローラたちが唖然とする。


「りゅ、りゅりゅ、竜?!」

「に、逃げないと!」


 慌てて立ち上がろうとする二人。しかし腰が抜けたのか上手く立ち上がれずにその場で尻餅をつく。

 そんな二人に、ゼスは笑いかけた。


「紹介してなかったね。この子はハク。彼女も一緒に暮らしているんだ。よろしくね」


 ゼスの紹介に合わせてハクはフローラたちへ「ガルゥ」と頭を下げる。

 その光景に、二人は卒倒した。


「え、ちょっと、あれ……?」

「二人が普通の反応。ゼスがおかしい」


 慌てて駆け寄るゼスに、ユグシルは何度も頷きながらそう呟いた。

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