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第8話 エルフの姉弟と一つの到達点

「嫌な感じがする……結界がざわめいている」


 魔物を弾く《精霊の加護》の違和感を訴えるユグシルの表情は、先ほどまでと打って変わって険しい。

 その様子にゼスも気を引き締めた。


(考えてみれば、いくらここが呪われの森といっても、人が俺以外にいないわけがないよな)


 あらゆる国家の権力の及ばない空白地帯。

 それでも土地と空気があれば、人は住み着く。


 もっとも、こういう場所にいる人間がまともな生き方(・・・・・・・・)をしているとは考えられない。


(俺が言えた口ではないけどね)


 自嘲じみた突っ込みを胸中で入れながら、ゼスはユグシルに訊ねる。


「人の気配はこっちに向かってきているのか?」

「うん。ゆっくりだけど。……どうする?」

「どうするって……まあとりあえず、会ってみようか。いい人たちかもしれないし」

「そういうと思った」


 暢気な調子で答えたゼスに、ユグシルは呆れ半分諦め半分といった表情を浮かべた。





 ◆ ◆ ◆





「気配がするのはこの辺り」


 ユグシルの案内の下、気配を追って辿り着いたのは沼地だった。

 ぬかるんだ地面。歩を進めるごとに泥が足に纏わりついてくる。

 周囲に生える木々もどこか痩せ細っていて、所々に草むらができていることを除けば、呪われの森という名称が似つかわしい様相を呈していた。


「ユグシル? 誰もいないけど」


 幸い青々とした緑がない分、見晴らしはいい。

 周囲を見渡してみて人影が見当たらなかったゼスはユグシルを振り返る。


「そんなはずない。ちょうどこの辺りで動きが止まった」

「動きが止まった……?」


 ユグシルからもたらされた情報を下に、もう一度目を凝らして周囲を見る。


「……っ、っぁ」


 そのときだった。

 丈の高い草が密集した場所からうめき声のようなものが聞こえた。

 嫌な予感と共に駆け寄ると、草の中に人が倒れているのが見える。


「大丈夫か!」


 慌てて草をかき分ける。

 地面に倒れていた人影は桃色の髪をした二人組だった。


 手前でうつ伏せに倒れているのはゼスと同い年ほどに見える少年。

 そしてその奥に、先ほどのうめき声を発した少女が仰向けで倒れている。


 彼女は近付いてくるゼスたちに気づき、何事か呟いた。


「――め、に、……て」


 行き倒れのような状況から鑑みるに助けを求めているのだろう。

 そう推察したゼスは少女を安心させるように微笑みかける。


「ダメッ、逃げて!」

「――へ?」


 うつ伏せで倒れていた少年から黒い靄が湧き上がる。

 そしてその瞬間。少年が目にもとまらぬ早さで起き上がると、ゼスへ向けて飛びかかった。


「ウァァアアッ!!」


 明らかに理性を欠いた顔つきと叫び声。

 今の一連の動きから、顔に向けて振り抜かれた拳をまともに食らえば命に関わるだろうと、どこか冷静な頭の中でゼスは確信しつつ、その拳とは別の場所を目で追っていた。


 地面にうつ伏せに倒れていたために、少年の体はもちろん、顔まで泥だらけになっている。


「えっと、《洗浄》」


 人間離れした少年の動きがなぜだか緩慢に見えたゼスは、とりあえず顔の汚れをとることにした。

 泡の光に包まれた桃髪の少年は一瞬たじろぐが、それでもゼスへ襲いかかり、


「ゼスのバカッ! ほんとにほんとにバカなんだから!」


 ユグシルの罵倒の声と共に、周囲の木の枝がロープのように蠢き、少年の手足を絡め取る。

 振り返ると、中空に浮いたユグシルが手を掲げていた。彼女が何かしたのだろう。


「いやだって、不思議なことに避けれそうだったから、とりあえず綺麗にしてあげようと思って」

とりあえず(・・・・・)、身を守って! まったく、私がついていてあげないとダメなんだからっ。……それとゼスは自分のステータスを見る癖をつけて欲しい」

「え? 二日前に確認したばかりだけど」


 驚異的なレベルアップを果たし、ステータスが伸びていることを確認した。

 そのことを伝えると、ユグシルはやれやれと頭を振る。


「ゼスは一度自分に対する評価を改めるべき。……けど、この話は後。今は」

「そうだな。あの汚れを綺麗にするのが先だ」

「そうだけどそうじゃない……」


 ユグシルの嘆息をかき消すように、奥の少女がよろよろと立ち上がる。


「ぁ、あの、に、逃げてくださいっ。弟は(・・)呪いに冒されていて、誰彼かまわず襲うんですっ」


 しかしゼスは少女の叫びを無視してゆっくりと拘束されている少年へ歩み寄る。

 そして、流れるようにそのスキルを行使した。


「《浄化》」

「――ぇ?」


 少女から困惑の声が漏れる。

 少年を神々しいまでの光が覆い、黒い靄を吹き飛ばしていく。


 少年の表情に理性が戻り抵抗する力が消えるのに合わせてユグシルの拘束が解かれる。

 気を失って倒れ伏す彼を、ゼスは優しく受け止めた。


「……嘘」


 どこか夢心地な少女の声が木霊する。

 彼女は髪と同色の瞳を見開き、弟と呼んだ少年のことを見つめる。


 そうして、彼が心地よさそうな寝顔を浮かべているのを見て、彼女もまた安心したように気を失った。


「二人のことを聞きたかったんだけど……無理そうだね。このまま放置するわけにもいかないし、連れて帰ろうか。いい、よね?」

「ゼスが決めたことなら従う。それに、嫌な気配もしなくなったみたいだし、やっぱりこの子の呪いに反応していたみたい」

「ならよかった。問題は二人をどうやって連れて帰るかだけど……」


 そのときだった。

 上空に聞き慣れた咆哮が轟いた。


「ハク、良いところに来てくれた」


 どこか慌てた様子で現れたハクは、ゼスと彼が抱える少年、そして倒れ伏す少女を確認して深い息を吐き出した。





「まさかこの二人がエルフだったなんてね。初めて会ったよ」


 上空。ハクの背に二人を乗せたゼスは、その拍子で二人の髪の合間から長く尖った耳が伸びていることに気がついた。

 エルフ族はその尖った耳と美しい容姿が特徴の種族だ。

 ステータス面では精神力と敏捷性にプラス補正が、逆に筋力と防御力にマイナス補正がかかる。


 王太子として受けた教育でエルフの存在は知っていたが、こうして実際に目の当たりにすると少し嬉しい。

 テンションが高くなるゼスに、彼に肩車されているユグシルは不安げに呟いた。


「エルフ族は排他的なことでも有名。でもその分、仲間同士の団結は固い。……そんなエルフ族が二人きりでこの大樹海を彷徨っていたのは気になる。もしかしたら厄介ごとが舞い込んでくるかもしれない」

「確かにそうかもね。でもまあその辺りは考えても仕方ないし、倒れている人を放置はできないでしょ」


 ゼスがこともなげに言うと、ユグシルはどこか嬉しそうに微笑む。


「私もゼスのそういうところに助けてもらったから、異論を挟むことはない。ゼスはゼスのまま、したいことをすればいい。私は全力でそれを支えるから」

「そんな大袈裟な。俺はのんびり暮らしたいだけなんだから、そんな大それたことをするつもりはないよ。……それよりもユグシル」

「なに?」


 頭上を見上げるとユグシルがこてんと首を傾げる。


「その格好で肩車は色々と大変だから降りて欲しいんだけど」

「私は楽」

「……精霊って羞恥心がないのかな」

「失礼。私だって人並みの羞恥心はある。相手がゼスだから気にしていないだけ」

「嬉しいような嬉しくないような」


 嘆息しつつ、ふとゼスは思い出したように心の中でステータスを念じた。



――――――――――――


名前:ゼス

種族:人族

職業:【洗浄屋】

レベル:47

筋力:D

防御力:E

敏捷性:B

精神力:S

持久力:D


スキル

《洗浄》《浄化》

《精霊の眼》


――――――――――――



「え、またすっごい伸びてるんだけど。というか一日二日で伸びるレベルじゃないって」


 レベル47と言えば、普通に生きた人が生涯をかけて辿り着くレベルの平均のような値であり、一つの到達点とされている。

 そのレベルに大樹海へ入ってからの三日ほどで辿りついてしまった。


 明らかに異常すぎるステータスの伸びに、ゼスは困惑気味にユグシルへ説明を求めた。

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