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第6話 諸外国の反応と仮住まい

 ゼスが大樹海へ《転移》で飛ばされた日。

《浄化》のスキルに目覚め、その力でハクの神呪を吹き飛ばした時のことだ。


 呪われの森と国境を接する近隣国の長たちは、その異変(・・)を感じ取っていた。




――コルド公国――




 大樹海の北方。

 年中降り続ける雪と大樹海によって外界と隔絶され、その特殊な地理的要因から、帝国より独立を果たしたコルド公国。


 その首都。白雪を押しのけるように(そび)える城の最上階。

 公王しか立ち入ることのできない私室に座していた壮年の男性が、不意にマントを翻しながら立ち上がった。


 全体が精巧なガラスで埋め尽くされた壁際へ歩み寄り、男は外の景観を眺める。

 空を暗雲が埋め尽くし、そこからちらちらと地上へ向けて雪が降り続ける、仄暗(ほのぐら)い光景。


 しかし男は窓の外を見つめて、小さく口角を上げた。




――エグリス帝国――




 中央大陸西域の肥沃(ひよく)かつ広大な土地を版図(はんと)とするエグリス帝国。

 列強に名を連ねる大国の帝都は、人々の活気で満ち溢れていた。


 そんな人々の生活を見下ろすように、帝都の中心に据えられた皇城。

 厳重な警備体制が敷かれている皇帝の執務室には、二人の人影があった。


「陛下……?」


 そのうちの一人。秘書官である男が、まだ年若い皇帝の些細な変化に気づき、声をかける。

 陛下、と呼ばれた金髪の青年は、手にしていた国璽(こくじ)を机に戻し、窓の外を見つめながら立ち上がった。


「……凄まじい力の奔流だ」


 その視線は遠い東の空――大樹海を向いている。

 皇帝は不敵な笑みを浮かべた。


「大陸の勢力図が書き換わるやもしれんな」


 皇帝の呟きに、秘書官は困惑の表情を浮かべていた。




――神聖セレスティア教国――




 アークライト王国のすぐ南に位置する精霊(・・)を元首とする宗教国家、神聖セレスティア教国。

 実質的には、精霊の声を代弁する教皇による神権政治がとられているこの国の領土は、首都といくつかの町に留まる。

 しかし、教皇の信者は国内外を問わず大陸全土に存在し、その影響力は帝国に比肩(ひけん)していた。


 そんな神聖セレスティア教国において、最も清浄かつ不可侵の領域が、首都の外れの小高い丘の上に屹立する白亜の神殿。


 壮麗かつ不思議な輝きと力で満ち満ちている神殿内の庭園。

 そこで祈りを捧げていた少女が、ゆっくりと顔を上げた。


「……破邪の力」


 少女がぽつりと呟く。

 控えていた神官がその声に続いた。


「姫様の預言(・・)の通りになりましたね」


 少女はこくりと頷きながら、大樹海の広がる空を見上げた。

 少女の目には、天を貫く清浄な光の奔流が映っていた。




――アークライト王国――




 中央大陸東部を治める内陸国、アークライト王国。

 領土は広範だが、それゆえに貴族の管理が行き届かず、不安定な情勢が危ぶまれるも、国力は大陸有数。


 そんなアークライト王国の王城は、王太子の交代に伴う慌ただしさに包まれていた。


【洗浄屋】の職業を授かったゼスから、【征服者】の職業を授かったバウマンへ。

 国王ケイラスは、早速国内の貴族たちへ向けてその通達のための準備を行っていた。


「バウマン、お前には期待しているぞ」

「任せてよ。俺の職業とスキルがあれば、王国にさらなる繁栄をもたらせるさ。兄さんと違ってね」


 王国内の将来に思いを馳せる彼らは、大樹海の異変にまだ気づいていなかった。





 ◆ ◆ ◆





「ゼスのおかげで、私は自分を取り戻した」


 ハクの正体について一応の整理がつき、これからの生活にようやく意識を向けられたゼスに、ユグシルが嬉しそうに言う。


「ようやく私は本来の力を使うことができる」

「本来の力……?」

「そう。大精霊たる私には色々な力が備わっている。そのうちの一つがゼスと同じ破邪の力。……正確には、魔物を退ける力」


 言いながら、ユグシルがふわりと浮かび上がった。

 緑髪をなびかせて大樹の上へと上っていく彼女の姿は、どこか神々しい。


 そして。大樹の先端に到着したユグシルは、両手を大きく広げた。


「――《精霊の加護》」


 大樹を中心に半径数キロメートルに及ぶ地上から白い光が溢れ出し、空へと上りながらドーム状に空間を包み込んでいく。


 そして神秘的なその光景が幻だったのではと見紛うほど、ごく自然に、光は世界に溶け込むように消えていった。


 だが、ゼスは不思議な感覚を抱いていた。


(なんというか、洗濯したシーツに包まれているような気分だ……)


 大樹海に飛ばされてからなんとなく纏わり付いていた嫌な気配。それが吹き飛んだような気がした。


「《精霊の加護》の範囲内には、魔物が寄りつかなくなる。大樹の周囲一帯は安全になった。……これで、ゼスたちも安心して暮らせる」


 ふわりと降りてきたユグシルが説明してくれる。

 彼女が身に纏うのはゼスの上着だけなので、色々と危なかった。


 ゼスは目を逸らしつつ、「すごいな」と感嘆する。


 どこの国も魔物による被害で悩んでいる。

 その被害を広範囲で未然に防げるスキルの価値は計り知れない。


 ともあれ、これで定住地の条件はすべてクリアされた。


「よし! ひとまず雨風凌げる家を作るところからだな」


 気合いを入れて叫ぶと、ユグシルが「それなら」と背後の大樹を指さした。


「家ができるまで、大樹の中にいるといい」

「大樹の中?」

「そう。中は広いから、仮の住まいとしては十分なはず」


 ユグシルの後ろにゼスと小さくなったハクが続く。


 幾重にも重なる幹がユグシルに道を開くようにうねうねと動き出し、その先の空間が現れた。


「おぉ……これは壮観だな」


 大樹の中は広い吹き抜けの空間になっていた。

 数十人が入っても余裕のある広さだ。

 薄暗いはずの大樹の中は、しかし不思議な光で明るく照らされている。


「確かにここならしばらく暮らせそうだな」

「ガル!」


 秘密基地のような家に興奮するゼスたちをよそに、ユグシルがもじもじと恥ずかしげに身をよじっていた。


「ユグシル、大丈夫か?」

「……うん、大丈夫。ただ、大樹は私の体のようなものだから……ちょっと、恥ずかしい」

「やっぱり外で寝る!!」


 ユグシルの引き留めを無視して、ゼスはハクと共に大樹の外へと出た。

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