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第5話 大精霊と神竜

「――つまり、君はこの大樹に宿る精霊で、俺を呼んだ不思議な声の正体だったってことか?」

「その認識で正しい。付け加えるなら、私は()精霊。つまりすごく偉い」


 ふふんと得意げに胸を張る緑髪の少女。

 全裸だった彼女はゼスが慌てて手渡した上着(《洗浄》済み)しか羽織っていないので、なんとも格好がつかない。


(しかし、まさか彼女が大精霊(・・・)とは)


 精霊とは、この世のありとあらゆる場所に存在する霊的な存在。

 生まれたばかりの精霊は存在さえあやふやだが、徐々に自我を持ち、付喪(つくも)神や土地神のようにその地や物に根付いていく。


 中でも大精霊と呼ばれる存在は、神代から存在し、強大な力を有している。


 国の(おこ)りには大抵、強大な力を有した精霊が関わっている。

 そもそも神々から職業やスキルを授かる神託の儀が、精霊なしでは実現し得ない奇跡だからだ。


(だけど、アークライト王国の儀式でも彼女ほど明確な自我や存在を持つ精霊はいなかった)


 三年前の儀式を思い出しながら、目の前の少女を見つめる。

 すると彼女のパッチリとした翡翠色の瞳と目が合った。


「……それで、そんな大樹に宿る君がどうして俺たちを攻撃したんだ?」


 ゼスが訊ねると、その綺麗な相貌に(かげ)りが浮かぶ。


「先ほどまでの私は、私ではなかった。呪いに蝕まれ、周囲に毒と破壊を撒き散らすだけのおぞましい存在だったから」


 だけど、と。少女は柔らかい笑みを浮かべた。


「あなたが助けてくれた。あなたの力が私たちを救ってくれたの」

「私たち(・・)……?」

「彼女のこと」


 そう言って、少女はハクを見上げる。

「ガルル」とハクはゼスへ向けて頭を下げた。


「彼女もあなたにとても感謝している。私と同じく呪いに冒されていたから」

「呪いっていうのは、あの黒い靄のことか?」


 ゼスの問いに、少女は頷く。


「――神呪(しんじゅ)。善なる神々に討ち滅ぼされた邪神がこの世に遺した呪い。これを発症したものは、自我を浸食されて滅びを撒き散らす存在に成り果てる」

「まるで魔物みたいだな」


 影や闇を操り命あるものを見境なく襲う人類の天敵、魔物。

 彼らもまた、邪神の眷属であるとされている。


「あなたの言うとおり。先天的か後天的か、両者の差はそれしかないのかもしれない」


 ゼスの呟きを肯定しつつ、少女は「そして」と区切りを入れてから、凜とした表情で告げた。


「あなたのスキル《浄化》は、そんな邪神の呪いを祓える最高位の破邪の権能」

「そ、そんな……」


 大精霊から告げられた真実に、ゼスはよろよろと後ずさる。


「……無理もない。神の呪いを祓える力であると告げられて、人の子が動揺しないはずもない」


 気遣うような少女の言葉を聞きながら、ゼスは頭を押さえて小さく呟いた。


「俺のスキルは、ただの洗濯スキルじゃなかったのか」

「……あなたって、もしかしてもの凄い大物か、もの凄いお間抜けさん?」





 ◆ ◆ ◆





「呪いについてはよくわからないけど、君たちを助けられたってことならよかった」


《浄化》の有する破邪の能力についてようやく納得したゼスは、大精霊とハクに笑いかける。

 ハクは小さく喉を鳴らし、大精霊の少女は疲れたように吐息を零す。


「やっと理解してくれた。……でも、改めて感謝する。あなたがいなかったら私はあのまま邪神の手先としてこの呪われの森をさらに凶悪な世界に変えていた」

「俺は俺のしたいことをしただけだから、感謝されるのはむず痒いんだけどな。ん、ちょっと待ってくれ」

「なに?」

さらに(・・・)凶悪な世界に変えていたってことは……この呪われの森に魔物が多く棲息していることに、君の呪いは関係ないってことか?」


 ゼスの問いに、少女は頷く。


「この大樹海には邪神の力が色濃く残っていて、精霊が住み着きづらい。だから魔物が生まれやすい」

「でも君は精霊なのにこの地に根付いているんじゃ?」

「それは私がこの地を清浄にするために生まれたから。……でも、私も神呪に冒されてしまって」


 悔しげに俯く大精霊の体がとても小さく見える。


(思えば、彼女はずっと一人でここにいたんだろうな)


 邪神の力を祓うために。

 もしかしたらその孤独こそが彼女を狂わせたのかもしれない。


「……お願いがある」


 ぽつりと、少女が呟く。

 逡巡するような、悩ましげな声だった。


「私一人では、この大樹海全域を守り切れない。……だから、《浄化》のスキルを持つあなたも、ここにいて欲しい。私と一緒に、この地を変えて欲しい」


 それは、自分のことを大精霊だと誇らしげに語っていた者と同じとは思えないほどに、頼りない姿だった。

 縋るような、あるいは祈るような態度に、ゼスは一瞬圧倒される。


「やっぱり、難しい――」

「いいよ」

「……え?」

「というかむしろ俺の方からお願いしたかったぐらいだよ。俺たち、住む場所を探してたんだ。君さえよければこの大樹の傍に住まわせて欲しい」


 翡翠色の瞳が驚きに見開かれる。

 僅かな潤みを帯びてきらりと輝いた目には、ゼスの微笑が映っていた。


「いい、の? あなたの力があれば、最高位の神職に就くことも、名誉や名声、俗世の色々なものを手に入れることができるのに」

「いやぁ、そういうのは性に合わないっていうか、俺はのんびり暮らしたいだけだしね。それに、今の俺が樹海を出てもよくて投獄、まあ普通に処刑かな」


 困惑する少女に、ゼスは自分の身の上を明かした。


 すべてを聞いた大精霊は、細腕で自身の体を抱き寄せながらがくがくと震えていた。


「怖い、人間、怖い……」

「いや俺もその人間なんだけどね」


 その場にしゃがみ込んでしまった大精霊へ向けて、ゼスは苦笑しながら手を伸ばす。


「そんなわけだから、住む場所を探しているんだけど……ここに住んでもいいかな?」

「――――ぁ」


 大精霊は少しの間呆然とゼスの手を眺めて、やがて花のような笑顔を咲かせた。


「ユグシル」

「え?」

「私の真名(しんめい)。よろしく、ゼス。一生一緒に暮らそうね」

「いやなんかちょっと重くない……?」


 ゼスが手を引き戻すよりも先に、ユグシルがその手を両手で掴んだ。

 その瞬間、不思議な感覚がゼスを襲う。


「っ、なんだ? 《精霊の眼》……?」


 新たなスキルが流れ込んでくる。


「私と契約したことで、ゼスも精霊の景色が視えるようになった」

「契約ってなんの?!」


 ユグシルの補足に突っ込みながら、ゼスは隣に佇むハクを視た(・・)


 ハクの体の上に、文字が浮かび上がる。

 それは、本来は特別な儀式を行うか、神遺物(しんいぶつ)を用いない限りは見ることのできない他者のステータスだった。



――――――――――――


名前:ハク

種族:竜族

職業:【神竜】

レベル:774

筋力:SS

防御力:SS

敏捷性:S

精神力:B

持久力:S


スキル

《竜の息吹》《神竜の権威》

《神竜の白鱗》《神影霊躯》


――――――――――――



「……え、神様なの?」


 突然授かったスキルとか、精霊との契約とか、これからのこととか。

 諸々が頭から吹き飛んだゼスの呟きに、ハクは両翼を広げて「ガルルルッ!」と頷いた。

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