第46話 二人だけの戴冠式
ピーターの用意した食事で空腹を満たしたゼスは、大樹海の浄化に向けて村の中を歩いていた。
建国祭の準備に向けてさらに活気付く村内だが、ゼスの姿に気付くと誰もが手を止めて声をかけてくる。
大抵は気絶したゼスを心配する声。
いつものように暢気な笑顔を浮かべて「大丈夫だよ」と返しても一向に信じてもらえず、ユグシルに助けを求めるという流れを何度か繰り返し、村の中心地に通りがかった時だった。
「ゼス様ッ! いやはや、この度はおめでとうございます!」
交易所から姿を現したシルク商会会長、スターロードが手を挙げて愉快そうに声をかけてきた。
「スターロードさん、お久しぶりです。あっ、もしかして《洗浄》するものが溜まっていますか!」
アークライト王国へ赴いている間、シルク商会の中古商品の《洗浄》業務は滞っている。
久しぶりに思う存分洗濯ができると、ゼスはうきうきで訊ねた。
しかしこちらに駆け寄ってきたスターロードは、被っているつば広のハットを落とさんばかりの勢いで叫ぶ。
「そんなことはどうでもいいのです!」
「いやどうでもよくは――」
「まさか王国の暴走をお一人で解決されたばかりか、建国まで認めさせるとは! やはりわたくしの目に狂いはございませんでした!」
「大袈裟ですよ。それに一人で解決したわけではないですし……あの、それで中古商品は――」
「ゼス様のおかげでここ数日は大変儲けさせていただいております! 人を運ぶのに《交易路》も稼働し続けておりまして!」
「いやあの……ん? 人を運ぶ?」
派手な身振り手振りで捲し立て、とりつく島もないスターロードに頬を引くつかせる。
そんな中、彼の発した言葉で引っかかる部分があった。
「ふふっ」
ゼスが復唱して訊ねると、それまで静かに隣で佇んでいたユグシルが小さく笑った。
続くようにスターロードも深く笑みを浮かべ、大仰な仕草で交易所を示す。
「ええっ、今も《交易路》を使ってこちらへ人を運んできたところです。中でロバート様と共に所定の手続きを行なわれているはずですが……あっ、ちょうど終わられたようです」
スターロードの言葉通り、交易所からぞろぞろと人が現れる。
十四名を超える人影にゼスは覚えがあった。
「あれ? メイド長にララ、それにみんなも、どうしてここに……」
ゼスの記憶にある彼女たちはいつもメイド服を着ていたので、各々が私服を着ている姿は新鮮だ。
しかしそれ以上に王城の外で彼女たちと会えるとは思っていなかった。
メイド長たちもゼスに気付いたようで、ララを筆頭にこちらへ向かってくる。
「彼女たちにも、《清浄王の加護》がついてる」
「えっ、それって」
ユグシルの呟きにある予感を抱いていると、ララが満面の笑みを浮かべて頭を下げてきた。
「ゼス様! これからお世話になります!」
「お世話になりまーす!!」
メイドたちが一斉に頭を下げてくる中、彼女たちの後ろからゆっくりと現れたメイド長へ説明を求める視線を向ける。
「メイド長、これは」
「ご覧の通りです。本日からこの地に移住させていただくことになりました」
「えっ、王城の仕事は?」
「辞めて参りました」
「辞めてきたって……」
間髪いれずどこか清々しい表情で答えられて、ゼスは反応に困る。
(メイド長って、こんな人だったっけ)
ララたちならいざ知らず、メイド長は真面目で堅実な人という印象だ。
こんな勢いで移住するような人とは思えない。
「メイド長たちも無茶するなぁ」
「あなたがそれを仰いますか」
素直な感想を零すと、何故かいつものように呆れられた。
その反応に安心感を抱くゼスだったが、見るとメイド長たちも同じように表情を緩ませていた。
「まあ、来る者拒まずがモットーだからね。歓迎するよ」
ゼスが手を差し出すと、メイド長たちは満面の笑顔と共に頭を下げた。
◆ ◆ ◆
メイド長たちと別れた後、ゼスはユグシル村の象徴とも言える大樹の中へと入り、気を失っている間大切に安置されていた『神権の王笏』を回収した。
「それが大樹海の浄化に必要なの?」
大樹の外へ出て王笏を構えると、ユグシルが不思議そうに覗き込んでくる。
「流石にもう気を失いたくないしね。ちょっと、試したいことがあるんだ」
そう言って、ゼスは王笏へ意識を集中させる。
『神権の王笏』が彼の意志に応えるように輝きを放つと、ゼスの視界が変わった。
バウマンと対峙していた時にも目にした景色。
自分が統治する領域を、遥か高みから見下ろしている。
「大樹海の浄化が進まないのは、ユグシルの《精霊の加護》がないと呪いがまた侵食してくるから……だったよな」
「……そう。今の私の力ではゼスの《浄化》した場所をすべて守り切ることは無理」
遠くを見据えるゼスの姿にユグシルは僅かな畏怖を抱きながら答える。
「だったらさ、呪われていない場所まで《浄化》したら、呪いは侵食しないんじゃないか?」
「! まさか」
「そう、そのまさか。やっぱり今ならやれそうだ」
ペロリと舌を舐め、高みから下界へ手をかざす。
ゼスの意識は大樹海の東部、アークライト王国との国境へ向けられる。
ユグシル村と王国――その両者を結ぶように、二つの地点の間の呪われた領域へ、そこに巣食う汚れへ向けてスキルを行使する。
「――《浄化》!」
途端、地上から光が立ち昇る。
清浄で神聖な、神々しささえ感じられる白い光の渦。
「……ゼスは本当、私の想像を上回る」
力の巡りとゼスの考えを察したユグシルは、すぐさま《精霊の加護》の範囲を切り替えていく。
浄化と守護の猛威が地上を駆け巡る中、ゼスは天に召される心地だった。
(凄い……前は気を失っていたのと、王笏の視界がなかったから実感はできなかったけど……気持ちいい!)
地上は汚れで塗れた洗濯物。洗剤につけ置きした時のように、漆黒の汚れが吹き飛ばされていく。
精神力の消耗で大きな脱力感が襲う中、ゼスはだらしのない笑みを浮かべていた。
「はぁ〜疲れた。凄い達成感」
「そんな言葉で済ませていいことじゃない。……まったく」
その場に座り込み、後ろに両手をつきながら空を見上げて満足げに話すゼスに、ユグシルも微笑む。
そんな彼女へゼスもまた穏やかな笑みを返した。
「上手くいったみたいだな」
「ゼスの思惑通り。《精霊の加護》を《浄化》の済んでいない場所との境に集中させたおかげ」
「ならよかった。この規模で範囲を指定してスキルを行使するのは自信がなかったけど、王笏のお陰でなんとかなった。これで大樹海の外の人たちも王国を経由して気軽にユグシル村へ来ることができる」
「……うん」
ゼスの言葉にぎゅっと胸の前で手を握るユグシル。
彼女の変化に気付かぬまま、ゼスは空を見上げて何気なく話す。
「まあこれで君との約束も少しは守れたな」
「……えっ?」
翡翠色の瞳が困惑に揺れる。
その反応にゼスはむっとしながら指をピンと立てた。
「一緒にこの地を変えてほしいって約束だよ。ここで暮らすって時、話しただろ?」
「――――ッ」
「ま、大樹海全域の浄化はまだまだ先だろうけど、外と繋がれただけでもひとまず大きな変化ってことで。……あっ、でも外と繋がったらスターロードさんの仕事減っちゃうかな。あんなに喜んでたのに悪いことをしたかも……」
腕を組んでぶつぶつと考え込むゼスを見つめながら、ユグシルは口元をきゅっと引き結び、ふわりと浮かび上がった。
「ユグシル……? って、うわぁっ!? うわぁあああ!!」
ユグシルを目で追っていると、突然周囲の木の枝が全身に襲い掛かってくる。
簀巻き状態になったかと思いきや、とてつもない勢いで浮上を始めた。
全身を襲う浮遊感はジェットコースターさながらで、混乱しているうちに大樹の頂上へと辿り着く。
ぐるぐる巻きの拘束を解かれながら先端の枝に丁寧に下ろされたゼスは、この事態を仕組んだであろう人物を睨み上げた。
「ユグシル、急に何を――」
言いかけた言葉が途中で詰まった。
ふわふわと眼前に浮かび上がるユグシルが、目尻に涙を溜めていたから。
「ゼス、私あなたには本当に感謝してる。ここでただ滅びるしかなかった私が、まさかこんなに楽しい時間を過ごせるなんて思ってなかったから」
「……それは俺もだよ。呪われの森に飛ばされた時は死んだと思ったし」
「本当?」
「なぜそこで疑う」
心外だ、と言わんばかりに口を尖らせると、ユグシルはくすりと笑い、その細い両腕をゼスの頭へと伸ばしてきた。
「戴冠式にはまだ早いけど、これ、あげる」
「冠……?」
頭に載せられた何かを掴んで見てみると、それは木の枝でできた冠だった。
「ふふっ、似合わない」
「なら載せるなよ!」
思わず突っ込みながらも頭の上に置き直したゼスは、枝葉の合間から眼下を見下ろす。
「色々あったけど、まだ始まったばかりだ。これからみんなでもっといい場所に……いや、国にしていくんだし。そのためにやることは山積みだ」
「うん。楽しみ」
「栄えれば栄えるほど《洗浄》の機会は増えるだろうしな! うぉお、やるぞぉ!!」
「……結局そこ」
ゼスのなんとも締まらない意気込みに、ユグシルは小さくため息を零しつつも口元に弧を描くのだった。
これにて二章完結となります!
ここまでお読みいただきありがとうございます。
三章もお楽しみに……!
また、三章から「ソニア」のキャラ設定を変更いたします。
今までの投稿分でも登場箇所は随時差し替え予定ですが、三章の更新の方が先になる可能性があります。
ご承知おきください……!




