第44話 《清浄王の加護》
ゼスがユグシル村への帰還を果たし、建国を認める公文書を掲げてると、村中が大騒ぎになった。
家の中にいる今でさえ、外からドワーフたちの野太い声やエルフたちの高く響き渡る声、大樹海へ飛ばされた元王国の人たちの忙しない声が聞こえてくる。
家の中の一室。便宜上、執務室となっているその部屋には、ドワーフの村の長であったララドとエルフの部隊長セグウィン、そしてユグシル村の懐事情を握るロバートが集まっていた。
壁際には当たり前のようにソニアの姿もあり、ゼスの頭の上にはハクもいる。
ユグシルは久しぶりに大樹の近くに戻ってきたこともあって、今は大樹の上に留まっていた。
契約者であるゼスの近くを動き回れるとはいえ、やはり本体はあの大樹なのだろう。
「しかしまさかゼス殿が王としての覚悟を決めてくださるとは。王国の連中には逆に感謝せなばなりませんな。わははははっ」
ララドの豪快な笑い声に、セグウィンたちも思い思いに賛同の声を上げるので、ゼスはなんだか複雑な気持ちだ。
(いやまあ、今さらぐだぐだと言うつもりはないけど)
目の前の机に立てかけている『神権の王笏』を見つめつつ、ゼスは改めて覚悟を決める。
「ところでゼス様。少しご相談が」
「うん?」
「こちらの公文書を確認いたしましたところ、署名をした段階からゼス様を元首とする国家の建国を認めると確かに記されておりました。よって、王国と教国にとって大樹海全域は我々の領土と認定された形になります」
「うん、そうだね」
「しかしながら、今回の一件に関与していない二国――帝国と公国についてはその限りではございません」
ロバートは懐より取り出した地図を机に広げる。
交易を通じてシルク商会から手に入れたものだろう。
地図には中央大陸が描かれている。
大陸中央には黒塗りされた大樹海が広がっている。ユグシル村はその中でも比較的南東に位置し、その外側の土地を主に四つの国が治めていた。
東のアークライト王国。
その南方の神聖セレスティア教国。
地理的にも比較的ユグシル村から近い地域であり、今回の件に関わった二か国だ。
「西の帝国も北の公国も、大樹海を縦断して我々の場所へ無体を働くことはできないでしょう。しかしこの二国の承認を得られるに越したことはございません」
「そうだね。いずれは大樹海全域を浄化するつもりではあるし……」
ユグシルと共に大樹海の浄化を進めれば、いずれはこの二国とも国境を接することになる。
その時に今回のような騒動を起こすのは避けたいところだ。
「そこで、僭越ながらご提案させていただきます。この場所で大々的に建国祭を開き、この二国を含めた四大国の長を招かれるというのはいかがでしょう」
「おまつりっ!!」
ロバートの話に退屈そうにしていたソニアがぴょこんと耳を立てて起き上がってくる。
どうどうと宥めつつ、ゼスも「建国祭か……」と繰り返した。
「もちろん、そのために足りないものはたくさんございますので、今すぐにと言うわけではございませんが」
「うん、いいかもしれない。せっかくならいろんな人に来てほしいしね」
「! では、そのようにッ」
「足りないものなら任せるがいい! わしらドワーフがなんでも作ってみせるぞッ」
「私たちエルフも一丸となって取り組ませていただきます! 偉大なゼス様の威光を知らしめる絶好の機会ですから!」
「うん。……うん?」
何だか話がおかしな方向へ向かったような気がして、ゼスは首を傾げる。
そんなゼスをよそに、ロバートたちは盛り上がっていた。
◆ ◆ ◆
「あれ? あの人たちは……」
盛り上がる執務室をこっそりと抜け出して村の中を歩いていると、帰還したはずの王国兵の姿を見つけた。
彼らは村の中に木材を運び込んでいる。
「迷惑をかけた分、体で返したいそうよ」
どこからともなくふわりと舞い降りてきたユグシルがゼスの疑問に答える。
バウマンは一部の兵を引き連れて王都へと戻っていったが、彼の護衛を除いた王国兵たちがユグシル村に留まり、労働という形で今回の一件の弁済をしているとのことだった。
「命じられたばかりか、スキルで洗脳までされていたんだから気に病むことないのになぁ」
言いながら、密かに王国兵たちに《洗浄》をかける。
いきなり全身が光に包まれたかと思えば綺麗になったことに、王国兵たちが戸惑いの声を上げた。
肉体作業を続けていたためにいい感じの汚れ具合だった彼らが一挙に綺麗になった光景に恍惚の表情を浮かべていると、ユグシルがポツリと呟く。
「気に病んでいるだけではないと思う」
「ん?」
隣に降り立ったユグシルを見ると、彼女は意味深な笑みを浮かべた。
さらに追求しようとしたそのとき、光の正体を探していた王国兵たちがゼスの姿を見つけ、作業の手を中断して駆け寄ってきた。
「ゼス様! この度は本当に申し訳ございませんでしたっ」
「今の光はゼス様のおスキルでは……?」
「我々のようなものにまで……あぁ、移住したいッ!」
あっという間に王国兵たちに囲まれ口々に捲し立てられる。
そこへ一連の作業の指示を行っていたドワーフが現れ、どやされながら作業へと戻っていった。
彼らが向かう先、建設途中の建物が立ち並ぶ区画を視線で追う。
これから建国祭が開催されることが周知されると、さらに建物が増え、発展していくことだろう。
「どうかした?」
「改めて不思議な気持ちになってさ。大樹海に飛ばされたばかりの時は死を覚悟したものだから」
「ガゥ……」
「うっ」
「いやいや、責めてもないし気にしてないってば」
死を覚悟する要因となっていたハクとユグシルが気まずげな声を漏らし、慌ててフォローする。
誤魔化すような咳払いをしつつ、ゼスは補足した。
「あの時はこんな風にたくさんの人が集まるとは思ってなかったってことだよ。……まさか自分がみんなの長になるってこともさ」
「不服?」
ユグシルの翡翠色の瞳が不安げに揺れる。
ゼスは忍び笑いを浮かべながら肩を竦めた。
「まさか。もちろん不安はあるけどね。みんなが幸せになれる場所にできるかって。でもまあそれも含めてみんなと頑張るよ」
「……そう」
ゼスは再び村人たちへ視線を戻す。
自分が治めることになる国で暮らす民たちの活気に満ちた姿を眺めながら、ポツリと呟く。
「みんなが苦しい思いをしないで住む場所にしたいな。――ッ」
「ゼス……?」
「なんだ、これッ」
頭の中にある情報が凝縮されて流れ込んでくる。
その感覚をゼスはすでに二度味わったことがあった。
一度目は、《洗浄》を授かった時。
そして二度目は、《浄化》を閃いた時。
それは、スキルに覚醒る時に迸る神からの宣告。
傍に佇むユグシルは、《精霊の眼》でその変化の正体に気がついた。
「――《清浄王の加護》……?」
ゼスの身に宿った新たな異能。
その名を口にした瞬間、ゼスを中心に無数の光の柱が天へと昇った。
◆ ◆ ◆
「これは、一体……?」
ゼスの家。執務室に残っていたロバートやセグウィンたちが困惑の声を漏らす。
突然、この部屋に残った全員の体が暖かな光に包まれた。
困惑のままに家を飛び出すと、ユグシル村にいる全員の体が橙色の光に覆われている。
ただ輝いているだけではない。何かに守られてるような、不思議な心地よさが全身を包み込んでいた。
「これはまさか」
ロバートの呟きに、ララドが顔の皺を深めながら頷く。
「こんなことができるのは、ゼス殿以外におるまい」
「ですね」
その確信は、ユグシル村にいる全員が共有していた。
ユグシル村から立ち昇った無数の光の柱はその真下で生活する村人たちの元へ舞い降りる。
しかし一部の光は、流星のように空を駆け巡り、大樹海を離れていき、王都へ辿り着いたばかりのバウマンたちの元へ向かった。
「な、なな、なんの光だ!? お前たち、なぜ光っている!」
バウマンの護衛として王都へ帰還した王国兵たちの全身が、光に包まれる。
困惑するのは王国兵たちも同じ。
彼らは全身を包む光にざわめいた後で、ふと思い出す。
「この温もり、一度味わったことがある」
「そうだ、あの大樹海で、ゼス様と相対した時の……」
困惑に勝る安心感。何か偉大なものに守られている感覚。
それを前に、王国兵たちは気がつくと今し方進んできた道を振り返り、静かに首を垂れていた。
光は王都の頭上をさらに進み、その中枢である王城にまで至った。
慌ただしく働く文官、衛兵、そしてメイドたちまでもが光に包まれる。
「メイド長! 体が光ってます!」
荷造りをしていたメイドのララが叫ぶ。
彼女も、周りのメイドも、そしてメイド長も、陽の光を思わせる暖かな加護に包まれていた。
メイド長は呆れ笑いを浮かべ、小さく言葉を零す。
「本当に、困ったお方だ」




