第42話 承認と再会
「……うぅ、……ぁ、わ、私は一体……」
うなされながら目を覚ましたケイラスは、ゆっくりと顔を持ち上げる。
そして焦点の定まりきらない目を彷徨わせ、ここが王の寝室であることに思い至ったらしい。
ホッと息を吐くのも束の間、周囲に佇むゼスや教国の一団に気づくと勢いよく起き上がった。
「そ、そうだ! 王の間に貴様らがッ、う、ぐぅッ!?」
暴れ出しそうになったケイラスだが、途端に苦しそうに喘ぎ始める。
そんなケイラスへ、ゼスの隣に並び立っていた教国からの使者の一人が前に歩み出た。
「あまりご無理はなさらない方がよろしいかと。貴方は邪神の力に侵されていたのです。ゼス様が祓われたとはいえ、反動が残っているはず」
「邪神だと? そうかッ。あの時抱いた感覚は、邪神によるものであったのかッ。……いや、しかし邪神は神代の時代に滅ぼされたはず……」
頭を押さえてぶつぶつと呟くケイラス。先ほどまでの乱心を目の当たりにしていた衛兵たちが密かに身構えるのがゼスにはわかった。
「……! そうかッ」
やがてケイラスは何かを思いついた様子でゼスの方を見上げた。
「そうとも! これまでの行いはすべて忌々しき邪神の力によるもの! 大樹海一帯への侵攻も……そう、ゼス! お前への数々の行いは私の本意ではなかったのだ!」
「…………」
明らかにとってつけたような言い訳にゼスだけでなくこの場にいる誰もが鼻白らむ中、彼と話をしていた教国の使者が口を開く。
「お言葉ですが、ゼス様への一連の行いも大樹海への侵攻もケイラス陛下のご採択によるものです。いかに神といえど、生来の性質を歪めることはできません。貴方やバウマン殿下は邪神に見初められるだけの理由があり、そしてそれを無意識に受け入れられたのです」
「ッ、証拠でもあるというのか!」
「わかる者にはわかるものなのです」
そう言いながら、教国の一団が一斉にゼスとその隣のユグシルを見た。
「ケイラス陛下。引き際を弁えられた方がよろしいかと。先の王の間の一件を邪神の力の影響によるものだと、我々が保証すると申しているのです。貴方がすべきことは大樹海での横暴を詫び、ゼス様の主張を尊重なされるだけでしょう」
「……くっ、ぐぅぉ……!」
忌々しげに睨みつけてくる。
そんなケイラスへゼスは一歩踏み出した。
(何から何まで教国の人たちがお膳立てしてくれたな)
勢いで王都まで来たが、教国の面々がいなければその場しのぎの返答になっていたかもしれなかった。
心の中で感謝するゼスへ、ケイラスが力なく呟いた。
「アークライト王国は、ゼス殿を元首とした、大樹海一体を領土とする国家の建国を――――認める。合わせて、不幸な行き違いがあったとはいえ、今回の侵攻について謝罪しよう」
ぶるぶると肩を震わせながらケイラスが絞り出す。
かくして、大樹海での建国を二カ国に承認されたのだった。
◆ ◆ ◆
大樹海で拘束されているバウマンや王国兵たちへ向けた伝達が送り出される中、ゼスは建国を認める正式な公文書が制作されるまで、王城で待機することになった。
紆余曲折あったものの、今のゼスの立場は他国の王族や皇族と同等であり、冷遇されていた王太子時代よりも立派な滞在用の部屋を与えられた。
「複雑?」
「今さら気にしてないよ」
ふかふかのベッドの端に腰を下ろして豪華な内装の部屋を眺めていると、ユグシルが覗き込むようにして訊ねてきた。
心配の色を多分に滲ませた翡翠色の瞳に見つめられ、ゼスは肩を竦める。
「何にしても上手くいってよかった。行き当たりばったり感は否めなかったし、教国の人たちがいなかったらどうなっていたことかわからないけど」
「彼らと交渉したのはゼス自身。王様になるって決めたのも。ゼスだから彼らも応えてくれた」
「……彼らには妙な呼び方をされていたのが気になるんだけどね」
ケイラスを《浄化》した時、「救世主様」と崇められていた気がする。
何だかまた厄介ごとに巻き込まれそうな予感を抱きながら、ゼスは後ろに両手をついて天蓋を見上げた。
「まぁ、精一杯頑張るよ。みんなをあの場所に呼んだのは俺なんだし、みんなが安心して暮らせるようにするのは俺の責任だしね」
「私も協力する」
「ありがとう」
「ガルッ!」
ベッドの中央で丸まっていたハクが仲間外れにするなと言わんばかりに鳴き声をあげた。
「もちろんハクのことも頼りにしてるよ。今日もすごく助かった」
「ガルルゥッ」
パタパタと、というよりもぴょんぴょんとベッドの上を飛び跳ねて、ゼスの背中に顔を擦り付ける。
そんなハクの体を優しく撫でていると、コンコンと部屋の扉をノックされた。
「はい?」
「失礼いたします」
聞き覚えのある声だ、と思っているうちに扉が開かれる。
「君は……」
「! ゼス様!」
外からひょこりと顔を出したのは、メイド服を着た少女だった。
ゼスの姿を確認すると、感激した様子で顔の前に両手を合わせ、目尻に涙を滲ませる。
そのメイドの少女に覚えがあった。
「ララ、だったよね」
「っ! はい! 本当にゼス様が……ッ」
ぱっちりと目を開いた瞬間に、彼女の目元で涙がはじける。
と、その時だった。
「ララ、じゃまぁ!」
「ゼス様、私のこと覚えてますかッ」
「ちょっと、あたしもッ!」
ララの後ろから続々とメイドたちが顔を出し、開かれたドアの隙間が埋まっていく。
そして耐えきれなくなったララが前に倒れ込んだことで、部屋の中にドテドテドテと雪崩れ込んできた。
「いっ、ちょっ、どいてっ」
「重い重い!」
「私重くないもん!」
折り重なったメイドたちが口々に捲し立てる混沌を、ユグシルは不安げに指さす。
「何、あれ」
「あれじゃないよ。王子時代にお世話になってたメイドさんたち」
「……メイド?」
疑うような眼差しを向けるユグシルに苦笑していると、廊下から女性の鋭い声が飛んできた。
「こら! お前たち! 国賓の方の部屋で何やってんだい!」
その声と、びくりと肩を震わせてシュババッと立ち上がるメイドたちに懐かしさを覚える。
「メイド長、久しぶり」
「……お久しぶりでございます」
ゼスがにこやかに笑いかけると、扉の向こうから現れたメイド長は今までと同じような呆れ半分、親愛半分といった苦笑と共に、恭しく頭を下げてきた。




