第41話 教国の一団
この場にいる誰もが、王笏を手にして白竜を従えるゼスの威容に気圧されていた。
ただ一人、ケイラスを除いて。
「建国を、認めろだと……ッ」
ケイラスは額に青筋を浮かべ、憤怒に震える声で呟く。
歯が砕けそうなほどにギリギリと歯ぎしりをし、血走った目が苛立たしげにゼスを捉える。
その眼差しを静かに見返していると、ケイラスは絞り出すように語り始めた。
「国家とはッ、そのような思いつきで生み出せるものではない! その地に根付いた者の歴史、重み! その重責を背負い、君臨する覚悟! それが必要なのだ! 貴様如きに務まるものではないわ!」
ケイラスの叫びが王の間に寒々しく響き渡る。
「! ちょちょ、落ち着いてってば」
ふと背後から熱気を感じてゼスは振り向いた。
突き破られた窓の外では、ハクがその顎に赫々とした炎を溜めている。
ゼスが慌てて宥めると、彼女はしょんぼりとした様子で口を閉じた。
(その位置から《竜の息吹》が放たれたら、俺たちも巻き込まれるって。というかそんなことをしたら交渉どころじゃなくなる……)
始めに攻めてきたのがアークライト王国とはいえ、やり過ぎれば非難されるのが世界というもの。
だからこそここは建国を認めてもらい、これ以上侵攻しないという提案を呑んでもらうしかない。
しかし、この期に及んでケイラスは頑なにゼスのことを認めようとしない。
その化け物じみた執念に異様な何かを感じていると、王の間に闖入者の声が響き渡った。
「――お待ちください」
純白のローブを纏った一団だった。
ローブの各所に金色の刺繍が施されている。
「貴様ら、なぜここに……ッ」
ケイラスが目を剥く。
王の間へ入ってくる彼らの背に刻まれたシンボルにゼスは覚えがあった。
(あれは、神聖セレスティア教国の国章。間に合ったのか)
密かに笑みを浮かべるゼスをよそに、ケイラスは一団へ抗議する。
「ここをどこと心得る! アークライト王国の中枢だぞ! 一体誰の許しを得て王の間へ立ち入るか!」
「恐れながら、そのような形式を保てる状況にないと判断いたしましたので」
ケイラスの激高をものともせず、感情を感じさせない口ぶりで反論しながら、一団はゼスを見た。
「精霊王の決定をお伝えいたします。我々神聖セレスティア教国は先のゼス様の宣言を承認し、大樹海一帯を彼の者の治める国として認めます」
「んなッ!?」
三度、ケイラスの目が見開かれる。
一団から差し出された書状を秘書官が受け取り、ケイラスへ手渡す。
書状を持つケイラスの手が震え、紙にしわが生まれる。
書状にはローブと同じ国章が刻まれていた。
つまりは神聖セレスティア教国からの公文書ということになる。
(まさかここまでしてくれるとは)
現状を理解しきれないケイラスをよそに、ゼスは王国の兵士の扮していた教国の遣いとのやりとりを思い返した。
――神聖セレスティア教国は、ゼス様を全面的に支持する。
夜更けに現れた遣いは、出し抜けにそう告げてきた。
ゼスはその言葉の真意を探った上で、彼らにこう提案したのだ。
「なら、俺がこの地に国を興すと言ったら、教国は認めてくれるのか?」
根回し、といえるほど大それたことをしたつもりはない。
だが、教国は思っていた以上にゼスへ関心を向け、またその行動を後押ししてくれている。
いまだ会ったことも、関わったこともない精霊王がどうしてそんなことをしてくれるのか、その真意は測れない。
それでもこの状況においては何よりも心強い味方だった。
「……ッ」
書面を確認し終えたケイラスが苦々しげな表情を浮かべて項垂れた。
教国が大樹海一帯をゼスの国と認めた以上、さらなる侵攻は国家への侵略行為となる。
周辺国家はさておき、少なくとも教国はそのような蛮行を見過ごせないだろう。
そして教国と国境を接し、セレスティア教の影響力が根強いアークライト王国は、教国の意向を無下にはできない。
「此度の大樹海への侵攻。刑罰を履行し、人類の生存圏を拡大するという貴国の目的は理解できる。しかし、大樹海で安住する者たちの生活を脅かすことは看過できない。――貴国の賢明な判断を期待する」
教国からのその言葉がとどめとなった。
ケイラスはがっくしと項垂れてから、忌々しげにゼスを見上げた。
「アークライト王国は、神聖セレスティア教国の決断を尊重し、大樹海一帯をゼス、殿の国家として――」
そこまで口にして、ケイラスは突然口をつぐんだ。
(なんだ……?)
嫌な予感がした。
「うぐっ、ぐっ……! 貴様は、天界の……!」
ケイラスが頭を抑えて悶え始めた。
指の間から覗く瞳は血走り、殺意以上のおぞましい感情を孕んで、ゼスとユグシル、そしてハクを睨み付ける。
「ゼス!」
「……わかってる」
ユグシルの叫びにゼスは頷き返しながら、ケイラスへ向けて手をかざす。
その瞬間、ケイラスの体からヘドロのような澱みが溢れ出した。
「この場で、消してやる!」
「――【浄化】!」
飛びかかってきたケイラスへ向けて【浄化】を放つ。
ゼスの手から放たれた清浄な光はケイラスを包み込んだ。
聖炎に焼かれるように、光に包まれたケイラスはこの世のものと思えないほどの絶叫を上げる。
「あ、が……」
全身を覆っていた澱みが吹き飛ぶと、ケイラスは白目を剥いたままその場に倒れ伏した。
(今のは神呪? それにしては汚れがバウマンの時のものと似ていたような……)
倒れ伏すケイラスに歩み寄りながら考え込むゼスの耳に声が飛び込んでくる。
「おぉ! これが救世主様のお力……ッ!」
声のした方を見ると、教国の一団が祈るようにその場に跪いていた。
ドワーフの集落での光景を想起させるその姿に、ゼスは眉を寄せる。
(というか、なにこの状況……)
アークライト王国王城、王の間。
突然現れた教国の一団は恭しく祈りを始め、この場の主人であるケイラスは気を失って倒れ伏し、王国の秘書官や衛兵たちは戸惑いと畏れからか立ち竦んでいる。
「ガルルゥ」
いつの間にか小さくなったハクが頭の上に乗ってくる。
どこか慰めるような声をかけてくる彼女の頭を撫でつつ、ゼスはケイラスを休ませるように指示を出した。




