第38話 建国宣言
地上の騒ぎに気づいてゼスが大樹から下りると、村の中に続々とアークライト王国兵が入ってきていた。
先日治療のために連れ帰った王国兵とは別の集団だ。
彼らは声をかける村人たちを押しのけて、我が物顔で畑や建物の検分を始めた。
「君たち、突然現れてなんのつもりだ」
武器を持った兵士たちに及び腰になる村人たちに先立って、ゼスが怒気を露わにする。
すると、村の外周部に並び立つ兵士たちの中から嘲るような声がとんできた。
「なんのつもり? それはこっちの台詞だぜ」
現れたのは、ゼスによく似た顔立ちの少年。
ゼスよりも少し幼い容貌に反し、その相貌はこれ以上ないほどの喜悦で歪み、嗜虐的な笑みを湛えていた。
「――バウマン、どうしてここに」
「チッ、罪人風情が気安く話しかけるな」
苛立たしげに吐き捨てると、「おい」と隣の兵士を小突く。
弾かれたようにその兵士が懐から書状を取り出し、読み上げ始めた。
「今この瞬間より、この地はアークライト王国の領有地となる。王国法に基づいて財産改めを行い、その後しかるべき税を接収する。その方らは我々の指示に従え」
「ということだ。喜べ、こんな場所で暮らしていたお前たちも、誉れある王国市民になれるわけだ」
「な、なにを勝手な!」
「そうだそうだ! 横暴な国家に付き従うものか!」
口々に村人たちが叫び立てる。
「なになに、こいつら敵? 殺す?」
「待て待て、落ち着きなって」
どこからともなく現れたソニアが、首を傾げてさらりと言ってのける。
それを宥めていると、村人たちの反発にバウマンは不快そうにため息を零した。
「これが俺たちの最大限の慈悲だってわかんねえのか? 罪人を匿ったお前たちを同罪で処断してもいいんだぞ?」
そう言って、バウマンは周囲を見渡す。
村人たちの中には元貴族の人間の姿もある。
そうして最後にゼスを睨んだ。
「今ならそこの汚物共を大人しく差し出せば、王国民として手厚く迎え入れてやろうってのに」
「……汚物? ゼス殿が汚物じゃと?」
バウマンたちの横暴に困惑と怒りを抱えていた村人たちから殺気が滲み出す。
そんな中、いつの間にか武器を携えたララドが一歩前へと歩み出た。
「ゼス殿は大樹海の端で魔物に怯えながら暮らしていたわしらに手を差し伸べてくれたんじゃ。この地はゼス殿のお力で築かれた場所。おぬしらのような野蛮な連中に渡してなるものか!」
「そうだそうだ!」
「出てけ、この盗人共!」
「ララドさん、みんな……」
怒号のような声がやがて唱和のように重なっていき、王国兵たちを威圧する地鳴りと化す。
その光景にゼスは背中を押されるような心持ちで、バウマンたちを見据えた。
「君たちが俺たちを追い出さないのは、君たちもわかっているからだ。この場所で得られる資源を活かすには俺たちが必要だって。そのことからもわかるだろう? 俺たちは俺たちだけで生きていける。王国の支配なんて必要ない。――さあ、お引き取り願おう」
整然と訴えながら、ゼスは同時に諦めてもいた。
ここで素直に下がってくれるのなら、そもそも彼らは突然押しかけてはこない。
「舐めるなよ。これは交渉ではない。命令だ。逆らうのなら処罰するまで!」
バウマンの声に呼応して兵士たちが武器を構える。
「辺境の地で王様気取りでもして勘違いしたか! お前はただの罪人だ! 何の力もない、たまたま生き延びただけの洗濯しか取り柄のない用済みのスペアなんだよ!」
「別に王様気取りはしてないんだけどなぁ。それに俺もここに追放された彼らも、この大樹海に飛ばされた時点で刑の執行は終わっているんだ。君たちにとやかく言われる謂れはない」
「言う必要もねえぜ。従わないなら、従わせるまでだ!」
じりじりと間合いを詰めてくる王国兵。
その姿を、ゼスは冷めた目で眺める。
「こんな横暴を周辺国家が許すと? そんなことになれば孤立するのは王国だよ」
「何を言い出すかと思えば。ここは大樹海だぜ? 国同士ならまだしも、未開の地を先に占有することに何の問題があるんだ?」
「なるほど、そういう考えね……」
バウマンの言葉にゼスは思わず呆れる。
あるいはこれが【征服者】としての生き方なのか。
考えても詮無いことを思いながら、ゼスはバウマンへ背を向けた。
そうして、王国兵へ立ち向かおうとするララドやドワーフ、エルフたちへ笑いかけた。
「本当はもう少しゆっくりできる時にみんなの考えを聞こうと思っていたんだけど、そういうわけにもいかないみたいだからさ。――みんなは、俺でいいのかな」
ポリポリと頬をかきながらのゼスの問いに、しかし村人たちは全員がその意図を察した。
初めにララドがふっと笑みを零し、「最初からそう申しておる」と跪く。
ドワーフ族全員がそれに倣った。
次いでエルフ族も、「ゼス様こそ、我々が唯一崇める御方にございますれば」と傅き。
元貴族たちは、さも当然のように騎士の礼をとっていた。
「なになに、どういうこと?」
何が起きているのか理解できていないソニアは、フローラの耳打ちでパッと表情を輝かせ、「旦那様が一番偉い!」と両手を挙げ。
フローラとピーターは、いつかのように頭を下げた。
そして、大樹の先端で、ユグシルは静かに微笑みを浮かべていた。
「なんだ、何してるんだお前ら!」
ゼスを中心に、それまで騒いでいた村人たちが整然と従属の姿勢をみせたことに、バウマンは末恐ろしさでも覚えたように声を荒らげる。
そんなバウマンへ向き直ったゼスは、ゆっくりと口を開く。
「バウマン。ここはアークライト王国の土地じゃない。ましてや未開の地でも、どこの国家にも属していない場所でもない。――今この瞬間から、ここは俺が統治する国だ」
ゼスが宣言するや否や、大樹の中から眩い光が溢れ出した。
その光は空へと打ち上がると、まるで流星のような軌跡を描いてゼスの眼前へ舞い降りる。
その光を見たドワーフたちが歓声を上げた。
「『神権の王笏』……」
光の中に、一振りの杖がある。
不思議な光沢を放つ柄は一層激しい光を放ち、上部に据えられた宝玉が歓喜に震えている。
光の中、というよりも光そのものだ。
その神々しい姿に、バウマンの命で制圧に動こうとしていた王国兵たちの戦意が削がれる。
この村は、そして眼前の人物は、自分などが侵して良い存在ではない。
本能的にそんな畏怖を抱えた王国兵たちが武器の構えを解く中、ただ一人だけ、王笏への苛立ちと憎しみ、そしてゼスへの敵意を抱えていた。
「ふざ、けるな」
『神権の王笏』を手に取ろうとしたゼスへ、バウマンが憤怒の形相で叫ぶ。
「――《権威支配》ッッ!!」




