第33話 『ゼス様洗浄品』
「《洗浄》《洗浄》《洗浄》《洗浄》《洗浄》《洗浄》《洗浄》《洗浄》《洗浄》《洗浄》ッッ!!」
交易所からゼスの下へ次々と運び込まれてくる絨毯や絹製の服飾、毛皮や陶器類。
そのどれもが酷く汚れており、ゼスは片っ端から《洗浄》を施していく。
屋外で使用されていたのか、泥や砂で真っ黒に染まっていた絨毯が途端に色を取り戻し、複雑で精緻な模様を映し出す。
毛皮や服飾も同様に次から次へと新品同様の輝きを取り戻す光景に、傍で見ていたスターロードが歓喜の声を上げた。
「これは……ゼス様、これはすごいことですよ!」
「そうですか?」
ともすればユグシルやハクを目にしたときよりも興奮するスターロードに、ゼスは思わず《洗浄》の手を止めた。
ロバートの家族を探し、《交易路》でこの村まで輸送する交換条件としてスターロードが提案したのは、シルク商会が抱える中古商品の《洗浄》だった。
ゼスの《洗浄》スキルはすでにスターロードの知るところであり、実際何度か彼に使ったこともある。
その時からこのことは考えていたらしい。
困惑するゼスに、スターロードは「何をおっしゃいますか!」と鬼気迫る勢いでまくし立てる。
「この美しさ! この輝き! 多少の経年劣化や傷は残っていますが、新品同様の品質は現在の中古市場を圧倒しますよ! 『ゼス様洗浄品』としてのブランドが確立されるほどです!」
「いやぁ、あはは」
元クリーニング屋として洗浄後の出来映えを褒められて悪い気はしない。
ゼスが照れ笑いを浮かべながらも有頂天になって《洗浄》を進める傍ら、スターロードは不意に表情を暗くする。
「ゼス様にこのようなことをお願いしてよいものか……、こうしてお願いした今でも躊躇われるのですが」
「ふふっ、その心配は杞憂だと思いますよ?」
「――そのようですね」
スターロードの呟きを拾ったフローラが、苦笑交じりに応える。
心底楽しげにスキルを使うゼスを眺め、スターロードもまたふっと表情を緩めた。
「フローラさんの言うとおりです! こんなことでよければいくらでもやりますよ! というかやらせてください!」
前世のクリーニング屋でも体験することのない頑固な汚れが次々に運び込まれる光景に、ゼスは恍惚の表情で叫んだ。
今日の分の作業が終わり、綺麗になった商品をシルク商会の人間が交易所へと運び込む中、空から見守っていたハクが地上に降りてくる。
小さくなった彼女はいつもの定位置に乗るのかと思えば、つんつんとゼスの手をつついた。
「どうしたんだ、ハク」
その変化に気づいたゼスは彼女の頭を撫でながら訊ねる。
ハクは小さく唸った。
「……もしかして、自分のせいで迷惑をかけたとか思ってるのか?」
「ガルゥ……」
いつもの村の洗濯物に合わせての作業。
朝から昼まで、ゼスは忙しなく働いていた。
その元凶が、大樹海に倒れている人族を拾った自分にあるのではと気にしているのだろう。
「みんなどうして洗濯がそんなにつらい作業だって思ってるんだろうな。こんなに気持ちよくて心が満たされることはないのに」
「ガルゥ?」
「ハクも知ってるだろ? 俺は汚れているものを綺麗にすることが楽しいの。つらいとか迷惑とか思っていないし、何より倒れてる人を助けたハクは偉いよ。ロバートさんも感謝してただろ?」
「ガルル……」
「彼やスターロードさんに聞いた王国の現状を考えると、まだまだ大樹海の中に人が飛ばされてくるかもしれない。そうしたらまた助けてあげてくれ。俺にそうしたみたいにさ」
「ガルルッ!」
ぱたぱたと両翼を羽ばたかせ、頭の上に飛び乗る。
ゼスは手を上げてつんつんとハクの体躯を優しくなぞった。
「がう~!! あたしも人、捕まえてくる!」
「いや、捕まえるとかそういう話じゃないんだけど。獲物じゃないんだからさ」
話を聞いていたソニアがむっとした様子で叫び、飛び出していった。
(もし彼女に見つけられたら無事なのかな。……いや、魔物に襲われるよりはずっとマシだと信じたい)
内心で戦々恐々とするゼスの頭上で、ハクは小さく喉を鳴らした。
◆ ◆ ◆
一日の《洗浄》で依頼料は十分に回収できたそうだ。
スターロードはほくほく顔で「ゼス様、我々と共にビジネスを始めませんか」などと言ってくる。
「というと?」
「先ほども申し上げたように、新品、中古に並ぶ『ゼス様洗浄品』というジャンルを確立するのです!」
どうやらこの世界の商人が扱う中古品というのは、高級なものや希少性の高いものしかないらしい。
そうしたものは丁重に扱われているか、あるいは粗雑に扱われているかで二極化しているらしく、後者の場合は仕入れ値が随分と抑えられる。
基本中古品は購入者が綺麗にすることを前提に安く売り出されるが、ゼスの《洗浄》なら新品に近い値で売れるという。
『ゼス様洗浄品』という名目はさておいて、村の収入が増える上に大好きな洗濯ができるとあっては、ゼスに断る選択肢はなかった。
「ぜひお願いします! 誠心誠意、真心込めて頑張らせていただきます!」
キラキラと目を輝かせてそう答えたゼスと、同じく「天下を取りましょう!」とハイテンションなスターロードたちに、周囲の商人や村人たちはドン引きしていた。
そして、そんなことがあってから一週間後。
ロバートの家族が見つかったという報が、ユグシル村にもたらされた。




