第3話 名付けと定住地探し
陽が完全に沈み、闇に包まれた大樹海。
その広大さと比べればあまりにも頼りない光を放つ焚き火の前で、ゼスは魚を焼いていた。
近くを流れる川で捕ったものだ。
「人がいないからか魚も動物もたくさんいるし、食料には困らなさそうだな」
魚の焼き加減を見守りながら呟く。
呪われの森は魔物が多く棲息する危険地域だが、半日間歩き回ってみて、一度も遭遇しなかった。
「……君が近くにいるからなのかな?」
焚き火のすぐそばで寝そべる、子猫サイズの白竜に笑いかける。
すると白竜は得意げに「ガルル」と喉を鳴らした。
人を踏み潰せそうな巨躯を備えていた白竜がどうしてこんなに小さくなっているのか。
その経緯は、夕暮れ時に遡る。
野営拠点を川の近くに定めたゼスは、前世で聞きかじった知識を下に火起こしを行っていた。
そんなゼスを見ていた白竜が、突然、《竜の息吹》を吐き出そうとしたのだ。
慌てて止めたが、しょんぼりとする白竜の姿を前にして手伝おうとしてくれていたのだと察したゼスは、慰めの言葉をかける。
「火を作ってくれるのはありがたいけど、森が消し飛んじゃうからね。もっと小さい火でいいんだ」
すると、白竜はみるみるうちに小さくなり、その小さい口からライターほどの大きさの《竜の息吹》が放たれて、火を確保できたのだった。
「竜って体の大きさを自在に変えられるんだな……」
竜の生態や能力についてはいまだ解明されていない部分も多い。
稀に人里に降りてきた竜が暴れ回り、甚大な被害を残すことから畏怖の対象にはなっていて、調べること自体が逆鱗に触れると考えられていた。
「そりゃあ確かに襲ってきたときは驚いたけど、今はそういう気持ちにはならないな」
焼き上がった魚を一匹、白竜へ差し出すと、とても美味しそうに齧り付いている。
その様はまさに子猫のそれだった。
微笑ましく思いながらゼスもまた魚に齧り付く。
脂がよく乗った、ぷりっぷりの肉を堪能しながら、心の中で「ステータス」と念じた。
視界に現れるのは、昼間確認したものと同じ。
王城にいたときと比べてレベルが3から18へ上昇し、各種ステータスもFからEへ。精神力は元々Bあったが、これも一段階上昇していた。
そして、スキル欄には《浄化》の表示もある。
筋力や防御力といったステータスにはFからSSSまでの九段階存在すると言われている。
これらはレベルが上がることで上昇するが、歴戦の戦士や魔法使いでも、ステータスAが一つでもあれば指折りの実力者とされている。
そもそもS以上のステータスの存在自体、眉唾物だ。
筋力などは自力で鍛えることも可能だが、レベルアップによるステータス上昇と比べると微々たるもの。
だからこの世界の大多数の人々は、レベルを上げるためにスキルと職業を活かせる生き方を選ぶ。
(……まあ、だからこそ王太子でありながら【洗浄屋】の俺は用済みとして処分されたんだろうけど)
王位継承権は生まれた順に与えられる。
弟のバウマンに王位を継がせるためには、合法的にゼスを廃嫡するしかない。
「言ってくれたら王位継承権なんて放棄したのに……そうしたら俺は王城を出て自由にクリーニング屋でも始めたのにさ」
ぼやいていると、白竜が心配そうに見上げてきた。
頭を撫でつつ、改めてステータスについて考える。
「それにしても、なんでこんなにレベルが上がっているんだ?」
スキルや職業に準じた生き方をしても、これほどまでにレベルが上がることはない。
一つの基準として、二十歳の人間の平均レベルが10前後と言われている。
「それに、なんで精神力だけこんなにずば抜けてるんだ? 人族にはステータスの補正がかからないはずなのに」
種族ごとにレベルアップによって伸びやすいステータスや、逆に伸びにくいステータスが存在する。
人族はそうしたプラスマイナスの補正を一切受けない種族でもあった。
精神力が上がると精神がタフになる他、クールタイムの存在するスキルはその時間が短縮されたり、精神力を消費するスキルを乱発できるようになる。
「メンタルが強い気はしないんだけど、まあ高い分にはいいか。どうせこれからこの森で生きていかないといけないんだし」
国家反逆罪として追放されたゼスがいまさら王国に戻ったところで、今度こそ捕らえられて処刑されてしまう。
他の国に逃げても、元王族のゼスを見過ごすとは思えない。
ゼスの望むのんびりとした暮らし。
それを叶えるためには、やはりこの危険地域で生きていくしかない。
「ま、なるようになるか。ひとまず、定住できる場所探しだな」
「ガゥ!」
ゼスの呟きに白竜が勢いよく起き上がる。
そんな白竜にゼスは戸惑った。
「俺はここから結構離れたところまで歩くつもりだけど、本当についてくるのか? 家族とか、友達とか……竜って、いないんだっけ?」
「……ガウッ!」
「そ、そっか。まあ俺は歓迎なんだけど」
なぜ意思疎通できているのか不思議だが、それほどまでに白竜は表情と動きに感情を乗せてくる。
自分についてくる意志が固いと悟ったゼスは、白竜へ向けて手を差し出した。
「今更になるけど、名乗っておくよ。俺はゼス。よろしく。君は……ええと、君っていうのもちょっと変だよな」
呼び方に悩んでいると、白竜がバサリと両翼を広げた。
そして「ふんすふんす」と鼻息を荒くしている。
「……もしかして、名前を決めて欲しいのか?」
訊ねると、白竜はその場でぴょんぴょんと飛び跳ねた。
どうやら正解らしい。
純白の体躯が焚き火の光を照らして輝いている。
その姿と、襲いかかってきたときの漆黒の姿を思い浮かべながら、ゼスの脳裏によぎったのは、とあるハンドソープの名前だった。
「キレイキレイ、とか」
「ガルルルッ!」
「じょ、冗談だってば」
不満げに叫んだ白竜に弁明しつつ、改めて考える。
「何の捻りもないけど……ハク、はどうかな」
今度は気に入られたらしく、バサバサと翼を羽ばたかせた後、すりすりと頭を擦りつけてきた。
そんなハクを可愛く思いながら、ゼスは《洗浄》をかけた川の水を飲む。
「明日からどうしようか」
この広大な大樹海で定住できる場所を探すのは、中々に骨の折れる作業だ。
だが、一番手を抜けないポイントでもある。
さしあたっての条件は、魔物が少なくて水場があって、広大な平地がある場所。
歩き回るしかないと思っていた時だった。
ハクがぐいぐいとゼスの服を口で引っ張り、見せつけるように両翼を動かした。
「――そうか」
◆ ◆ ◆
「うぉおお、すごいなこれは!」
翌日。ゼスは元の大きさに戻ったハクの背に跨がり、大空を飛んでいた。
雲の高さから地上を見下ろす。
飛行機から見える景色と似ているが、臨場感は比べものにならない。
ゼスは興奮しながらも、本来の目的である定住地を探していた。
鬱蒼と緑が敷き詰められている大樹海。
それでも、変化はある。
崖や滝、小さな池や草も生えていない平地など。
それらをぼんやりと眺めていると、不意に異様な光景が視界に飛び込んできた。
「なんだ、あそこ……」
大樹海の一角に漆黒の空間が広がっていた。
草木や地面が黒一色で覆われた、呪われの森という通称に相応しい異様。
その中央に、禍々しい気配を放つ一本の大樹が聳え立っている。
「ガルルルル……ッ」
ハクが警戒するような声を漏らす中、その背に跨がるゼスは、ぽつりと思った。
「……綺麗にしたいな」
「ガルッ?!」