第26話 シルク商会とリーダーとしての立場
今日はドワーフの村と交易をしていた商人が訪れる日だ。
ゼスは普段通りの生活を送りながら、商人が来るまでの間、この数日間でララドやエルフの族長たちと話し合った内容について振り返っていた。
話し合った内容、といっても基本は交易の話だ。
何が欲しくて、何を売れるのか。ゼスは交渉する立場として話は聞いていたが、口はほとんど挟んでいない。
だが、おかげで村の状況がよくわかった。
この村が商人に対して売り出せる物は大きく二つ。
ドワーフたちが採石するこの大樹海の潤沢な資源とそれを利用した武具や器具。
そしてエルフたちが草や木の根で編む工芸品。
対して村全体で欲しているのは多種多様な食料だった。
現状、畑の収穫物だけでの自給自足はまだ無理で、食料の大半はドワーフたちの交易品や狩りに頼っていた。
村のさらなる発展のためにも、食糧問題はなんとかしたい。
(みんな、村のために色々考えてるよなぁ)
話に立ち会ってみて、自分がいかに村のことを考えていなかったかを痛感した。
元々困っている人に声をかけて寄り合っているだけのつもりだったのに、いつの間にか大所帯になり、一つの村として発展している。
ゼスの脳裏に、自分をリーダーとして崇めるドワーフやエルフたちの顔が浮かぶ。
「俺もこのままじゃダメってことなのかなぁ」
「何がダメなんですか?」
「うわっ、いつの間に……っ」
後ろから現れたフローラに思わず飛び跳ねる。
フローラは長い耳をぴょこっと動かしながら、申し訳なさそうにした。
「そんなに驚かれるとは思いませんでした。ごめんなさい、ゼスさん」
「いや、全然。ボーッとしてた俺が悪いよ。それよりもどうしたの?」
「洗濯物を持って来ました」
「ああ、それならここに置いといて」
彼女は両手で抱えていたエルフお手製の籠をゼスの示した場所に置いた。
中には彼女の診療所で使うタオルが詰め込まれている。
「それで何がダメなんですか?」
「……情けない呟きは忘れて欲しいんだけど」
「忘れませんよ」
「フローラさんって意外とずけずけ来るんだね」
ゼスが少し不満げに言う。
するとフローラはぺろっと赤い舌先を出し、悪戯っぽく応えた。
「だって自分勝手にしていいって、言っていただいたのでっ」
普段はお姉さんをしている彼女のそういう姿は、不思議と似合っていた。
しかし同時に、自分のことを気遣って空気を緩くしてくれることもわかるので、やはりお姉さんだなとも思う。
ゼスは頭をガシガシと掻きながら、正直な胸の内を明かした。
「俺ももうちょっとこの村のために動かないとなって思ってね」
「ゼスさんは十分村のために動いていると思いますよ?」
「そうかな」
「そうですよ。なんだかんだでゼスさん、村の人たちのお願いをいつも断らないじゃないですか」
「そりゃあまあ、俺に無理なお願いじゃないからね。俺だって色々と頼み事してるし」
ゼスがそう言うと、フローラはふわふわとした笑顔を浮かべる。
「ゼスさんの悩みって、ゼスさんらしいですね」
「それって褒めてるの?」
「もちろんですっ」
ほんわかとした声音で頷くフローラになんとも釈然としない。
悶々としながらも洗濯物に《洗浄》をかけていると、遠くから竜の咆哮が聞こえてきた。
「おっと、もうそんな時間か」
ゼスは《洗浄》の手を止めて村の外周近くへ向かう。
バサバサと音を立ててハクが天空から舞い降り、ゼスの前に着地した。
「お疲れ様、ハク」
「ガルゥ!」
商人を村に招くに当たって、まずは以前暮らしていたドワーフの村から案内する必要があった。
その道中の護衛を、念のためハクにお願いしていたのだ。
最初はゼスが迎えに行こうとしたが、なぜか断られた。
リーダーたる者どっしり構えておくべきであり、わざわざ出向くと足下を見られる、ということらしい。
ハクは大きな頭をゼスの腹部に擦りつける。
撫でろ撫でろと言わんばかりの態度にゼスがわしゃわしゃと頭を撫で回していると、その向こうから声が聞こえてきた。
「いやはや、まさか本当に竜が護衛についているとは。それにこの清らかな気配……ここは本当に大樹海ですかね」
深みや渋みの中に溌溂とした若さを残したような、そんな声だった。
迎えに行っていたララドに並び立つ形で現れたのは、つばの広いハットを被った壮年の男性。
キョロキョロと辺りを見渡し、感嘆の声を漏らしている。
そしてその二人の後ろに護衛のドワーフと、同じ服を着た十数人の人間が続いていた。
ハットを被った男はゼスに気づくと、慣れた所作でハットをとり、恭しく頭を下げてくる。
「お初にお目にかかります、ゼス様。この度はわたくし共をお招きいただき、心より感謝申し上げます。わたくし、シルク商会の商会長、スターロードと申します。以後お見知りおきを」
「初めまして、スターロードさん。こちらこそよろしくお願いします。……あの、どうして俺がゼスだとわかったんですか」
初対面の上、まだ名乗ってもいないゼスに対して顔を見るなり頭を下げてきたスターロード。
訝りながら訊ねると、スターロードは頭を上げてにこやかに微笑む。
「わかりますとも。わたくしのように長く商人をしておりますとね、その場の中心人物がどなたであるか感じ取れるのですよ。この場所においてそれは貴方様であり、村のリーダーたるゼス様に相違ないだろうと思った次第です」
スターロードの媚びを売るような物言いに、ゼスは内心でため息を零す。
(またそれかぁ……)
最早言われ慣れたことだが、自分の一体どこがリーダーらしいのか判然としないゼスは、周囲の評価に戸惑いを抱く。
(でもまあ、今はこうして村の代表としてここに立ってるわけだし、相応の振る舞いをしないとな)
ゼスは気を引き締め直し、スターロードに告げる。
「では、どうぞこちらへ」
◆ ◆ ◆
「んぅ……?」
大樹の上で微睡んでいたユグシルは、ふと違和感を抱いて目を開いた。
人で賑わう村の外周沿いに目をやってから、ふわりと大樹の袂に降り立つ。
ユグシルの目の前の幹がうねうねと蠢き、扉のように開かれる。
静かに大樹の中へ入ったユグシルは、その中心部に安置した神遺物『神権の王笏』を見つめた。
ゼスの手により輝きを取り戻していた王笏。
その先端に据えられた宝石の内側で、まるで鼓動するかのように光が明滅している。
「ゼスが知ったら項垂れそう」
その光景を思い浮かべながら、ユグシルは一人楽しげにくすくすと笑みを零すのだった。




