第23話 ゼスの一日と発見
エルフ族の集落での一件から一月以上が経過した。
あれからゼスやフローラたちの勧めでエルフ族も大樹の近くへと移住を始め、村の規模はさらに拡大している。
ドワーフたちの移住も済み、穏やかな日常が流れていた。
「くぁあ……」
早朝。広い家の一室で目を覚ましたゼスは、ベッドの上で伸びをしながら窓の外を見る。
枕元で丸まっていたハクがゆっくりと瞳を開け、ぱたぱたとゼスの頭の上に飛び乗った。
このベッドも窓も、そして家中に置かれた家具もほとんどがドワーフ製。
所々、中学校の工作の授業を思い出すような出来のものがあるが、それらはゼスお手製のものだ。
ベッドのすぐ傍にはエルフ族が「ぜひ使ってください」と渡してきた上等なゴザが敷かれている。
前世の畳を思い出す手触りで、これもまた気に入っていた。
「がぅ……旦那様、大胆……」
「どんな夢を見てるんだ……」
そのゴザの上にはソニアが寝転がっている。
尻尾を抱き枕のように抱えて、まるで赤子のような無防備さで眠っていた。
隣の部屋に他のベッドもあるのだが、どうやらソニアにはお気に召さなかったらしい。
「旦那様と一緒に暮らす!」と言って聞かなかったのでなし崩し的に彼女もこの家で暮らしていた。
「まあ、一人には広すぎるからいいんだけどさ」
ハクは鋭い眼光をソニアに注いでいたが、頭の上にいる彼女の様子をゼスが窺い知ることはできない。
ソニアを寝かせたまま家の外に出ると、ちょうどフローラとピーターが現れた。
彼女たちは家族四人で暮らしている。
「おはようございます、ゼスさん、ハクさん」
「おはようございます!」
「おはよう、二人とも」
「ガル!」
挨拶を交わしつつ、入れ違う形でフローラたちが家の中へと入っていく。
二人は野菜などの食材を抱えていた。
どうしてそうなったのかは判然としないが、朝になると二人が家に来て朝食を用意してくれるのが日常になっていた。
朝から美味しいご飯を食べられるので、ゼスからすれば断る理由がない。
二人に「今日もよろしく」と伝えてから、ゼスはハクを連れ添って村の中を移動する。
完成した家々が立ち並ぶ光景は中々に壮観だ。
早朝だというのに早くから動き回るドワーフやエルフたちと挨拶を交わしつつ、道中の井戸で水を汲んでから目的の畑に辿り着く。
エルフ族が持ち込んだ作物の種などが植わり、畑はさらに広くなっていた。
畑で顔なじみのエルフたちと共に畑に水をやり、帰りにもう一度井戸で水を汲んでから家につく。
扉を開けると、ふわりと良い匂いが漂ってきた。
向かって右手、キッチン部から香ってくる。
「あ、おかえりなさい、ゼスさん」
「おかえりなさい!」
キッチンに立っていたフローラたちが振り返りながら笑いかけてくる。
「ただいま。ソニアはまだ寝てるのか?」
「はい。あ、でもそろそろ……」
フローラがゼスの部屋の方を向いた時だった。
「がるぅ……ごはん、たべる」
くんくんと鼻を動かしながらボサボサの髪をそのままに、のそのそとソニアが部屋から現れる。
朝ご飯の匂いにつられて起きてくるのも、またいつものことだ。
全員が揃い、食卓を囲んで手を合わせる。
今日の献立は野菜のスープ、芋を潰して丸めたもの、そしてパンだ。
「あ~、沁みるぅ……」
スープを口に含むと野菜の甘みと旨味が口いっぱいに広がる。
パンをつけて食べてもこれまた旨い。
ゼスがもぐもぐと食べ進めていると、テーブルを囲んで向かい側に座るフローラがほっと胸を撫で下ろしていた。
「そのスープ、今日は姉さんが作ったんですよ」
「え、そうなんだ。全然気づかなかった」
【料理人】であるピーターは料理に特化したスキルをいくつか備えている。
その中の一つに、《味覚分析》というのがあり、完成した料理の味をパラメーターとして視ることができるのだ。
だから、普段はフローラは料理に手は出さず、手伝いをするに留まっていた。
ゼスは改めてスープを口に運び、フローラへ向けて笑いかける。
「すごく美味しいよ」
「よ、よかったです。あ、でも、味の確認はピーターにお願いして何度も調整したので、私が作ったと言えるかは……」
「まあ美味しいからいいじゃん。レシピ通りに作ったらレシピを作った人の料理なのかって言われたら違うでしょ?」
「っ、は、はい!」
ゼスの言葉にフローラは満面の笑顔を浮かべた。
「がるぅ、旦那様、今夜はあたしが作ってあげる」
「え? いやぁ……うぅん、ピーターにお願いしようかな」
「どうして!」
がびーんと尻尾を逆立たせるソニアに、ゼスは困り顔で言う。
「だってソニアの料理って、肉の丸焼きだろ? しかも中には火、通ってないし」
「うぅ~~~~! おい、ピーター! あたしに料理教えろっ!」
「えっ?!」
のんびりと食事していたピーターが突然の指名に悲鳴のような声を上げる。
反射的に断ろうとしたピーターだったが、ソニアにぎろりと睨み付けられて完全に萎縮していた。
「わ、わかりました……」
「がる! お前、いいやつ!」
「ピーター、かわいそうに……」
「そう思うのでしたら助けてくださいよぉ!」
ピーターの悲鳴が広い家の中で木霊する。
今日も賑やかな一日になりそうだと、ゼスは心の中で思うのだった。
◆ ◆ ◆
食事を終えたゼスは、使用した食器に《洗浄》をかける。
これだけで綺麗になるから本当に優れものだ。
以前に一度、毎食の後すべての家を訪ねて《洗浄》しようかと提案したことがあったが、ララドたちに止められてしまった。
残念ではあったが、村の規模を考えると現実的でもないので仕方がない。
その代わり、日中はゼスにもすることがあった。
ゼスの家のすぐ隣に建てられた控えめな大きさの建築物。
柱と屋根だけの、公園などによくある東屋のような小屋。
ここがゼスの職場である。
日夜を問わず洗濯物が運び込まれ、ゼスが片っ端に《洗浄》している。
エルフたちは最初、ゼスに洗濯をさせることを反対していた。
だが、実際にドワーフたちが洗濯物を持ち込み、そして楽しそうに《洗浄》するゼスの姿を見て諦めたように持ち込み始めた。
彼らが一体何を諦めたのかはわからないが、ゼスとしては洗濯物が増えて万々歳だ。
そんなゼスの下に、びしょ濡れのドワーフたちが近付いてきた。
「あれ? どうしたのみんな、そんなに濡れて」
彼らに《洗浄》をかけながら訊ねる。
ドワーフたちは疲れたように答えた。
「ゼス様。それが、新しい工房の建築予定地に水脈があったんで、掘り返したんですよ。鍛冶の冷却に使える水が手に入るってことで」
すでにこの村にも工房はあるが、各地に散らばったドワーフたちの親類があれよあれよと集まる内に手狭になり、第二工房の建設が進められていた。
そのことを思い出しつつ、ゼスは彼らの話に耳を傾ける。
「そしたら吹き出してきたのが熱湯で、踏んだり蹴ったりですぜ。鍛冶の冷却に使えねえし、鉱石が痛むしで建設を進めていた工房は放棄しようって話に」
まったくの徒労だったと愚痴り始めるドワーフたち。
そんな中、ゼスは前のめりで彼らの肩を掴んだ。
「その洞窟って、どこにある?」
「ゼ、ゼス様……?」
目をキラキラと輝かせて興奮した様子のゼスに、ドワーフたちは戸惑った。




