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追放先の呪われた森がいつの間にか聖域認定されていた。~【浄化】スキルに目覚めた俺、神竜や大精霊たちに囲まれて一国の王になる~  作者: 戸津 秋太
第一章 開拓編

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第20話 ヘドロのような汚れ

「ここは本当に、大樹海の中なのか?」


 呪いの痕跡を追っていたエルフの一団は、周囲を見回して困惑の声を漏らす。


 あまりにも空気が澄んでいた。

 呪いの気配はなく、それどころか神聖で清浄な気配が濃密に漂っている。


 まるで神の住処へ足を踏み入れているかのような、不思議な感覚に呑み込まれていた。


 そして何より。体が、心の臓が、何かに怯えていた(・・・・・)


「隊長、我々は道を間違えたのでは?」

「そんなはずがあるか」


 隊長と呼ばれた年長のエルフが、後に続くエルフの問いを一蹴する。

 しかし、彼自身も似たような疑念を抱いていた。


 大樹海らしからぬ空気に戸惑いながらも歩を進めるエルフの一団。

 そんな彼らの前方から、不意に声が響いた。


「こんにちは」


「「「――ッッ!?!?」」」


 エルフたちの視線の先には、黒髪の少年が立っていた。

 どこからともなく現れた少年は、この大樹海には不釣り合いなほどにニコニコとした脳天気な笑みを湛え、緊張感の欠片もない佇まいで歩み寄ってくる。


 だが、エルフたちを言い知れぬ威圧感が襲っていた。


(なんだ、なぜ私は今、頭を垂れようとした……?)


 無意識のうちに取りかけた行動に疑念を抱きつつ、エルフは正体不明の少年への警戒を強める。


「貴様、何者だ」

「ここの住人だよ。大丈夫、怪しいものじゃないから」


 手のひらをひらひらと振りながら、少年は近付いてくる。

 武装をしているエルフの一団に対して、丸腰で。


「それにしても君たち、随分と汚れているね」


 少年の相貌に喜色が宿り、声が弾む。

 その変化に、警戒を続けていたエルフの一団は遂に恐怖を覚えた。


「そ、それ以上近付くな!」

「へ?」


 エルフたちが武器を抜く。

 少年はきょとんとすると、「まあまあ」と幼子をあやすような態度でさらに近付いてくる。


(こ、こいつには恐怖がないのか?!)


 エルフの集落を魔物から守る精鋭の兵士である彼らは、得体の知れない相手に完全に呑み込まれていた。

 剣先が震えで揺れる中、少年は事もなげに口を開く。


「――《洗浄》」





 ◆ ◆ ◆





(なんでそんなに怯えてるんだ? 俺は綺麗にしただけなのに)


《洗浄》で綺麗になったエルフの一団を眺めながら、ゼスは首を傾げる。


(それにしてもこれだけ大人数を一気に綺麗にすると、気分がいいなぁ)


 十人ほどのエルフの一団は、全員が酷く汚れていた。

 エルフの集落を出てピーターたちの足跡を必死に辿っていたのだろうから無理もない。


 そんな彼らは今、見違えるほど綺麗になっている。


「これは、貴様が……いや、貴殿の力なのか?」


 洗浄の余韻に酔いしれていると、いつの間にか武器を仕舞ったエルフたちが訊ねてくる。

 その口調や態度からも若干敵意が薄れていた。


 綺麗になったら気分が良い作戦が成功したことに満足しつつ、ゼスは彼らの問いに答える。


「そうだよ。汚れたままだとイライラするでしょ? 話し合いをするにはまずは綺麗になってもらった方がいいかなって」

「話し合い……?」


 年長のエルフの眉がピクッと動く。


「貴殿はここの住人だと言っていたな。……では、この付近に悪魔は現れなかったか?」

「いや、見てないね」

「……そうか。まあ、遭遇したら貴殿では生き残れないだろうしな」


 勝手に納得した様子のエルフたちは、来た道を引き返そうとする。

 だが、その中の一人。やはりあの年長のエルフがピタリと立ち止まった。


「――では、我らの同胞は来ていないだろうか」


 エルフの瞳がゼスを射貫く。

 得も言われぬ不快感を抱きながら、ゼスは肩を竦めて答えた。


「殺そうとした相手を同胞と呼ぶのなら、来てはいるよ」

「っ、やはり!」


 戻りかけたエルフたちが一斉にゼスに向き直り、殺気を露わにする。


「心配しなくても、彼らは無事だよ。――ねぇ?」


 ゼスが呼ぶと、彼の背後からフローラとピーターが現れた。


「フローラ、それにピーター! ッ! ……お前、呪いが――ッ!」


 気まずげな表情を浮かべる二人の姿を確認したエルフたちに動揺が走る。

 神呪を発症した者はその存在が黒く染まり、理性を失う。


 だが、現れたピーターは神呪を発症する以前の姿だった。


 混乱するエルフたちに、ゼスは語る。


「君たちの役目については理解しているつもりだよ。神呪を発症した者が、凶悪な怪物になる前に始末する。でも見ての通り、ピーターを蝕んでいた呪いは俺が浄化した。だから君たちがピーターを追う理由なんてないんだ。――お引き取り願えるかな」


 淡々と、穏やかな口調を心がけてゼスは訴える。


「神呪を、浄化……?」

「そんなバカな、あの呪いを祓えるはずが」

「いやしかし、現にピーターは……っ」


 エルフたちに動揺が走る。

 それまで信じていた前提が崩れ去っているのだろう。


(これで納得してくれるといいけどなぁ)


 論理的に考えれば、彼らがピーターの命を狙う理由はすでに消えたのだ。


 ゼスは一度エルフたちから視線を切り、フローラたちを見る。

 緊張する彼女たちに微笑みかけると、ぎこちない笑みを返してくれた。


「一度」

「うん?」


 ぽつりと絞り出すような呟きに、ゼスはエルフの一団へ視線を戻す。

 彼らは先ほど消えたはずの敵意と殺気を宿した目で、ゼスたちを見上げていた。


「一度神呪に発症した者は、始末するのが集落の掟。ゆえに、我々がすべきことはただ一つ」


 エルフたちが再び武器を構える。

 怯えるフローラたちにゼスは今一度微笑みかけてから、冷ややかな目でエルフたちを見下ろした。


「――それ、なんのための掟なんだよ」


 思えば、ゼスがこの地に飛ばされた理由も王太子を巡る掟のせいであった。

 王太子の権利を第二王子のバウマンに渡すためだけに、ゼスは罪人に仕立て上げられた。


 そのこと自体は最早どうでもいい。


 気に触ったのは、彼らが一度綺麗にしたものを処分しようとしていることだ。


 クリーニングに出したものを、綺麗になったけど捨てる。彼らがしようとしていることは、ゼスにはそういう風に感じられた。


(っ、なんだ……?)


 エルフたちが武器を構えてにじり寄ってくる中、ゼスは彼らの内側から滲み出す淀みのようなものを視た。

 それは神呪の放つ黒い靄とも違う。ヘドロのような、纏わり付くような汚れ。


 いつかの時のように。

 ゼスを、一つの衝動が突き動かした。


「《浄化》」

「な、なんだっ?!」

「ひ、光が……何も見えないッ!!」

「隊長! これは一体――!」


 エルフたちからそれぞれ光の柱が立ち上る。

 地上から空へ差し込む天使の梯子のような光景に、フローラたちは息を呑んだ。


「ゼスさん、一体何を」

「何って……なんか汚かったから……綺麗にした?」

「でもゼスさん、皆さんのことはさっき《洗浄》していたじゃないですか」

「いやぁ、そのはずなんだけどね。神呪とも違うし、なんなんだろうね」


 ゼスの曖昧な物言いに困惑するフローラ。

 その会話の間にエルフたちを襲っていた光の柱が収まり、彼らはよろよろとその場に(ひざまず)いた。


「我々は、一体何を……」


 頭を押さえる彼らからは先ほどまでのような敵意や殺気は消え失せ、どこか憑き物が落ちたような清々しささえ感じられる。


 やがて彼らは武器を仕舞い、ゼスたちへ向けて頭を下げた。


「同胞を呪いから救ってくれた恩人に対し、大変な無礼を。どうか許して欲しい」

「え? いや、いいよいいよ。わかってくれたのなら何よりだ」


 その変わりように戸惑いながら、ゼスは心の中で疑問を抱く。


(俺、今何を綺麗にしたんだ……?)


 汚れがあって、綺麗に出来るという確信があって、そしてスキルを使った。

 その直後から、彼らの態度が一変した。


「フローラにピーター、これまですまなかった」

「い、いえ、そんな……っ」

「僕の方こそ、色々と迷惑をかけましたし」


 エルフとフローラたちが頭を下げ合う姿に、ゼスは小さく笑う。


「ま、綺麗になったのならそれでいっか」


 視界に映っていた淀みが消え去ったことに、ゼスは満足げに頷くのだった。

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