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第2話 《浄化》と急成長

「流石、呪われの森。いきなり竜のおでましかぁ……」


 竜は神話の時代にこの地上に生まれた世界最古の生物とされている。

 巨躯を軽々と浮かび上がらせる両翼に、獰猛な(あぎと)

 そこから放たれる《竜の息吹》と称される火炎。


 名実共に、自然界の頂点に君臨する最強の生物だ。


「――って、言ってる場合じゃない!」


 こうしている間も、竜は怒り狂ったような咆哮を上げながらゼスへ向けて滑空していた。

 両手両足を縛られて地面に寝転がっていたゼスは、慌てて全身をバネのようにして起き上がる。


 だが、


「ギョァアアアアッッ!!」


 頭上の枝葉をバキバキと食いちぎるようにして森の中へ突進してきた竜は、ゼスの眼前に降り立つと、巨大な両翼を羽ばたかせる。

 ただそれだけでこの場に竜巻のような風圧が巻き起こり、周囲の木々がざわめく。


 そして、地上で立ち尽くすゼスに向けて、竜はその口をガバリと開いた。

 周囲の空気がピリピリとひりつき、奈落のような深い闇を孕んだ竜の喉奥にエネルギーが収束していく。


 周囲一帯を焼き払う、《竜の息吹》。

 矮小な人間に放つにはあまりにも過剰すぎる暴力の予兆を前に、ゼスはふと思った。



(……あ、竜の牙って結構汚いんだな)



 口の内側に生えそろった無数の鋭い牙は黄ばんでいて、薄汚れている。

 気になる。そんなことを気にしている場合じゃないことぐらいわかっていても、気になるものは気になる。


(というか、【洗浄屋】の俺が竜から逃げる方法なんてないんだし、どうせ食べられるなら綺麗にした方が得だよな)


 半ば現実逃避気味な思考と共に、ゼスは竜の口内へ向けてスキルを行使する。


「――《洗浄》」

「ギョァッ?!」


 スキル対象として指定したすべての牙が、泡のような光に包まれる。

 その瞬間、喉奥で収束していた《竜の息吹》が霧散し、あれだけ荒れ狂っていた竜が困惑の叫びを上げた。


 中空で身悶える竜の意思に構うことなく、《洗浄》の光が収まる。

 現れたのはホワイトニング業界が真っ青になるほどに磨き上げられた純白の牙だった。


「おぉ……やっぱり《洗浄》ってすごいなぁ」


 身震いするほどの感動を胸中に抱いていると、竜はゼスから逃げるように飛び立った。

 先ほどなぎ倒した枝葉の合間から空へと浮かび上がる。


 てっきり食べられると思っていたゼスは、拍子抜けするような気持ちで竜の背中を眺めながら思った。


「なんだかあの竜、黒い(もや)みたいな汚れがついてるような……」


 漆黒の体躯に思えた竜。しかし改めてその巨躯を見てみると、上から汚れを塗りたくられたような印象を受ける。

 そう、まるでバウマンの儀式用の礼服にぶちまけられたインクのように。


「綺麗にできないかな」


 汚れのように見える漆黒の靄。

 でもそれは、《洗浄》では落とせないという感覚があった。

 それでも汚れを前にして、無視することはできない。


 自身に湧き上がる衝動の赴くままに、ぽつりと呟いた時だった。

 ゼスの脳裏に、新たなスキルが閃いた。


(……《浄化(・・)》?)


 スキルの情報、効果、使用制限、それらがまるで呼吸をするかのようにすんなりと脳内に流れ込んでくる。

 この感覚をゼスは知っている。

 神から授かるとされる異能(スキル)。それに目覚めた時の感覚だ。


 かつて《洗浄》を授かったときと同じように、新たなスキルの使い方を理解したゼスは、天空に舞う竜を見据えて呟いた。


「――《浄化》」


 途端。ゼスを尋常ではない脱力感が襲い、同時に空に神々しいまでの光が溢れ出す。

 その光の発生源はあの竜だった。


《洗浄》の光とも違う。すべてを洗い流すような、清浄な光の奔流。

 そのただ中で、竜が苦悶に満ちた咆哮を轟かせていた。


 昼の月と見紛うほどの輝きは、やがてゆっくりと収束していく。


 その光の中から現れたのは、陽の光を反射してキラキラと輝く純白(・・)の体躯と両翼を伸びやかに羽ばたかせた白竜の姿だった。


「……綺麗だ」


 白竜を見上げながら、ゼスはゆっくりと地面に倒れ込む。

 膨大な精神力を消費するスキルだったのだろう。

 精神的な疲労がのしかかってきた。


 だが、それとは別に途方もない達成感が胸中を占めていた。


 そんなゼスの下へ、竜がまたしても滑空してくる。

 その光景を前世の死の間際の記憶と重ねながら、ゼスは意識を手放した。





 ◆ ◆ ◆





「ガルゥ……」


 顔の近くを生暖かい空気にくすぐられるような感覚と共に、ゼスの意識が浮上してくる。

 ゆっくりと目を開けると、眼前にあの竜の顔が現れた。


「おわぁっ?!」


 びっくりして飛び起きたゼスは、自分の手足の拘束が解かれていることに気がつく。

 すぐそばの地面には拘束に使われていた縄が落ちていた。


「もしかして、君が外してくれたのか?」


 地面に平伏している白竜に向けて訊ねると、「ガルゥ」と優しい鳴き声を上げた。

 てっきり食べられるものだと思っていたゼスは、竜の変わりように戸惑いながらも礼を言う。


「なんにしても助かったよ。これでようやくまともに歩き回れる」

「ガルゥ」


 お礼もそこそこにして、ゼスは辺りを見回す。

 どれだけの時間が経ったのか。

 青かった空はすっかり茜色に染まっていた。


(ここに飛ばされて早々にいろんなことが起きたせいで忘れそうになるけど、俺はこれからこの呪われた森で生きていかないといけないんだよな)


 あまりにも絶望的な現状を改めて振り返ったゼスは、白竜へ別れを告げて歩き出す。

 ひとまず、完全に暗くなる前に火と寝床を確保しなければ。


「あっちに行ってみるか」


 ドスンドスン。

 ゼスが歩き始めると、それに呼応して地鳴りのような足音が鳴り響く。

 すぐ後ろを見ると、先ほどの白竜が後を追うように歩き始めていた。


 視線を前に戻し、また歩を進める。


 ドスンドスン。


 振り返る。白竜が後ろにいる。


 ドスンドスン。


 振り返る。まだいた。


「えぇと……もしかして、俺についてくるのか?」


 ゼスが訊ねると、白竜は「ガルル」と楽しげな鳴き声を上げた。

 気のせいだろうか。宝石のような黄金の瞳が人懐っこい光を宿していた。


「……まあいいか」


 何を考えているのかわからないが、ついてきてくれるというのならこれほど頼もしい存在もいない。

 ゼスはそう割り切ると、白竜と共にこのサバイバル生活を進めることを決めた。


「ってそうだ、久しぶりにステータスを見よう」


 この世界では、神々から授かった職業やスキルを活かした生き方をすることでレベルが上がり、それに付随して各種ステータスも伸びていく。


 ゼスの場合は王太子として満足にスキルを使えなかったので、レベルは同年代と比べると低い3レベル、ステータスも最底辺のFが基本だった。

 そのため、王城にいる間は自身のステータスを確認することは少なかった。


 だが、先ほど新しいスキルに目覚めたことを思い出し、ゼスは心の中で「ステータス」と念じる。

 その呼びかけに呼応して、ゼスの眼前に文字が浮かび上がった。



――――――――――――


名前:ゼス

種族:人族

職業:【洗浄屋】

レベル:18

筋力:E

防御力:E

敏捷性:E

精神力:A

持久力:E


スキル

《洗浄》《浄化》


――――――――――――



「……へ?」


 表示されたステータスを前に、ゼスは困惑の声を漏らす。

 そんなゼスの隣で、白竜が不思議そうに「ガル?」と首を傾げた。

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