第19話 最初の家と秘策
「おぉー、遂に完成したんだ!」
ララドたちドワーフに呼び出されたゼスは、大樹のすぐ傍に建てられた木造の平屋を前にして歓喜の声を上げる。
正倉院のような見た目の建物は、辺りに建設中の建物と比べても一際大きい。
「こちらから中に入れますぞ」
ララドの案内で外付けの階段を上がり、中に入る。
中も広々としていて、いくつも部屋がある。
造り自体はドワーフの村にあるララドの家と似たところがあるが、遙かに立派だ。
「建ててるところは結構見ていたけど、こうして完成すると本当に壮観だなぁ。よくこんなものを建てられるよ」
「気に入っていただけたのなら何よりですぞ。何しろここはゼス殿の家になりますからな」
「え?」
突然のカミングアウトに家を見回していたゼスはララドを向いた。
彼はニコニコとしている。
「いやいや、俺は建設には携わっていないんだし、ドワーフのみんなの家が先でしょ」
「そんなことねえですよ! この村のリーダーの家を最初に造るべきですぜ!」
「おうっ! ゼス様の家だから、俺たち気合い入れたんですよ!」
ゼスの言葉に周囲のドワーフたちが口々に叫ぶ。
みんな一様に職人の顔をしていた。
自分たちが造ったものに自信を持ち、それをゼスに喜んでもらうことを待ち望んでいる様子だ。
「と、いうことじゃ。どうですかな、ゼス殿。我らの気持ち、受け取ってくれますかな」
「そういう言い方をすれば断れないってわかって言ってるでしょ」
ゼスはジト目でララドたちを見る。
彼らは悪びれるでもなく、悪戯が成功した子どものような顔をしていた。
「……じゃあありがたく住ませてもらうよ。あ、でも、みんなの家ができあがるまでは一緒に中で寝てもらうからね」
「せっかくの新居にわしらが入ったら汚れ――」
「俺がいるでしょ」
ララドの懸念の言葉をゼスが遮る。
すると彼は目を見張り、愉快そうに笑った。
「そうでしたな、わしらにはゼス殿がおる」
ララドの言葉に、周囲のドワーフたちも吹き出した。
◆ ◆ ◆
「――いっつ」
今日も今日とて農作業をしているゼスだったが、突然手の平に痛みが走った。
見ると、指の付け根辺りに出来ていたマメが潰れている。
「旦那様、大丈夫? ペロペロしようか?」
ゼスの声に近くを走り回っていたソニアが顔を上げた。
「いやいや、ペロペロしたら染みるから! それに汚いし。ちょっとフローラさんのところに行ってくるよ」
「がる、旦那様、あたし以外の女のところにいく?」
「なにその浮気を追求する妻みたいな言い方!」
ソニアをなんとか宥めつつ、フローラの野外診療所がある場所へ顔を出す。
「あ、ゼスさん。どこか怪我されたんですか?」
ゼスに気づいたフローラが気遣わしげに駆け寄ってくる。
「怪我っていうほどじゃないんだけどね。マメが潰れちゃって」
「わぁ、痛そう……。少し触りますね。――《治癒》」
暖かい光が手を包み込む。
じんじんと指の付け根を襲っていた痛みがすっと引いていく。
光が収まると、傷は完全に塞がっていた。
「何度見てもすごいね、フローラさんの《治癒》は」
「いえ、そんな……ゼスさんほどではないですよ。私のスキルではピーターを助けられませんでしたから」
ほろ苦い思い出を語るように、フローラが呟く。
意図せず生まれた重い空気に、ゼスは頬をかいた。
「そんな卑下するようなことじゃないと思うよ。フローラさんのおかげでピーターもここまで無事に来れたんだ。今が楽しいならそれでいいじゃない」
「――っ、そう、ですね。ごめんなさい、変なことを言っちゃって」
「まあ誰だって落ち込んだり元気のない時はあるからね。気にしない気にしない」
飄々とした態度で言ってのけるゼスに、フローラはくすりと笑った。
「ゼスさんはそういう時はなさそうですね」
「みんながいるからね。一人だったら落ち込んでばかりだったかも」
答えながら、ゼスは廃嫡された日のことを思い返す。
(実際、この森に飛ばされたばかりの時はそれなりに落ち込んでいた……ような気がする。……落ち込んでた、よね?)
思い返せば思い返すほど、特段落ち込んでいた記憶が蘇ってこない。
くすくすと笑うフローラの笑顔になんだかいたたまれない気持ちになった。
「ゼス。外からこっちに人が向かってる」
「人?」
どこからともなく現れたユグシルが、警戒するような声で知らせてきた。
「数は十人ほど。フローラと同じ雰囲気がする……たぶん、エルフ族」
「――っ」
ユグシルの報告に、フローラが身を固くした。
何かに怯えるみたいに瞳が揺れ、口元が引き結ばれる。
「エルフ族っていうと」
「恐らく、私とピーターを追ってきたのだと思います。……ピーターの処分は、集落の決定事項でしたから」
「それは穏やかじゃないなぁ」
フローラたちがゼスと共にこの大樹の袂で暮らすことになったそもそものきっかけは、故郷を追われて帰る場所がなかったからだった。
「それにしてもよくここがわかったね。フローラさんたちは外に出ていないでしょ?」
「ソニアが暴れ回った跡を辿ってきたのだと思う。彼女も神呪に冒されていたから」
「あぁ、なるほどね……」
そこまで思い至らなかったと、ゼスは額を押さえる。
すると、フローラがユグシルへ訊ねた。
「あのっ、その方たちはどちらにいらっしゃいますか」
「待った。それを聞いてどうするつもり?」
意を決したような表情に嫌な予感を覚えたゼスは、ユグシルが答えるよりも先に問い詰める。
フローラは追求の眼差しから逃れるように、気まずげに顔を伏せる。
「それは、ご迷惑をおかけする前に」
「ここを離れるつもり?」
「――っ」
図星だったらしい。
言葉を詰まらせたフローラに、ゼスは嘆息した。
「意外に思われるだろうけど、俺は結構自分勝手なんだ」
「……意外ではないと思う」
「ユグシルうるさい」
茶々を入れてくるユグシルを睨みつつ、ゼスは続ける。
「だけどまあその分、周りの人にも自分勝手に動いて欲しいんだよね。俺のために我慢なんかされたら自分勝手できなくなるでしょ」
ゼスの言葉に、フローラはおずおずと顔を上げる。
彼女の桃色の瞳がゼスを捉えた。
「それで、フローラさんたちはここを出て行きたいの?」
ゼスが訊ねると、フローラは「いいえ」と首を横に振る。
「ここにいたいです。ピーターだって、きっとそうです」
「なら、出て行く必要なんてないよ。俺も二人がいなくなると寂しいし」
「ゼスさん……」
ゼスは痛みが消えた手を重ね、頭の上で伸びをする。
「まあまあ、なんとかなるって。ピーターの神呪は治ったんだから話せばわかってもらえるよ。それに秘策もある」
「秘策、ですか?」
期待を孕んだ声で、フローラが訊く。
ゼスはにんまりと笑った。
「綺麗になったら気分はよくなるでしょ? つまりそういうこと」
「……すごく不安」
にこやかなゼスに反して、ユグシルが突っ込む。
だが、フローラはぐっと胸の前で拳を握り、ゼスを真っ直ぐに見つめた。
「ゼスさん、よろしくお願いしますっ」
「うん、任せて」




