第18話 村に受け入れてもらうために
「だ、旦那様、あたしこういうの苦手ー」
「文句を言わない!」
「だって、まどろっこしいんだもん」
翌朝。ソニアは昨日破壊した畑跡に連れ出され、シャベルを握っていた。
ふかふかに整えられた畑は踏み荒らされ、所々クレーターのような陥没が生まれている。
朝早くからゼスに言われてその畑の復旧作業にとりかかっていた。
ぶつぶつと文句を言うソニアに、ゼスは厳しく言う。
「この村で暮らすなら、自分が壊したものはちゃんと自分で直さないと」
「あたしじゃなくてモヤモヤのせい!」
「わかってるよ。だから俺も手伝ってる」
ゼスもまたドワーフからシャベルを借りて地面の陥没を均していく。
(かわいそうではあるけど、ドワーフのみんなに受け入れてもらうためには必要なことだ)
昨日の一件でソニアに対してドワーフたちは及び腰だ。
だが、自分から復旧作業を行えば、その感情も薄れるだろう。
(大所帯になったからな。変な軋轢が生まれないようにしないと)
そんなことを考えつつ、ゼスも手を進める。
ソニアはそんなゼスを見て目を輝かせた。
「旦那様、優しい! 好き!」
「それはわかったから、手を動かそうね」
「うん!」
ゼスが手を貸してくれていることもあって、あれだけ不満げだったソニアも素直に作業に取りかかる。
その光景を見ていたドワーフたちは、信じられないといった表情で口々に呟く。
「すげぇ、あのじゃじゃ馬を手懐けてる」
「流石ゼス様だぜ」
「昨日は怖かったけど、意外と良い子じゃねえか」
「ていうか旦那様って……?」
混乱と困惑の声が上がる中、ゼスたちの下へフローラが近付いてきた。
「まだ怪我人の方もいらっしゃらないので、私も手伝います」
普段は《治癒》スキルを活かすため、開拓や鍛冶、建設作業などで怪我をした者の手当にあたっているフローラも、シャベルを手にする。
細い腕で「ふんぬぅ」と地面を掘り起こす姿を心配していると、ソニアが吠えた。
「旦那様に良いところ見せようとしても無駄! あたしの方が強くて偉い! がるるるるぅ!!」
先ほどよりもさらに機敏な動きで作業を行うソニアに、フローラはあたふたとしている。
そして、その様を眺めていたドワーフたちも「よっし、俺らもやるかぁ」「開墾は俺らドワーフの専売特許よ!」と腕まくりをして押し寄せてきた。
ドワーフたちの中に混ざって作業するソニア。
懸念していたような蟠りはすっかりなくなっていた。
「ゼスはやっぱり向いてる」
どこからともなく現れたユグシルが楽しげに言う。
「向いてるってなにに。農家さん?」
「ふふっ」
ゼスの問いに、ユグシルは答えることなく小さく笑った。
期せずして大人数での作業となり、畑の復旧作業はあっという間に終わった。
ようやく道具を手放すことができたソニアは、楽しげに畑の周囲を駆け回っている。
そんなソニアをゼスは呼び止めた。
「ソニア、ちょっとこっちに」
「! うんっ!」
ぶんぶんと尻尾を振って、ききぃという擬音を発する勢いでゼスの前に止まる。
作業と遊びで泥だらけのソニアに向けて、ゼスは手をかざした。
「《洗浄》」
ソニアの全身が泡の光に包まれる。
土で汚れた服や顔、砂がこびりついてごわごわになっていた長い髪や尻尾、そして狼耳が綺麗になっていく。
ソニアはぶるぶると身震いすると、くんくんと自分の体を嗅ぎ始めた。
「がう? におい、いつもと違う」
「綺麗にしたからな。……おぉ、尻尾もふわふわになってる」
ぴょこぴょこと動く狼の尻尾。
昨日現れた時は野性味溢れる感じだったが、《洗浄》後の尻尾はもふりがいのありそうな毛並みに仕上がっている。
昨夜もソニアが寝ているときにこっそりと《洗浄》をかけておいたが、暗かったために毛並みまでは確認できなかった。
日の光の下で改めて見る仕上がりに、ゼスは満足げに頷く。
「旦那様があたしを綺麗にした?」
「そうだよ。今日からは毎日綺麗にしてあげるから思う存分汚れてくれ!」
「がる! じゃあお礼にあたしも旦那様、綺麗にしてあげる!」
「うわぉ?!」
ソニアは嬉しそうに跳び上がると、ゼスにがっしりと抱きついてぺろぺろとゼスの髪を舐め始めた。
「ソニア、俺は自分にも《洗浄》をかけられるから大丈夫だって」
「安心して! あたしは毛繕い、群れの中でも上手かった!」
「そういうことを言いたいんじゃないんだけどなぁ……」
引き剥がそうと思えば引き剥がせるが、お礼のつもりでやってくれているのにそれは申し訳ないという葛藤がゼスを襲う。
と、そこに、
「ガルルルッ!」
空からハクが舞い降りてきた。
強靱な顎には巨大な野生動物が咥えられている。
いつもよりも乱暴な着地。翼の風圧で周囲の空気がざわつく。
「ガルル!」
ハクはゼスの眼前に獲ってきた獲物を差し出し、得意げに唸った。
「……お前、あたしに張り合ってる?」
毛繕いを中断したソニアは、ゼスに抱きついたままハクを睨み付ける。
そんな彼女を、ハクは静かに黄金の瞳で見据えた。
「! ふんっ、あたしの方がお前よりも大きい獲物、獲ってこれる!」
「あ、おい、……いっちゃった」
ゼスから離れたソニアは、そのままの勢いで村の外へ駆けだしていった。
その背中はあっという間に木々の中に紛れていく。
ソニアを見届けたハクは小さくなると、ゼスの頭の上へ飛び乗った。
「いてっ、ちょ、ハク、痛いって」
「ガルゥ」
つんつんと髪の毛を啄まれて、ゼスは悲鳴を上げた。
その後――。
「見て見て! あいつよりでっかい獲物、獲ってきた!」
ソニアは大きな猪のような動物を抱えて戻ってきた。
勝ち誇った笑顔で胸を張るソニアだが、その獲物を置いた場所が悪かった。
昼前に復旧した畑。その上に、猪が横たわり、整えられた畑が見るも無惨な姿になっている。
ゼスはそのことに目を瞑りながら、ソニアに《洗浄》をかける。
「ソニアのおかげで今日のご飯は豪勢になりそうだな」
「ふふん、ソニアの方が役に立つ!」
◆ ◆ ◆
大樹から少し離れた川辺に、エルフの集団がいた。
彼らは嵐が過ぎ去ったかのようになぎ倒された周辺の草木と、辺りに漂う呪いの気配に表情を引き締める。
「これは、ピーターが完全に目覚めてしまったようだ」
年長のエルフの言葉に、他のエルフたちも頷く。
「ちっ、間に合わなかったか」
「まったく、面倒なことになった。それもこれもフローラのせいだ」
口々に恨み言を言いながら、彼らは呪いの痕を辿る。
「これ以上この地に災厄をもたらさぬよう、悪魔は始末しなければ」
エルフの精鋭たちは、それぞれの武器に手をかけながらさらに歩みを始めた。




