第13話 ドワーフの過去と決断
日が沈み、大樹海の多くが闇に包まれてもドワーフの村は賑やかだ。
村の中央の広場では大きなキャンプファイヤーが組まれ、煌々と村一帯を照らしている。
そのキャンプファイヤーの周囲では酒を片手に踊る者もいれば、夕食を作る者、火を眺めて祈る者など、ドワーフたちはそれぞれの時間を過ごしていた。
だが、この村で暮らす百数余名のドワーフたちは、誰もが家を出てこの広場に集まっている。
闇に呑まれないように、あるいは隣人の無事を確かめるために、晴れた夜はこうして集まるのが村の慣習だとララドは語っていた。
「にぃちゃん、これすっげぇうめぇ!」
「もっと、もっと食べる!」
「わかったから、並んで並んで」
遠くでピーターが子どもたちに囲まれてあたふたとしている。
彼の料理はドワーフたちにも人気のようだ。
「ああ、ありがたやありがたや……」
その光景を微笑ましく眺めていたゼスは、自分のことを遠目から拝むドワーフたちの存在に気づき、手元に視線を落としながら小さくため息を零す。
ゼスの手元にはあの王笏があった。
「どうしてこんなことに……」
村長であるララドの家で王笏を手にして元の姿を取り戻した後、ゼスは王笏を元の場所に戻そうとした。
しかし、ララドに「おぬしが持つといい」と渡されたのだった。
村の権力者の象徴を受け取るわけにもいかず、何度も断ったゼスだったが、結局根負けして今に至る。
歴史の教科書にでも載っていそうな古ぼけた外観はどこへやら。
今の王笏の柄は不思議な光沢を放ち、上部に据えられた宝石類はゼスが王城で目にしたどのようなものよりもきらびやかで、威厳と風格で満ちている。
王が頭に戴く王冠。それを上回る輝きを伴っていた。
そんな王笏を、村のドワーフたちはしきりに拝んでいるのだった。
「本当にゼスさんは何もしていないんですよね?」
隣に座っていたフローラがゼスの呟きに反応する。
「してないよ。俺は手に取っただけだし、なんでこんなことになったのか俺にもわからない」
王笏を持ち上げて《精霊の眼》で視てみるが、不思議なことに何の情報も浮かび上がってこない。
どうしたものかと思い悩んでいるところへ、ララドが現れた。
「夜の村はどうですかな」
「賑わってて楽しいですよ。……これがなければ」
そう言ってゼスは王笏を掲げる。
ララドは小さく笑うと、二人の隣へ腰を下ろした。
「ゼス殿はこのドワーフの村についてどのような認識を持っておられますかな」
王笏を手に取って以来、少しかしこまった口調になったララドの問いに、ゼスは王城で学んだことを思い出す。
「鉱脈と鍛冶を愛するあなたたちドワーフが、資源の潤沢なこの大樹海に自然に定住していった、としか」
ゼスの言葉にララドは小さく頷く。
「確かにそのように信じられておりますな」
「違うんですか?」
「……かつて、ドワーフは奴隷として扱われておったのです。ここは何しろ魔物が巣くう危険地帯ですからな、好き好んで足を踏み入れたがる者はおらんかった。そんな中でドワーフは、質のよい武具を生み出す道具としてこの大樹海に送り込まれたのです」
「そんな過去が……」
初めて知るドワーフの歴史にゼスは目を見張る。
「そしてその王笏は、奴隷として使い捨てにされる境遇に憤り、同族を束ねて立ち上がった当時の指導者が神より授かった神遺物。彼は人の支配を断ち切り、我ら一族に繁栄をもたらしたのです。以来、わしらはこの大樹海で同族による同族のための暮らしを行っておるのです」
「……だったら、こんな部外者に軽々しく渡していいものじゃないでしょう」
神遺物、としての価値だけではない。
この大樹海で暮らすドワーフにとって何よりも意味のある代物だ。
(道理で村の年長者の人たちがあれだけ拝み倒すわけだよ)
心の中で納得しつつ、ゼスは王笏をララドへ差し出す。
しかし、ララドは首を左右に振った。
「ゼス殿。神遺物というのは意志を持つ。長い眠りについていた王笏が再び輝きを取り戻したということは、おぬしを選んだということ」
「俺を選ぶ?」
「……では、少し失礼を」
そう言ってララドが王笏に手を伸ばす。
ゼスは手渡すつもりで彼の手の上に王笏を載せ――王笏は、その手をすり抜けるようにして地面に落ちた。
「あれ?」
目の錯覚だろうか。
ゼスは不思議に思いつつ王笏を拾うと、またララドの手に載せた。
しかし結果は同じ。
ララドの手が存在しないかのように、王笏は地面へ落下した。
ララドはこのことをわかっていたとばかりに満足げに頷く。
「やはりゼス殿、おぬしはこの王笏に選ばれたのじゃ。その証拠にゼス殿以外は触れることすらできん」
「いやいや選ばれたって言われても……」
戸惑いつつ、ゼスは今度はフローラの手の上に載せる。
しかしこれも結果は変わらなかった。
「わしらドワーフは持ち主のために道具を作る。そのわしらが、相応しい持ち主から道具を取り上げることは矜持に反するのじゃ」
「そう言われても、この神遺物がないと村の皆さんが困るのでは? そんな大事なものを受け取れませんよ」
ララドはこの神遺物には魔物を退け、繁栄をもたらす力があると言っていた。
それが本当かどうかは定かではないが、まだ魔物の襲撃による被害が残るこの村から持ち出す気は起きない。
そしてそのことをララド自身もわかっていたのか、ゼスの問いに押し黙る。
沈黙のまま、ゼスは再びぼんやりとピーターを眺める。
料理をたくさんの人に食べてもらえて嬉しそうに笑っていた。
「あのぅ……」
不意に、フローラの下に数人のドワーフが集まってきた。
昼間の魔物の戦闘で怪我を負い、フローラの《治癒》で癒やしてもらった若者たちだ。
彼らは改めてフローラへ感謝を言いに来ていた。
照れ笑いを浮かべつつ、フローラも嬉しそうにしている。
この村で楽しげに過ごす二人を眺めているうちに、ゼスはふと思った。
「……そうだ」
「ゼス殿?」
突然立ち上がったゼスを、ララドは不思議そうに見上げる。
そんな彼にゼスは告げた。
「ララドさん。俺たちの村に来ませんか」
◆ ◆ ◆
ゼスたちが拠点を構える大樹の近辺は、ユグシルの《精霊の加護》により魔物が寄りつかない。
この大樹海の中にありながら、外と変わらない、ともすれば外よりも安全な場所だ。
そこに移住すれば、魔物の襲撃に悩む必要がなくなる。
ララドはゼスの提案を持ち帰り、村中の意見を聞いた上でその提案を受け入れた。
かくして、数日後。
ゼスたちは移住の準備を進めるため、一部のドワーフたちを引き連れ、大樹の下へ戻った。
「また、随分と賑やかになった」
大樹の上からユグシルが舞い降りてくる。
彼女のことを事前に話していたからか、ドワーフたちは一斉にユグシルへ向けて傅いた。
フローラの時もそうだったが、大精霊というのは相当にすごい存在らしい。
ゼスはそのことを改めて感じつつ、ユグシルへ声をかける。
「色々あって彼らもここで暮らすことになったんだ」
「大精霊様、何卒よろしくお願いいたしまする」
ドワーフたちを代表してララドが一歩前へ出る。
「ふふん、任せて欲しい。私の力で守ってあげる」
ユグシルの得意げな言葉に喝采が湧き上がる。
「よし、お前たち! 資材集めに井戸掘り、家造りに工房の用意まで、やることは山積みじゃぞ! 諸々の判断はゼス殿に指示を仰ぐんじゃ! よいな!」
「応ッ!!」
「いや、なんで俺。そこはララドさんでいいんじゃ」
唐突に矛先を向けられてゼスは思わず突っ込む。
だが、この場にいるドワーフたちの目は爛々とした輝きと共にゼスに向いていた。
「なんで、と申されても。ゼス殿が我らドワーフのリーダーですからな。当然のことでしょう。では、わしらはこの辺りの地形を確認して参る!」
「え、あ、ちょ……っ、俺たち、ただ寄り合ってるだけの仲間だって、ば……」
以前にフローラたちに語ったことをララドたちにも訴えるが、腕まくりをしながら散策に出かけた彼らの耳には届いていない。
がっくしと項垂れるゼスに、フローラが笑いかける。
「ゼスさん、諦めてください。ここの実質的な長はゼスさんなんですから」
「いや俺そんなつもりないってば」
「ゼスさんがリーダー、良いと思います!」
「ピーターまで……」
謎に乗り気な二人に辟易とするゼスの隣へ、ユグシルが舞い降りてくる。
「なんだ、てっきりゼスは王様になりたいのかと思った」
「そんなわけないだろ。俺はのんびりと暮らして、その中で《洗浄》を思う存分使えたらそれで十分なんだから」
ゼスの宣言に、ユグシルは彼の手元を覗き込んで不思議そうに首を傾げた。
「でも、ゼスが手にしてるのって『神権の王笏』でしょ?」
「……ん?」
聞き逃してはいけない単語が飛び出た気がして、ゼスが眉を寄せたそのときだった。
「ゼ、ゼス様!! りゅ、竜がぁ!!」
散策に出ていたドワーフたちが叫びながら戻ってくる。
その言葉に、ゼスはハクの紹介がまだだったことを思いだして、慌てて彼らの下へ駆けつけるのだった。




