第10話 寄り合う仲間
噛み締めるたびに口内でほろほろにほぐれていく肉の繊維と、豊かな脂身の甘み。
一緒に煮込まれた根菜はトロットロで、肉の旨味と合わさってこれ以上ないハーモニーを奏でていた。
「お、美味しい……ッ!」
ゼスは肉と根菜のスープを頬張ってしばらく吟味するように咀嚼する。
そして料理漫画の審査員のようにカッと目を見開いて絶賛の声を上げた。
「あ、ありがとうございます。嬉しいです……っ」
この料理を作ったピーターが嬉しそうに照れ笑いを浮かべた。
ピーターの職業は【料理人】。
彼の所持スキルは料理に関連するもので、肉の解体などもその一つだった。
おかげでハクが獲ってきた大型の獲物を食べやすいように調理できる。
元々料理が好きだったらしく、彼の荷物にはいくつかの料理道具が入っていたのも幸いした。
神呪による狂気に苦しみながらも姉とそして自身の道具は手放さなかったらしい。
「僕、村ではみんなに料理を振る舞っていたんです。でも呪いが発症してからはナイフも握れなくて。でも、ゼスさんのおかげでまたこうしてご飯を作ることができて、すっごく嬉しいです」
「俺もこれからピーターの美味しいご飯が食べられると思うと嬉しいよ。ハクも喜んでいるし」
「ガルゥ!」
自分の獲ってきた獲物を食べてくれてハクもご満悦のようだ。
嬉しそうに唸るハクに、ピーターは「あはは」と苦笑する。
「一日経ってもまだ慣れませんね。……竜と一緒に暮らすことに」
「すぐに慣れるよ」
「だといいんですけど……」
事もなげに言ってのけるゼスに、ピーターは苦笑するばかりだった。
本格的な村作りに取りかかることにしたゼスは、まずは開発に必要な道具の調達を始めた。
本やテレビなんかで聞きかじった知識を下に、手頃な木の枝に川辺で拾った石を蔓のような植物でくくりつける。
その際、先端が尖るように石を地面に投げつけるが、
「いっつ」
割れた石の破片を拾う際、鋭利な切断面がゼスの指に刺さり、ぷつりと赤い血が滲み出した。
「ゼスさん、大丈夫ですか?!」
周囲で木の棒を拾っていたフローラが慌てて駆け寄ってくる。
ピーターはゼスと同い年。そして彼の姉であるフローラはゼスの二つ上ということもあり、呼び捨てでかまわないといったが、結局はピーターと同じさん付けで収まった。
様付けよりはいいだろうと、ゼスが妥協しての結果である。
「ちょっと切っただけだよ、大丈夫大丈夫」
ちゅーちゅーと指を吸いながら応えるゼスだったが、駆けつけたフローラが手をとり、スキルを使う。
「《治癒》」
ゼスの《洗浄》の光とも違う、凪いだ水面のような光が傷口を包み込む。
暖かい感覚を覚えているうちに、気がつくとゼスの傷は綺麗さっぱり塞がっていた。
「ありがとう、フローラさん」
「どういたしまして。これからも怪我をしたらすぐに言ってくださいね」
フローラの職業は【聖女】。
そんな彼女のスキルは《治癒》を含むいくつかの魔法系スキルだ。
彼女はこの《治癒》スキルで寝る間も惜しんでピーターの看病にあたっていた。
数年間スキルを使い続けていたのだからレベルもかなり上昇していそうなものだが、ユグシルの影響力の話を踏まえるとそういうわけでもないだろう。
「ん? フローラさん、それは?」
フローラの手に収集を頼んでいない木の根があることに気づき、ゼスは興味本位で訊ねた。
「これはエルフの村で歯を磨くときに使っていた植物なんです。この部分を噛むと、根が繊維状にほつれて歯を磨けるんです。日の出ているうちに集めておこうと思いまして」
「へぇ~、生活の知恵って感じだねぇ」
受け取った木の根をまじまじと眺め、感心したように呟くゼス。
「ゼスさんは普段どういう風に歯磨きをされているんですか?」
「この森に来てからはずっと《洗浄》をかけてるかな。こうやってね」
そう言いながら、ゼスは口をい~っと開いて《洗浄》を行使する。
歯磨き粉のような光が歯を包み込み、白い歯が現れる。
「便利ですね。ゼスさんのおかげで私たちの服も綺麗ですし……」
言いながら、フローラは自分の服をまじまじと見つめる。
沼地で泥だらけになったはずの彼女のワンピースのような衣装は、しかし新品同様の純白を保っていた。
そんな彼女の反応に、ゼスはふと思いつく。
「あ、そうだ。治療のお礼ってわけじゃないけど、毎日俺がフローラさんたちの歯に《洗浄》をかけてあげるよ」
「っ、だ、大丈夫です!」
「いやいや、遠慮しなくていいって。ほら、い~ってして」
口を横に開きながら、ゼスはにこやかにフローラへ迫る。
するとフローラはその顔を真っ赤に染めて叫んだ。
「ほ、ほんとに大丈夫ですから!」
「あれ……?」
そのまま大樹の方へと逃げるように去って行ったフローラの背中を見届けて、ぽつんと取り残されたゼスは首を傾げる。
「今のはゼスが悪い」
事態を少し上空から見ていたユグシルがツンとした表情で言う。
「まぁまだ知り合って間もないから遠慮してるんだろうね。フローラさん、義理堅い人だし」
「そういう意味じゃない……」
呆れるユグシルをよそに、ゼスは小さくなっていたハクの歯に向けて「きれいきれい~」と《洗浄》を使うのだった。
◆ ◆ ◆
「ドワーフの村?」
その日の夜。
ピーターの作った夕食に舌鼓を打っていると、フローラが耳寄りの情報を教えてくれた。
「はい。ここから少し距離はありますが、そこでなら開墾や開拓に必要な道具を調達できると思います」
今日一日かけて制作した道具は、とても村作りに耐えられる仕上がりではなかった。
「俺のDA○H村計画が……」と落ち込むゼスに、フローラが提案する。
「ドワーフっていうと、鍛冶や鉱業を生業にする種族だっけ」
「そうです。この大樹海は資源が潤沢ですから、鉱脈好きのドワーフの村は各地に点在しているんです。私たちエルフの村も交易をしていましたから」
「へぇ……なんだか思っていた感じじゃないなぁ」
大樹海と言えば魔物が巣くう危険地帯。
外の世界と同じような営みが繰り広げられているイメージはあまりなかった。
とはいえ、これほど広大な土地と資源があれば、それを求める者が存在するのも道理ではある。
「確かにそこでなら道具が買えそうだけど、問題は……お金、持っていないんだよね」
着の身着のままで大樹海に飛ばされたゼスは当然お金を持っていない。
するとフローラが懐から巾着袋を取り出した。
「村を抜け出す時に、こっそり貯めておいたお金を持ち出してきたんです。それほど多くはないですけど、一つか二つぐらいなら買えると思います」
「え、いやそれは悪いよ」
「気にしないでください。元々は大樹海を出た後の宿代にしようと思っていたんです。住まわせていただいているんですから、これぐらいはさせてください」
そう言って差し出した巾着袋をゼスは無言で見つめる。
その沈黙に訝るフローラへ、ゼスは告げた。
「フローラさんも、ピーターも聞いて欲しい。住まわせていただいている、と思っているのなら、そういう考え方はやめて欲しいんだ。俺たちは帰る場所がない者同士、寄り合っているだけだ。そこに上下関係なんてない。そうだろ?」
ゼスの言葉に、フローラたちは目を見開く。
それから小さく笑った。
「わかりました。でしたらなおのこと受け取ってください。寄り合っている者同士、この場所の発展に必要な力を出し合うのは当然のことですから」
「……そう言われると、何も言い返せないな」
一本取られたとばかりにゼスは肩をすくめる。
穏やかな笑い声が夜の大樹の袂に広がった。
「あ、ドワーフの村まで遠いなら、ハクに連れて行ってもらう? ひとっ飛びだろうし」
「それはやめてください! 襲撃だと勘違いされてしまいます!」
何気ないゼスの提案を、フローラは必死な顔で止めるのだった。




