GO!GO!チキンレース
僕は助手席に乗り込まなかった事を激しく後悔した。一枚薄い金属の壁を隔てないだけでこんなにも安心感が違うのか。
風と恐怖心がビュンビュンに僕を襲ってくる。
あんな化け物がまた追ってくるとは思ってなかった。なんかエルゴンを救い出してめでたしめでたしって感じだったじゃないか。それが今やさっきより速い速度でこっちを追いかけてくる。
「エルゴンさん!ミミックになんかしましたか!」
「してない!してない!丁重に荷台に積んだだけ!」
「じゃあ、何でアレは追いかけて来てんですか!絶対何かやったでしょ!」
「だからやってねーって!」
「あっ!」
僕とエルゴンの会話に割って入ったのはアスカさんだ。
「石投げたかも……」
そういえばアスカさんは安全を確かめる為に宝箱に石をガンガンにぶつけてた。
「それっすよ!姉さん!」
「すまんヒカル!ウチのせいだ!」
アスカさんは謝ったがこれは仕方ない。僕も石を投げるのを止めなかった。
つまりあのデコトラはアスカさんを追ってここまで来たのか。
「アスカさん!追い付かれます!」
「分かってる!」
分かっていてもアスカさんにはどうする事も出来ない。
デコトラは軽トラを山の斜面と挟む形で追いついた。
横にピッタリと着いたデコトラはこっちに体当たりをかましてきた。
その衝撃で軽トラは横に激しく揺れる。
「あばばばば!アスカさん!幅寄せしてますよ!こいつ!」
「だから分かってるって!」
「ハバヨセ?」
幅寄せを知らないエルゴンは何のことかとアホみたいな顔してるが説明してる余裕は無い。
何とかアスカさんの技術で衝撃から持ち直した軽トラにデコトラはまた幅寄せしてきた。
それを察知したのかアスカさんは軽トラを加速させた。
軽トラがデコトラの前へ行き幅寄せする車がいないくなったデコトラは山の斜面に車体を擦り付けた。
ガッガツガリガリ凄い音が後ろから聞こえてくる。車体と石が擦れる音だ。ひぃー、一歩間違えたら僕もガリガリにされてたのか。
「ヒカル!カーブだ!捕まってろ!」
アスカさんの声を聞き前を向くと目の前にカーブが迫っている。それでもアスカさんはスピードを思ったより緩めない。
アスカさんがカーブ直前でブレーキを踏みハンドルを切ると、タイヤからギュルギュルと凄い音を立ててカーブをドリフトしながら曲がっていった。
僕は振り落とされないように必死に軽トラの手すりにしがみつく。これ何度目だ、なんか慣れてる自分が怖い。
デコトラとは少し距離が開いたようだ。ほんの少しの休息である。
「峠を越えた!」
エルゴンが叫ぶので前を見ると下り坂に入っていた。
山頂から見る景色は絶景だった。遠くにはドワーフの里が見える。風も気持ちよく絶好のドライブ日和だ。
後ろから爆音で迫ってくるデコトラを除けばの話だが。
どうやらあのデコトラはまだ追跡を諦めてないらしい。
今度は下り坂でカーチェイスだ。上りと違って下が見えるので何倍も怖さが増している。背中は汗びっちゃりだ。
そこそこ距離があったのにデコトラはグングン距離を縮めて、あっという間に軽トラの後ろにつけた。
デコトラは軽トラの後ろをガンガン当ててくる。
「くそ!カマ掘ってんじゃねーーよ!!」
アスカさんはブチギレてる。口が悪い。相変わらずエルゴンは言葉の意味が分かってない。
アスカさんはブチギレてるがカーブは必ずやってくる。このままのスピードで本当に曲がれるか分からないがアスカさんのドライビングテクニックを信じるしかない。
アスカさんは難なくドリフト決めてカーブを曲がる。
「追いついてみろよ!」
アスカさんがデコトラを煽るとデコトラまでも同じくドリフトをしてきた。
デコトラのドリフトはアスカさんと違って触手を道に伸ばして無理矢理曲がる、ミミックならではの動きだ。
「嘘だろ!マジかよ!」
流石のアスカさんこれには驚愕だ。一度見せたドリフトこうも簡単に真似されるとは。
こいつ!戦いの中で成長している!
そんな事を一瞬考えたがそれどころではない。これでは差をつける事ができない。
しかし幸運な事にミミックは車のことを何も分かっていない。
突如何かが破裂するような音が聞こえた。それはデコトラの片側の前輪がバーストした音だった。
ミミックではなくタイヤが限界に来てしまったのだ。
前輪が無くなったことでデコトラは右へ左へと操作が出来ていない。
デコトラの片側半分が道からはみ出て坂から乗り出した。
「やった!」
僕が歓喜した瞬間であった。デコトラから触手が伸びてデコトラが転がり落ちないように車体を支えている。斜めになりながらも軽トラを追いかけるデコトラのその姿はもはや執念すら感じた。
そして触手を伸ばして器用に道に戻った。デコトラは無くなったタイヤの代わりに触手をホイールに巻きつけた。何でもありかよ。
「アスカさん!これ無理ですよ!」
「無理とか言うな!」
「どうするんですか!」
アスカさんは黙り込んだ。策が無いのか、それとも考えているのかは分からない。
「よし、次のカーブを曲がったら並走する」
「嘘でしょ!?何で!」
「並走しながらアレがカーブで止まれない位スピード上げて崖に落とす」
凄い!完璧な作戦だ!だけど欠陥がありまくる!
「並走したら体当たりかましてきますよ!」
「それは耐える!」
「スピード上げたら、こっちも崖に落ちますよ!」
「それもギリギリで耐える!」
「僕降ります!ここで降ろしてください!タクシーで帰ります!」
「無理だろ!」
僕のお願い虚しく、軽トラはカーブを曲がった。この直線が並走してカーブに突っ込んで行く道だ。
アスカさんはバックミラーを見ながら崖側に車を寄せた。一歩間違えれば落ちてしまいそうだ。するとデコトラはきっちりと後ろにつけてくる。
アスカさんはすぐさま壁側に寄りスピードを落とした。
アスカさんは軽トラとデコトラがぴったりと並走させた。本当にこの人は運転が上手い。
並走する軽トラにデコトラはお構いなしに体当たりしてくる。
斜面にガリガリ当たるがアスカさんはガンガンにスピードを上げていく。
下坂に入ってからかなりスピードを出しているが、それよりも更に速いのが実感できる。こんなの顔を上げられない。
僕は軽トラにへばりつく様に体勢を整えた。これで急ブレーキでも安全だと思う。
て言うか前が見えないからいつブレーキが来るか分からない。何これ!マジで怖い!
「アスカさん!まだですか!」
「もうちょい!」
「まだ?!」
「まだ!」
これ完全にチキンレースだ。僕は無理だブレーキを踏む。だけどアスカさんの心臓は鋼なのかまだ突っ込んでいく。
もういいでしょ!頑張ってますよ!止まりましょう!ミミック君だってちょっと怒ってただけだって!止まって仲良くしよう!もしかしたらちょっとデコトラに乗ってはしゃいでるだけかもしれない!そうだよね!そうだよね?ミミック君!
僕はチラリとデコトラを見ると、触手と触手の隙間から覗かせる大きな目と目が合ってしまった。
その目は明らかに憤怒の感情が宿っていた。なんか血走ってない?
「ブレーキ!3!2!1!」
「嘘!ちょっま!」
アスカさんは突如誰も準備できない様な意味のないカウントと共にブレーキをかけた。とんでもない衝撃が僕を襲う。トラックに張りついていたのに更に押し込まれる様な強烈な感覚。
「あががごごごごげげげげー!!」
今日一下品で情けない声が出た。
軽トラは止まった。もちろん山から落ちてない。
何とか衝撃に耐えた僕はすぐに顔出した。
デコトラもブレーキを掛けて減速しているが到底間に合わない。
カーブに突っ込むとドリフトを仕掛けたが重い車体が言う事を聞いていない。
必死で触手を伸ばして支えようとするが、その速度と重さに触手は耐えきれなかった。
デコトラはカーブの更に奥へと消えていき。見えない向こうからガシン!ガツン!とぶつかる大きな音が聞こえた。そして下から暗い煙が上がっていった。
アスカさんはゆっくりと軽トラを動かしカーブに近付いた。
僕が車から降りて下を見ると、デコトラは斜面を転がり落ちて山の下で燃えていた。
火の中で何かウネウネと伸びる触手が見えるが、その触手も遂に力尽きて火に飲まれてしまった。
僕はそれを確認するとその場でへたり込んだ。足の力が抜けてガクガク震えている。
「何とかなったな」
アスカさんが僕の肩を叩いた。
「は……はい、でも死ぬかと思いました」
「はっは!本当な!」
いや、本当なじゃなくて。アスカさんどんなメンタルしてるんですか。
「アレ?エルゴンさんは?」
「あーあいつなら途中で気絶したぞ」
助手席を見ると本日二回目の泡を吹いて白目を剥いているエルゴンが座っていた。
コイツが問題を起こしたくせに気絶してるだけじゃねーかよ。
工房に帰るとエルゴンはゴドウィンにこっぴどく怒られた。当然の事だ。
幸いデコトラには荷物が積んでいなかった。怪我人もおらず被害は最小限に留められたが、デコトラ一台を完全に破壊してしまった。
エルゴンはしばらく工房の雑用だけをやらされる事になる。
そしてこの失態により工房のヒエラルキーは僕の方がエルゴンより上になった。だからと言って僕がエルゴンに何か命令する事もないし敬語を使うが。
石を投げたアスカさんは軽く注意を受けたが特に罰は無かった。そもそもの原因はミミックを載せたエルゴンのせいだし、エルゴンの命を救ったのもアスカさんだからだ。
後日、工房にはこんな張り紙が貼られた。
「知らない物を拾わない」
「知らない物に石を投げない」
「分からなかったら相談する」
小学生の下校の注意事項かな?




