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第八話



 冬の寒さを思わせる水色の、足首まである長髪に、透明なほど白い肌。感情の乏しい双眸は()()()()()金色だった。エゼキエルが下方へ目を向けると、先ほどまで何もなかった床には、白い霜が落ちている。

 まさか、と顔を上げたエゼキエルは、緊張に唾をのみ、前にいるカスティに声をかけた。

「ここは私が。彼女はおそらく、四季の女神が一人だ。創造主の第四女だろう」

「……」

 無言で頷き半歩下がったカスティの前に立ち、エゼキエルは片手を胸に当ててジマと対峙する。

 壮麗さに心を奪われそうな、けれども全てを拒絶するような、厳かな金の瞳が瞬いた。

「おねがい……助けて、ほしいの」

「炎と言われましたが……、我々は炎の(たぐい)を使える術者ではないのです」

「いいえ。……あなた、炎を宿しているでしょう?」

 ジマが視線を滑らせカスティを一瞥する。検問を待っている時もそう言われたが、やはり問答の意図が掴めない。

 どういう意味だとエゼキエルが答えに詰まれば、カスティがため息を吐き出し、首を振って項垂れた。

「……申し訳ありません。確かにわたしは、炎を召喚する術を心得ています。しかし術者が居ない今、それは使用できないのです」

「そうなのか、カスティ」

 初めて聞いた情報に驚き、エゼキエルが思わず口を挟めば、彼女は無言で頷き返答する。その表情には気落ちにも似た影が落ちていて、どうやら術者がいないだけではない事情があるようだった。

 カスティの言葉を聞いたジマは、しばらく二人を見つめた後に俯く。

「……そう……なの……」

 感情のなかった声音に、色濃い悲壮が浮かんでいた。

 エゼキエルはカスティと顔を見合わせると、彼女の頼み事について問いかける。

「我々に何をお望みだったのでしょうか」

 ジマ曰く、あの湖の底には、女神の“大切なもの”が氷漬けになっているのだという。

 その昔、力が弱った彼女を助けるため、共に眠りに落ちてくれた存在なのだと、ジマはそう語った。

 本来なら一ヶ月ほどで問題なく目覚めるはずだったのだが、“大切なもの”を守る為に一緒に沈めていた魔法具が、異常な発動を起こしてしまい、ジマだけが目覚め、“大切なもの”はもう何年も氷漬けで眠りについている。

 一年に一度、この土地が一番寒くなる時に、冬の女神の力が最も強くなるこの時期に、彼女はその存在を助け出そうとしているらしい。けれども冬を司る彼女が触れれば、氷は更に厚くなるばかりだ。更に年月が経つにつれて、魔法具の効力が薄まっていくのだ。

 効力が切れてしまえば、今は皮肉にも魔法具に守られている“大切なもの”も、氷に閉鎖された空間に投げ出され、呼吸を奪われて窒息してしまう。

「…………間抜けだって、みんな、笑うわ」

 彼女は消え入りそうな声で、呟いた。その声音に自嘲の気配はなく、ただ悔しさに揺れて、エゼキエルは目を細める。

 この国はそもそも気温が低く、日照りの時間も短い。氷を溶かすには、外気だけでは対処のしようがなく、観光資源を有したい国によって、火器類は制限されてしまっている。せめて魔法使いや術者がいればと探していたが、観光客の中には強い火力を扱える人間などいなかった。

 途方に暮れていた時、強い炎の気配を感じて探し出したのが、カスティだったのだ。

 外見からは分からず、けれどのその身に炎を宿している彼女ならと、縋るような思いで声をかけてきたのだろう。

「…………おどろかせて、ごめんなさい……」

 意気消沈した様子で深く頭を下げたジマは、ゆっくりとその身を空気へ溶かし、氷の粒へ変わっていく。

「……なぜ、共に眠りについたのですか」

 エゼキエルの後ろで見つめていたカスティが、無意識のうちに呟いた。空気を振動させた言葉を受け取ったジマは、カスティを見つめた後に、泣きそうな相貌を歪め、ほんの僅かに頬を朱に染める。

「一人は寂しいからって、自分も一緒に眠ろうって……この摂理に生を受け、初めて、抱きしめてくれた人なの……」

 室内へ反響した声を残し、彼女の姿は目の前からかき消えた。

 エゼキエルが両手を擦ると、冷えていた体が暖かさを取り戻すかの如く、指先が熱を帯びる。

 白い息を吐き出したカスティが、足の力が抜けたのか、そのままベッドに腰を下ろした。それを視界の端に入れてしまえば、エゼキエルも緊張の糸が切れて、体重を支えながらベッドに倒れ込む。

「……何も、できないのだろうか」

「安請け負いは禁物です、王子」

 片手の甲を額に押し付け言うエゼキエルに、間髪入れずにカスティが反論した。

 相手はこの世界の頂点に君臨する種族、エイロヒム。創造主の娘とあれば更に高位な存在だ。出来ない事を出来ずと嘯いて、手助けできるような相手ではない。それはエゼキエルも重々承知している。

 しかしジマは一人、今も氷の上で、己の不甲斐なさに伏している。

 まるであの時の自分のようだと、思えてならなかったのだ。








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