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【6】

「何だろう。これ……」

 

 元から食べるつもりはなかったので、雪起から夕餉を受け取った後、そのまま書き物机に置いたので気づかなかった。

 華蓮が文を拾う間、犬は夕餉から興味を失ったのか部屋に敷かれた布団の隣で丸くなっていた。そんな犬の頭を軽く撫でた後に、華蓮は文を広げる。一目で分かる高級な和紙を使った文には達筆な筆文字で簡潔に書かれていたのであった。


『困った時は春雷を呼べ』


「春雷って、私を抱いたあの犬神よね……」


 華蓮が「春雷」と呟いた時に伏せていた犬の耳が反応するが、それに気付かぬまま華蓮は書き物机に文を戻すと布団に入る。どこか物言いたげに顔を上げて見つめてくる犬を抱きしめながら誰にともなく呟いたのだった。


「別にあの春雷とかいう犬神が嫌いなわけじゃないのよ。熱でうなされている間に抱いたことも怒っていない。ただ混乱しているだけなの。このまま許していいのか……」


 春雷が悪い人じゃないことは分かっている。雨で濡れた華蓮に番傘を差し出して、この家に連れて来て服を乾かすように勧めてくれた。妊娠させてしまってからも、追い出そうとせずに子供が産まれるまでここにいて良いと言ってくれた。

 今もこうして文をくれて、部屋で塞ぎ込んでいる華蓮を無理に部屋から連れ出そうとせずに、ただ遠くから様子を見つつ、いつでも華蓮が頼りたい時に頼っていいと気遣ってくれる。その優しさが華蓮の心を温めてくれたのだった。


(このまま四ヶ月も部屋に引きこもっていいの? 子供が産まれるまでの時間を無駄にしていいの?)


 知らないなら知ればいい。出産も犬神のことも。このまま部屋でじっとして、時が満ちるのを待つのは勿体ない気がする。そもそも何もしないでただじっとしているのは、華蓮の性に合わない。

 華蓮はふさふさの毛で覆われた犬の身体に顔を埋める。犬からは睡蓮のような瑞々しい香りがしたのであった。


 それからというもの、華蓮の部屋には毎晩犬がやって来るようになった。これまでと違うのは、その犬が春雷からの文を携えてくるようになったのだった。

 犬が咥えてくる文の内容は庭の草花やその日にあった出来事を簡潔に書いた取り留めのないものだったが、それでも春雷が華蓮を元気づけたいという気持ちは伝わってきた。文に使っている和紙も女性が好きそうな桃色や薄紫色などの明るい色を選ぶようになり、また庭に咲いていたと思しき芝桜が間に挟まっていたこともあった。

 それが数回続いた後、華蓮は始めて春雷に返事を書いた。何を書こうか散々逡巡した後、ようやく書けたのはたった一言だけだった。


『ありがとう』


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