表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
1/1

その日消えたものは何か?

「物語を形造るのは"想像"だ。登場人物がどのように生きてきたのか。信条は?そいつにとっての常識は?朝起きた時にまず何をするか?歯ブラシの持ち方は?歩き方に癖はないか?

大きなものから小さなものまで全てを想像し、人生を創造する。そうして初めて、登場人物は物語の中で生き始めるんだ。物語が説得力を持つんだ。」



目の前の男は話し続ける。



「"想像"には"経験"が必要だ。"経験"の無い"想像"は空虚になる。空虚な想像によって生み出された登場人物は、いつのまにか自分の中だけの常識に沿って動くようになる。生気の無い人形のようなキャラクターになってしまう。」



手首を縛る縄は解けそうに無い。椅子から立ち上がることも出来ない。



「"経験"があれば...生きたキャラクターさえできれば、舞台もおのずと出来上がる。舞台とキャラクターが有れば、物語は作り出される。生きたキャラクターが、勝手に動いてくれるんだ。」



頭から流れてくる血は止まりそうにない。肩を濡らし、横腹を伝い、床へ垂れていく。



「君も物書きなんだ。分かるだろう?自らの筆が編み出す物語がどこか偽物に見えてしまう瞬間が。感じたことのない感情を書くとき、どうしても嘘くさく見えてしまう瞬間が。」



.......。



「だから。だからこそ足りないんだ。今僕が書かなきゃいけないもの。それを書き切るには君の協力が不可欠なんだ。『親友の肉を喰らう主人公』を書くためには。」




「...くっだらねぇな...。」



目の前の男は眉を顰める。



「...分からないのかい?いいや分かるはずだ。僕が認めた物書きである君なら、僕の言っている事が分かるはずだ。」




「経験が無いと書けねえとか...てめぇそれでも物書きかよ。ファンタジー書いてる奴はみんな異世界に生きてんのか?ミステリー書いてる奴は全員探偵か殺人鬼か?ちげぇだろ。逆だ。経験してないこと、経験できない事を表現できるのが物書きだろ。」



意識がぼんやりしてきた。それでも、それでも言葉は止まらない。



「読者に自分の中の世界を魅せる事ができるのが物書きの特権だ。それを放棄して経験が必要?キャラクターが勝手に動き始める?ちゃんちゃらおかしいぜ。」




「...残念だよ。君は僕と同じように、経験を糧にする物書きだと思っていたのに。君もただ妄想を書き出すだけの凡人だったのか。」



「...違えよ。てめえは経験を糧にしてるんじゃねえ。経験しか書けねぇだけだろ。事実だけ書きたいなら日記帳でも書いてろ。もうてめえは物書きじゃねえ。ただただ人を喰いたいだけの狂人だ。」



目の前が少しずつ暗くなっていく。



「......ははは。今から死にゆく人間と言うものはここまで無様に見えるのか。親友を喰う、となるとやはり感傷的になるかと思っていたが...。どうやらそうでも無いらしい。今の僕なら、優越感を持ちながらゆっくりとその体を味わうことが出来そうだ。」



もう目の前が真っ暗だ。少しずつ寒くなっていく。意識が、消えて行く。



「...後悔するぜ。最後に、物書きとして言っておく。」



「ははは。その言葉、次の作品で使わせてもらおうか。」



沈んでいく。体は動かない。ゆっくりと、ゆっくりと、死に浸かっていく。




「さあ。どう料理していこうか。」



もう、何も聞こえない。


評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ