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コメディー短編

呪われし王太子はミラーボールを抱えている

作者: 白澤 睡蓮

 ミラーボール。それは部屋にあるだけで、室内がパーティー感に溢れる代物だ。



 とある王宮にある第一会議室で、場違いなミラーボールがぐるぐると回っていた。深夜の会議室は薄暗く、ミラーボールが反射した小さな明かりが、部屋の壁を一様に動いていく。


 部屋の中を絶え間なく動き続ける光には目もくれずに、複数の人物が円卓を囲んで座っていた。その中にはこの国の王太子コルドの姿もあった。


「百年の恋も冷めそうですわ」


 そう声を上げたのは、コルドの婚約者であるファーニだ。コルドの隣に座ったファーニは、冷え冷えに冷めた目でコルドのことを見つめていた。その一方で、ファーニとは反対側のコルドの隣に座った宰相オーサは、興味津々でコルドを観察している。


 オーサとファーニは歳の離れた兄妹だ。ちなみに、王太子と宰相の妹の婚約というと、政略による婚約に思えるが、意外にもそうではなかったりする。


 ファーニとオーサがコルドに向ける視線の種類は違えども、二人が思うことは全く同じだった。


『クソ眩しいな、こいつ』


 二人どころか王太子の従者や侍女や文官達、会議室内にいる者の総意だった。王太子相手にかなり不敬なことになっているが、誰も実際に言葉にはしていないのでセーフだ。


 コルドは整った顔立ちをした絶世の美男子であり、光り輝く美貌とよく言われる。そんなコルドの頭部は、現在物理的に光を反射して輝いていた。キラキラキラキラと、はっきり言って眩しい以外の何物でもない。


「なぜミラーボールだったのだ!?」


 叫ぶとほぼ同時に、コルドは頭を抱えた。頭というかミラーボールを抱えた。コルドが抱えようが、ミラーボールの回転が止まることはない。


 そしてコルドの叫びに答える者は誰もいなかった。なぜミラーボールだったのか、むしろこちらが聞きたいからだ。


 現在コルドの頭は魔女の手によって、まるっとミラーボールにされてしまっていた。ミラーボールもといコルドが再び叫んだ。


「なぜこんなことになってしまったのだ!」

「先程の夜会で、殿下が面白い話だとハードルを上げに上げてした話が、全く面白くなくて魔女殿がキレたからです」


 オーサが事実を冷静に指摘した。ファーニは容赦なく追い打ちをかけてくる。


「魔女様以外も、誰も笑っていませんでしたわ」


 室内にいる全員が小さく頷き、コルドはもう何も言えなくなった。


 こうして人々が第一会議室に集まる前、王宮ではコルドの成人を祝う夜会が開かれていた。夜会の主役であるコルドには、参加者の前で挨拶をする機会があった。


 止せば良かったのに、コルドはそこで笑いを取ろうとしてしまった。


 止せば良かったのに、コルドはこれからとっても面白い話をすると、無駄にハードルを上げてしまった。


 ウキウキなコルドは、この日のために温めておいたとっておきのネタを披露し、派手に滑り倒した。これがどれだけ面白くなかったかというと、滑り笑いさえ起らなかったぐらい面白くなかった。


 あまりの面白くなさに、夜会に招待されていた魔女はブチキレた。かくしてコルドは魔女に呪いをかけられ、頭がミラーボールになってしまったのだった。


「話が面白くなかった。ただそれだけで、こんな傍迷惑な呪いを……」


 コルドは再び頭もといミラーボールを抱えた。コルドが抱えようが何しようが、ミラーボールの回転が止まることはない。


「魔女殿は笑いに妥協がありませんので。ところで、今口はどこにあるのですか?」

「君が口だと思った場所が口だ」

「では口は存在しないと」


 コルドとオーサの間で絶妙にどうでもいい会話が繰り広げられ、文官の一人が欠伸をかみ殺した。なかなか会議の本題が始まらず、会議室にいる大半が早く帰りたいと思っている。


「早くこの呪いをどうにかせねば。成人した直後で、今後外遊の予定が多く入っているのだ。頭がミラーボールではまずいだろう」


 焦るコルドに反して、オーサはどこ吹く風だ。


「頭ミラーボールでも特に問題ないでしょう。他国の王子は、そこにいるだけで周囲が笑ってしまう呪いをかけられました。その状態で王子として、普通に外交を行っていたそうです。『何だかよく分からないクソメガネ』でしたか?」

「お兄様、違いますわ。『人の心が分からない鬼畜眼鏡』です」


 惜しいんだか、惜しくないんだか。


 二人のやり取りを聞いていたコルドは、呪いのせいでそんな酷いあだ名を付けられるのかと、動揺を隠し切れない。自身にどんなあだ名がつくのか、コルドは想像しただけで怖くなった。


 だが、今の情報にはコルドにとって有益な情報も含まれていた。


「こうして魔女に呪われたのは、私だけではなかったのか」


 呪われたのが自分一人だけではない事実を知り、コルドはほっとしていた。ほっとしたのも束の間。


「ほっとするのではありませんわ。この目潰し」


 唐突にファーニに目潰しとあだ名を付けられ、コルドは再び叩き落された。


「殿下と件の王子は、全然同じではありません。彼の場合は父である国王のとばっちり、殿下の場合は自業自得です」


 オーサにはっきりと自業自得と言い切られ、コルドは更に叩き落された。


「ところで、殿下は食事をどうやってとるのですか?」

「呼吸や食事の心配は……しなくて良いと……魔女が言っていた……」


 律儀なコルドは心を奮い立たせて、何とかオーサに返事をした。


「つまりやはり今の殿下に口は無いと」


 やたらコルドの口に拘るオーサは、腕を組んで顎に手を当てた。


「呼吸不要……。なるほど、今の殿下は溺れても死なない……」


 オーサが不穏なことをぼそりと呟き、コルドは目を見開いたつもりになった。今のコルドに目は無いので、つもりにしかなれないのである。


「ぐっ、宰相らしくこの問題に対して、何か解決策はないのか」


 こういう時に解決策を示してこその宰相だ。ここまで毒にも薬にもならないことしか話していないが、オーサには何か名案があるとコルドは思い込んでいた。


「魔女殿の呪いは魔女殿に解いてもらう以外どうしようもないので、開き直って堂々としていてください。誰も何も言えなくなるぐらい、殿下が堂々としていれば何の問題もありません」


 オーサがコルドに提示した解決策は、あまりに雑だった。


「ところで、ミラーボールの回転が止まると、殿下は死ぬのでしょうか?」

「そ、そ、その発想は無かったぞ……」


 言ったそばから、ミラーボールの回転が一瞬止まった。が、再び動き始めた。


 ミラーボールの回転数は、コルドのテンションを反映していると、ファーニは気付いていた。気付いていたが、ファーニは何も言わなかった。言ったところで、どうせ自分でコントロールできるものではないのだから。


 ミラーボールの回転が一瞬止まっていたことに気付いていないコルドは、オーサにどうしても言いたいことがあった。


「いや、なぜ君は先程から変な質問を、ちょいちょい挟んでくるのだ!?」

「気になって職務に集中できませんので」

「では仕方ないな」


 オーサが真面目な顔でさも当然のように答えたので、コルドはあっさり納得するしかなかった。


「ところで、殿下の視界は今どのように?」


 オーサはやはり今のコルドの生態が気になる。


「三百六十度全方位が見える」

「ではそのままでもよろしいのでは」

「良いわけがなかろう!」


 三百六十度の視界と引き換えに、失う物が多すぎる。コルドは勢いよく突っ込んだ。


 それとほぼ同時に、侍女の一人がそのミラーボールは虫の複眼かよと、突っ込みたいのを懸命に我慢していた。自身でツボに入ってしまい、笑いも必死に堪えていた。侍女がしょうもないことで面白くなっているのは、現在時刻が深夜だからだ。今はさして面白くないことでも、面白く感じてしまう魔の時間である。


 コルドは笑いのセンスが壊滅している以外は、非の打ち所がない王太子だ。度量は広く国民からの人気は高い。


 そんな度量が広いコルドをもってしても、頭ミラーボールは受け入れ難いことだった。ミラーボールを受け入れられないといえば、ファーニも同じだ。コルドを見る凍てつかんばかりの視線は、もはや殺し屋のようになっている。


「どう見てもナシですわ」


 見れば見るほど、これはない。思わず口に出してしまうぐらい、これはない。声が低いファーニの冷たい眼差しに耐えられなくなり、コルドは泣きそうになりながら叫んだ。


「元はといえば、なぜあのような物騒な女を祝いの席に招いたのだ!?」

「それは彼女が祝福の魔女で、彼女を祝いの席に呼ぶだけで、向こう二十年は国の安泰が保証されるからです」


 オーサに冷静に事実を指摘され、そうだったとコルドは何も言えなくなり、ミラーボールを抱えた。


「一ヶ月後にまた来ると魔女殿は言っていました。魔女殿を笑わせることができれば、呪いはすぐに解くと言われたではありませんか」

「だからこうして、皆さんに集まってもらいましたのよ。それでは前置きはこれぐらいにして、魔女様対策会議を始めますわ。この目潰しが魔女様から笑いを取る方法を、皆で真面目に考えますわよ!」


 それから深夜特有の異様なテンションで話し合いは進み……。



 一ヶ月後。


「第二回魔女様対策会議を始めますわ!」


 そう宣言したファーニの横では、ミラーボールがぐるんぐるん回っていた。



 さらに一ヶ月後。


「第三回魔女様対策会議を始めますわ!!」


 ファーニはややキレ気味に宣言した。傍らのミラーボールの回転はものすごく遅かった。



 それからさらに半年後、不甲斐なさすぎるコルドに、ファーニがついにブチキレた。ファーニが魔女に披露した一発芸のおかげで、コルドのミラーボールの呪いはようやく解いてもらえた。

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