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第16話 新たな仲間

「大変ご無礼をいたしました。どうかお許しください」

「いや、いいから。気にしてないから」


 うん、あのままだと俺は殺されそうだったけどな?

 

「迷宮の中で最後に見たあなたの顔が……その」

「はあ?」

「だから、その。ボクはまだ、まだ――戻る家もないし、家族に仕送りだってしなきゃだし。でも、ここではもう、生きていけない……」


 待て待て。それは一体どういう意味だ。

 せっかく死の淵から戻ってくることができたというのに。


 どうしてここでは生きていけないなんて――?

 まだ世間を深く知らない俺は、爺を見た。自分で考えなければいけないことなのに。


「レットーの街で、【暴虐の顎】といえば、民衆のなかからハイクラスまで昇りつめた、いわば冒険者や魔猟師、それらの者たちが多く住まう、貧困層の憧れだった。というところでしょうかな」

「そうなんだ! ルコックたちは……ひどい奴らだったけど、みんなからしたらヒーローだった。そんなヒーローたちを殺してしまったんだから……ここにいたら僕も殺される」

「そんな! おかしいよそんなの。だって間違ったことをしたのはあいつらだろう?」

「たとえそうでも! みんなからしたら、ボクが悪かった事にされる。特にネルとか。あの子は姫騎士で、王女様の主催する姫騎士団の一員だったから……」


 また貴族か。

 今度は王女様直轄、ときた。


 あれほどに悪辣な部下を持っているとなれば、主人そのものだって罰せられそう――。そこまで思い至り、なるほど、と俺は納得した。彼らはもっと簡単で、人々の目に触れない方法で、この一件を処分するだろう。


「アニーをってこと、爺?」

「彼女にさまざまな問題を押し付けて、どこかで人知れず処分する。街にいづらくなった者が旅に出て、戻ってこなくなるというのはよくある話です」

「ひどいこと考えるな……」

「そうなんだよ、いえ……イニス様! そうなんです! だから、まだボクは自由には慣れない……」


 金髪の頭の上でピタリと伏せられた二つの獣耳。

 床に額を擦りつけたまま、アニーはさっきから一度も顔を上げようとしない。


 それどころか、足元からは「うううっ、うえっ。ううう……」と嗚咽交じりに泣き声さえ上がってくる始末。

 これは本当に居心地のよいものではなかった。


 アニーはこう考えていたのだ。

 俺は身分ある高貴な存在で、俺に縋りついて生きていくことで、どうにか殺されずに済む――、と。


 お願いします、お願いします、お願いします!

 連れて行ってもらえるならどんなことでもします! お願いします、イニス様!


 ……俺が無言でどう答えたものかと考えていると、アニーはただお願いしたのだけでは、行動力が足りないと思われていると感じたらしい。


 何をとち狂ったのか、ついさっきまで彼女の首を飾っていた、あの鎖の環っかを掴むと、俺と爺が止める暇もないまま、再びその輪を閉じてしまった。


 もちろんそれだけの状態なら、単なるコスプレだ。

 他人が見れば奴隷と思うかもしれないが、アニーの身分はちゃんと保証されている。


「助けていただけるなら、イニス様の奴隷にでもなんでもなります! そういった夜のことも全部……」

「訊いてねえよ」


 ルコックたちに教わった、と恥じらいながらいう獣人。

 いや、盛りのついたオス猫より性質が悪いわ、まじで!


「ついて来たいなら勝手に付いてくればいいだろ。好きにしたらいいじゃん」

「本当? 本当に好きにしていいの? わーい、イニス様、大好き!」

「勝手に様をつけるな、様を! おまえの御主人様、になった覚えはない!」

「だってー、ボクはいい奴隷だよ? ご飯から炊事洗濯、家事全般をこなすし、戦いでは囮役も、前衛職も、防御魔法だって初級なら使えるよ?」


 と、何を思ったのかこの気分屋猫耳少女は、自分を売り込むことに躍起になっている。

 一応問題は片付いたらしい。俺の傍で様子を見守っていた爺が、アニーにこほん、と咳ばらいを一つ。


「ところで、ラルプール様。いえ、アニー、これからもどうぞよろしく。イニス様の執事、ロアンと申します」

「えへへへー。ボクこそよろしくお願いします、ロアン様。あ、それでボク、街を出る前に家族に――」


 一言挨拶をして出ていきたい。アニーはそう願い出た。だが、爺は重苦しい顔をして、首を左右に振った。

 どうしてさー? と訊くアニーに、真実のハンマーは容赦なく振り落とされる。


「……ルコックたちは非道な人間でしたが、アニーの家族の困窮ぶりには心を砕いていたらしく……」

「はあ?」

「代価の数倍の金貨を与えて、どうかやり直すように、と」

「ええええっ? それで!」

「……一家揃って、王都で一旗揚げて来る、と。出て行ったようでして」

「嘘でしょう!」


 王都は逆方向だ。俺たちが向かうのはアベンシス。王都はまっ反対にある。

 それを告げると、アニーはまたボロボロと大粒の涙を流しながら、「けれどやっぱり妹に会いたい」と泣いていた。


「じゃあこうしよう」


 俺はひとつの提案を出す。

 まずアニーの首から鉄の鎖を外した。

 

 続いて指輪をはずし彼女の薬指にそれをつけてやる。

 魔猟師許可証だけでは王都に入れないかもしれない。平民には平民の証があるように、旅人に旅人の。貴族に貴族の証がある。


 指輪に刻印されたその紋様は、王都に住まう貴族の関係者。そんな意味を持つものだ。

 これで、アニーは王都に自由に出入りができる。

              

「こんな貴重な物をもらっていいの?」

「あげるんじゃない預けるんだ。俺たちは先にアベンシスの街に向かう。アニーは家族と再会して大丈夫だと思ったら、それから追いかけてくる。それでいいだろ?」

「それなら……イニス様。あなたに生涯の忠誠を誓います」


 アニーは土下座の体勢から片膝を立て、片方の手はその上に。もう片方の手は自分の脇に。

 身分が下の者が、上の人間に仕えるときにおこなう、正当な作法だった。多分奴隷になるときに仕込まれたのだろう、その耳はどこか不満そうにピコピコと左右に動いていた。


「待ってるよ。爺、路銀も……」

「ああ、それでしたら。報酬をそのまま渡しましょう」

「報酬?」

「あの地下迷宮にはまだまだ封印された魔獣が残っておりました。それをわしが」


 そういえば一網打尽にしていたね。

 その強さに憧れるよ、まったく。


 こうしてその夜、食事を済ませるとアニーは街を出て王都に向かった。

 昼間の方が安全だと俺は止めたのだが、獣人にとって夜も昼もとくに感覚に変わりなく、どちらかといえば夜の方が動きやすいのだという。


 街の中に残っていて、下手に知り合いでも遭遇したら、また言い訳を考えないといけないのがめんどくさい。

 そう言ってアニーは旅立っていった。


 入れ替わるようにして、翌朝。

 父親が用意してこの街で合流するようにと申し付けたらしい、新たな奴隷が俺の仲間になった。

 

 彼女の名はティリス。

 俺よりも年上の、この上ない美貌を誇るだがしかし、どこか薄汚く薄幸な雰囲気を醸し出す、そんな美少女だった。 


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