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第12話 救出

 ◇ ◇ 救出。イニス


 少女がことり、と俺の手の中で力を失った。

 命の糸を途切れさせたように、その首が腕へと預けられる。


「おっ、おい!」


 まさか死んだのではないだろうか、とびっくりしてしまい、彼女に声をかけたら、戻ってきたのは勢いのない息だった。

 死んでない。それに安心したところで、爺が俺の肩にそっと手を置いた。


「イニス様。どうやら先客がいるようですな」

「え、ああ……あいつら、か」


 ルコック、とこの子はあいつらの誰かの名を呼んでいた。

 助けてくれ、と魂の悲鳴が上がったのを、彼らは耳にしてげらげらと品のない下卑た笑い声を上げて、彼女が逃げ惑う様を観劇するかのように楽しんでいた。


 ふつふつと俺の心の底から、いえようのない怒りが湧いてくる。

 それは純粋なもので、とても強い意思が込められているものだった。


 義侠心、とでも呼ぶのかもしれないそれを俺は抑えることができないでいる。

 ロアン爺はそんな俺を見て、「どうしますか」と再度、訊ねてきた。


 俺は彼女の上半身を抱いたまま、無言で左手首に嵌まっている、銀の環を目の前に持ってくる。

 爺はこれをどう使えば、俺のスキルがどう発動するのか。


 自分が持つスキルを発動させるときの経験を交えて、手短に俺に教えてくれた。

 どんなスキルでもそうだ。


 発動する時には、自分と他人をと隔てる、特別な結界が身の回りに張り巡らされる。

 それは術者にしか分からないものだ、と爺は俺に語った。


 神殿の中で感じた鏡に包まれた丸い閉じられた世界。

 あれがそうだ。俺の持つスキル【消去者】が作り出す結界が、それだと俺には分かっていた。


 発動すると、青白い光が周囲のありとあらゆるものを透過して、ある程度まで広がり、また戻ってくる。そうすると、俺には青い光の回収してきたすべてのスキルに関する情報が手に取るように分かるのだ。


 明確に、端的に、誰のスキルを消去し、誰のスキルを残さないのかを決めることができた。

 それが、あの鏡面世界だった。


 足元には白黒に映る他人がいて、頭上には鏡に映ったもう一人の他人がいる。

 爺をスキルの範囲に取り込んだら、足元には白黒の爺が。上には鏡に写った逆転世界の爺が、色を与えられて、吊り下げられたかのように俺には見えるのだ。


 足元にいる人物のスキルが消去され、上にいる人物のスキルは影響を受けない。

 それは魔獣だったり、獣人だったり、俺より上位の魔法使いであっても関係なく、任意のスキルを消去することができる。


 俺が拳を握りしめて、爺に告白した。


「俺は許せない。この子を……あんなことをして、他人の命を賭けるあいつらを……許したくない」

「まあ、それがまともな返事ですな」


 しれっと爺はそう言って、アニーを俺の手から預かると、その全身を抱いた。

 合格点、を与えれたということだろうか。


 爺は普段は孫にあたえるような、無条件の優しさを与えてくれるが、こと戦いのことについては冒険者の先輩として厳しい師匠と半人前の初心者のような扱いをする。


 俺はそれに応えるべく、自分の銀環を再度、見つめてみた。

 上からは魔毒竜の咆哮と、それを撃退しようとするルコックたちの放った攻撃魔法だろう。それらが迷宮の壁を壊し、床を揺るがして俺たちの周囲にがれきの山を降らせてきた。


「時間があまりありません。やるならば、いまのうちです!」

「うん……爺とその子のスキルを消去しないように頑張るよ」

「信じています。ええ」


 爺は頬に一筋の汗をしたたらせてそう言うと、ふわりと宙に舞い上がる。

 全身はあの幻の炎に包まれていて、落ちてきた瓦礫がそれに触れるとジュワっと音を立てて溶けていく。あの子は無事だ。爺の側にいる限りは。


 俺は【消去者】の声を聴いていた。早くスキルを食べさせろ、消去させろ、役割を与えてくれ、と。俺のなかでやつは悲愴な叫び声をあげて懇願するのだ。

 まるで行き倒れになった浮浪者が水を求めるかのように。


 ごくりと唾を呑み込むと、銀環を手首から外して右手に握りしめた。

 青白い光は俺を中心として四方へと同時に疾って消えていく。


 それはこの階どころか、上下数段に渡って迷宮の構造やそこに眠っている魔獣たち、アニーを殺そうとしたルコックたちから、爺に至るまで。

 ありとあらゆるスキルを持つ存在の情報を仔細に記録し、つぶさに俺に報告する。


 俺の瞼の裏側には、立体的な輪郭を持つ、迷宮の設計図のようなものまでくっきりと映り込んできた。その光景を焼きつけるようにして、瞳を開く。


 いま俺が見ている光景は鏡面世界のものだ。

 まだ目覚めていない封印された魔獣たち、ルコックたちのスキルから爺と眠っているアニーの姿まで、俺の足元と頭上に彼らは反映されていた。


「誰も見たくないよ、こんなもの」


 軽い絶望感に俺は襲われた。

 これから他人の命とも言えるべきスキルを消去し、奪う去るのだから。


 俺のこの手に、その判断が委ねられているのかと思うと、責任を感じてしまい、重圧に吐き出しそうになる。

 だが、スキルは発動してしまった。後戻りはもうできない。


「消去しろ。あいつらと魔獣の全てを奪え」


 俺は意を決すると、【消去者】に命じた。



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