第11話 side アニー3
おいおいそれはないだろう。
予備でかけておいた麻痺の魔法が効力を発揮したらしい。
いざという時のために購入していた身代わりの宝石が鈍く赤く輝いて、喉元から砕けて散る。
下半身はあっという間に再生され、同時にとてつもない途方もない威力の痛みが、脳を焼いた。
「うわあああーっ!」
魂の慟哭、というのは多分こういうことをいうのだろう。
最後なんて音になってない。
空気をびりびりと振動させたその声に驚いた、魔毒竜はすみれ色の綺麗な瞳を爬虫類のようにぎょろりとさせて、数歩後ろに後退した。
「おまえみたいな奴隷はすぐに見つかるんだ。死んでも問題ない、ほら死ねよ!」
浴びせられる毒の息、叩きつけられる絶縁状、そして仲間の裏切り殺害予告。
その冷酷無比な言葉を発したのがリーダーだと分かった瞬間、それまで立っていた足元は、彼のスキルによって粉々に打ち砕かれて、四散する。
ボクと魔毒竜。
その二つの視線が空中で交差する。
ボクは言葉を告げることすらできなかった。
仲間の裏切り、死の予感、絶望の淵。
魔毒竜はそのでっかい口から大量の毒液をボクに吹きかけてきた。
溶けていく、解けていく、足場が無くなったのは仲間の裏切りだと、謎が解けていく。
ボクの体も、魂も、心の隅々に至るまで、分解されて消えてしまう。
もう一度戻らなければ。
どうにかしてここまで生き延びてきたけれど、もう無理かもしれない。お姉ちゃんを許してくれリーズレット。
父親の代わりになって、お母さんとおまえがまともな生活をできるようにしてやりたかった。
万能の盾でもあればな……こんな酷い仕打ちを受けることだってなかったろうに。
もっともっと彼らと肩を並べて、国の英雄として迎えられたかもしれないのに。
パーティメンバーどころか、冒険者ですらもなく、ただの奴隷として死んでいくだけの運命に生きるしかないなんて……。だけどもう、これ以上苦しまなくていい。
「今度は本当に死ねる……」
そう呟いたときだった。
「諦めるのは、まだ早いですぞ」
五感が瞬時に回復した。痛みがあっという間に溶けて無くなった。
失ったはずの部位が、視界が、臭いが、触感が、音が復活する。
その優しくてあたたかい言葉は、闇に沈もうとしていたボクの魂を救いあげ、魂はボクに命じた。
生きろ、と。
「みぎゃあああっ―――!」
生きたい! 魂の慟哭が喉の奥から、湧き上がる。
それは自分でも耳を防ぎたくなるほどの、大音量だ。
そして、消えた。
魔毒竜が突然現れた巨大な人物のたった一蹴りによって、視界から掻き消えてしまった。
同時に、ルコックたちがいたはずの辺りにどおんっ、と大きな衝撃音とともに、吹き飛ばされた魔毒竜の肉体がめり込んでいた。
「君、大丈夫?」
二人目。
見知らぬ誰かの声。
差し伸べられた左手には銀色の環が輝いていて、視線を上げると、そこには真っ蒼な髪色をした同年代の少年がいた。
「イニス様!」
いかつい顔つきの巨躯がその後ろに立ち、静かに叫んだ。
「あ、うん。もう、安心していいよ」
「あ、う……」
「助けにきた。さあ、いこう」
少年がそう言って、再度、その手をかたむけてきた。彼が助けてくれたのだ、と理解する。
「あ、りがとう……」
ほろっと熱いものが頬を伝った。涙だと分かったときには、両頬にそれが落ちていた。
助かった。もう苦しまなくていい。
安堵を覚えた途端、それまで生き延びることに極度の緊張を強いられてきたせいなのか、ボクの意識はふわり、と空に浮かび上がる。
「あ、おいおいっ!」
少年の声が聴こえる。ごめんなさい……。
そう呟いたのが、最後に残っているそのときの記憶だった。




