夢追い人の思い
・・・これが運命と言うなら、僕は神様にしたがいます。でも、こんなに切ない想いは、一生に一度っきりにして下さい。どうかお願いします。・・・
《バイト終わり》
あっ、先輩お疲れさまでした!
おお、お疲れさま。悪いけど明後日たのむわ!
分かりました。先輩も楽しんで来てください!
ああ!、でも初のデートが動物園じやなー!悪くはないけど、地味と言えば地味かな~!
そうですけど、ゆっくり色んなこと話せますし、家族連れとかいて、僕は気取らなくていいと思います!
分かるけどな、、ただ動物を見て、何話せばいいのか、なかなかイメージが湧かなくってさ!
相手の方も、それでいいって言われてるんでしょ!
ああ、二つ返事で、のりのりさ!、一応スカイツリーとかも考えたんだけど、高さも高いけど、金も高い。だから動物園にしたんだけどな!
まっ、とりあえず、流れに任せて行くしかないか!
文化の日で、学校も休みだし、バイトのシフト変更も店長にオッケーもらったしな!
そんで、おまけにデートって言ったら、店長に気合い入れられて、頑張れだってさ!
僕は、今のところバイトしかやること無いですし、未だ、先輩からお願いされてる、作品のイメージも固まっていませんから!
そっか、分かった。何だかんだと、いつも悪りーな!
いいんです!
ところで、お前、明日学校は?
午前中の近代技法のあとは、画材屋に行って来ます。とりあえず、そんなところです!
そっか、おれは朝イチから製作室にこもって、仕上げに入る。個展に間に合うようにな!
時間があったら、顔出してくれ!
はい、そうします!それでは、明日また。
おう、じゃな!
・・・個展の前にデートかあ、いいなー。描けない時期にバイトで気を紛らわしてる、、、俺はいったい、なにしてんだか!
あっ、先輩から(電話)だ。…もしもし!
悪りーな、今さっき会ったばっかで、、、
あのさー、明後日のことだけど、俺に代わってデートしてくんない?お前しか、たのめる相手がいないんだ。
ええ!どうしちゃったんですか?
いやぁ、つまり、前の彼女から今電話があって、よりを戻したいって。だから、悪りんだけどバイトは俺が代わるから、なっ!、なんとかたのむよ!
ええ!?、その人は先輩と知り合い、ではないんですか?
んー!、未だ会ったことはない。ホントは作品のモデルの打合せのついでに、動物園でもって誘ったら、一緒に行くってことになって!
だからお前が、俺の代わりに会ってくれれば、どってことない。言ってる意味わかるだろ!
はあ、分かりますけど!
じゃあ分かったと言うことで、後で、詳しく相手のことや、時間とか説明するから、明日、学校でな!…よろしくたのんだぞ!
あっ、はい!
・・・なんか嫌な予感がするけど、久々にデートみたいな時間ができるし、まっ、いっか!
《学校》
おお、ちょうど切りがいい!昨日のことだけど…。
これが相手からのメールで、相手のメジルシだ。そんで待ち合わせの、場所と時間!
この場所に着いたら、こっちが写メする。それを相手が見て、手を振ってという感じた!
彼女の名前は『岡』、今お前に送信する。
俺の名前は相手が知ってるし、学校に絵画モデルで来たことがあるって言ってた。
じゃあ、僕が先輩に成りすます、ですね!
まあ、そんな感じだ。これ少ないけど、二人でお茶でも!
あっ、はい!分かりました。
ちょっと先輩の作品、見ていいですか?
おう、あとは背景のバランスと、先生に見てもらって、、てとこかな!、でも、問題はそこから先の話しだ。買っていただく方が現れるかだな!
先輩は、絵を描くために、スポンサーを見付けるって、前に言ってたじゃないですか!
そうだ。だからそれが、元カノ、いや彼女!
いちおう、飯と住む場所はタダだし、バイトでそれ以外の金を稼ぐっていうのは、前の彼女のこと。今は、全部出してもらえる…[予定だ!])。
そろそろお前も、卒業までには、なんとか考えた方がいいって、、俺はそう思うな!
そうかも知れませんが、いやいや!とりあえず明日のデートのことで、いっぱいです!
じゃあ僕のバイトの代わり、お願いしますよ!
ああ、こっちこそ宜しくたのむな!
はい!
《待ち合わせの場所》
・・・えーと、メジルシは『メガネと、シャネルのバッグ』、そろそろ時間だ!
・・・ここで写メを撮って、ここに貼り付けて、送信と!
誰も手を振って…あっ、あの娘!、、、違うか!
何だ、このドキドキ感…。
・・・もう20分も経過!、帰るに帰れない、、。
あの、高林さん、ですか?
はい!
あ、やっぱり!、想像してた感じの人でした。
え!?
佐山さんから聞いてた通りの方で、本当にいいやつがいるから、お前に紹介してやるって!
よく分かりませんが、あなたは僕のことを、知って、たん、ですね!?
そうですよ!、佐山さんは父の絵画教室の生徒さん。今は、父と一緒に指導されています。
あの〜、絵画モデルの打合せとか聞いてませんか?…あと、動物園とかも!
はい、そうですね。ちゃんと聞いてます。久しぶりに動物園も、入口の近くのお団子屋さんも、この辺も懐かしいです!
じゃあ、この辺は詳しいと言うことは!
もしかして、先輩とお付き合いされていた、とか?!
あっ、いや、ごめんなさい!先輩が、元カノさんとよりを戻したって言ってたんで、つい、失礼極まりないことを聞いてしまいました。
佐山さんの元カノですか?そっか、それで分かりました。佐山さんは、卒業したらアメリカに留学されるんです。うちの姉と婚約されていて、向こうで暮らす予定ですよ。聞いてませんか!?
いや、聞いてません。あっ、立ち話も何ですので、さっきのお団子屋さんに行きますか!
《歩きながら》
あそこですよ!、あの坂の上です。
へえーこんなところに、いい感じだ!
《お団子屋》
・いらっしゃいませ、空いてるお席にとうぞ!
こんなとこ知りませんでした。僕は、学校とアパートの往復と、バイト先以外、この辺はあんまり!
すいません。お名前伺ってませんでした。
そうでしたね。私は『岡絵里』です。携帯のメルアドにアルファベットであるとおりです。
そっか!絵里さんですね。
よく考えたら、僕があなたにメールを送った時点で、佐山さんじゃないって、分かったんですね。
あっいえ、僕は佐山さんに成りすますつもりだったんです。本当にごめんなさい!
私も佐山さんの説明が、何だかおかしいと思ってました。あっ、あなたを紹介してあげると言われたときではなくて、動物園に行きたいと、あなたが言われたと聞いて!
そうですよね。たぶん僕がこの辺を、あんまり知らないと、先輩が分かってたからだと思います。だから、動物園なら落ち着いて話が出来ると。
岡さんは、この辺は詳しいんですか?
ええ、高校が直ぐそこの公園のわきでしたから!
でも、友達とはあんまりいい関係じゃなくて、帰りは一人でこの辺をブラブラしてました。
モデルのお仕事は、かなり?
ええ!、父の関係でたのまれて何度か。でも、長い間動けないので、月に一ニ度程度です。
失礼だと思いますが、もし僕がモデルをお願いしたら、おいくら位でやっていただけるんですか?
ノーコメント!、本当にお描きになられるなら、何時でもご相談に応じます。
すいませんでした。僕は今、描けないんです。なので余計なことでした!恥はかけますが…。あっ、これはもっと余計なことでした。
佐山さんから、高林さんというポテンシャルの高い絵描きさんが、スランプで喘いでいるって聞いてます。前に佐山さんは、私の絵を描かれた作品が、日展に入選されたので、ラッキーガールって言ってました。
それに、これは余計なことですが、私の名前『OKAERI』は、お帰りなさいです。ですから、またあなたが絵を描けるようになって、あなたと語り合いたいって、言ってましたよ。
はあ、そうでしたか。おかえりなさい、ですね!
あの〜、動物園に、行きましょうか!
はい。行きましょう!
この店は僕が…先輩から頂いているので!
じゃあ、ごちそう様です。
《動物園》
僕は子供のとき以来かなー!
私は高校のとき、一人でよく来てました。ライオンやトラと顔なじみで、よくお互い挨拶したり、してました!
えっ、本当に!?
動物たちにも、ちゃんと表情があることに気付いたんです。ただ、人間には分かりにくいだけで、皆んな顔や鳴き声や、体の動きで表しているって!
安心したときや、子供を可愛がっているときは、少し間抜けに見えたりします!
そっか。じゃあ、あのチーターはどんなことを考えてるのかな~。
たぶん、たぶんですが、あなたを美味しそうって思ってる!
いや、それはないでしょ〜。どちらかと言ったら絵里さんでしょ!
・・・あれ、彼が初めて冗談と、名前を言ってくれた(笑)!
絵里さんは、モデルをされているから、モテる!
そのギャグセンス、修行し直しですね!
絵画モデルの場合、あまり可愛らしいとダメだって、父が言ってました。
そうかなー!
《別れ際》
今日はありがとうございました。楽しかった!
こちらこそ!
また連絡していいですか?…あっ、いや、モデルのこととか、お願いすることがあるから。はい、あの…はい!
いいですよ。またデートしましょ!
はい!よろしくお願いします!!
じゃあ、無事に終わりましたって、私から佐山さんに連絡しますね!
よかったら、写メ撮りましょ!二人の顔を、近づけて、、それでは、はいチーター!
ぶふっ!、チーターですか!
《学校》
どうだった、昨日のデート?
ありがとうございました。いろいろ気を使っていただいて!
いい感じの娘だろ!
あっ、はい。素敵な方だと思います。でも…。
その弱気がお前の課題だな!絵里はいま、画材屋で働いてるんだけど、聞いたか?
えっ、そうなんですか!そんなこと全く。
先輩は彼女のお姉さんと婚約されて、アメリカに留学されるとは聞きましたが。
そっか。絵里と姉の紗絵は実は双子なんだ。お前より一つか二つ歳上かな。俺も子供の頃から見てるけど、しょっちゅう間違えてた。
それも聞いてません。お父様の絵画教室で先輩が教えてるとは聞きましたけど。
姉の紗絵は、芸術とは全く関係ないんだ。獣医のたまごだよ!、それも大型肉食獣が専門だ。だから日本よりアメリカで、もっと経験を積みたいって言ってね!
それで、婚約してる先輩が、アメリカに一緒に行くんですね!
なんか、僕には別の世界みたいに聞こえます。
俺もいろいろ悩んだんだが、まあ、結論としては、いまの日本で近代アートを中心にやっていける環境はないし、卒業のタイミングを考えて、決めたってこと!
そうでしたか!
そっか、絵里さんと僕が付き合うと、流れで先輩の代わりに、僕がお父様の絵画教室で、教えることもできるってことに!
まあ、そうも思ったが、お前がもっとグイグイ押すようなタイプならな〜。スランプの画家が教えるのは、何だか生徒さんに失礼だし。
あっ、いやあ、まあそうですけど!
お前、彼女を描いてみないか?
……、やってみたいと思いますが、また途中で描けなくなると…いえ、そこまで言っていただけるのに、描かない理由はないですね。描きます!
分かった。やってみるか!
彼女に直ぐに連絡してくれ。彼女も画材屋のシフトの関係があるから、たのんだぞ!
はい、分かりました!
必要だったら、いつでもバイトは俺が代わるから!
すみません。よろしくお願いします!
《初めてのデッサンの日》
失礼します!
ゆったりした部屋のレイアウトですね、いいな〜!
本当に何もかもお世話になって、お父様の教室を借りて描けるなんて、恐縮です!
ちょうど今日は教室がお休みですし、道具も照明も揃っているので!
ここでいいですか!
じゃあ、準備ができたら、始めさせていただきます!
はい、メガネを外しますね。髪は流したままで!
・・・もう描き始めている。集中すると何も聞こえないみたいだわ。
・・・メガネを取ると、全然違う表情が浮き上がる。髪を解くと、ホント、モデルの雰囲気に覆われる。…素敵だ!
ふーっ!、もう4時間か!
長い間お疲れさまでした!
はい!じゃあ、コーヒーでも入れましょうか?
すみません。お願いします!
あのーちょっと、あそこに置いてある作品、見ていいですか?
どうぞ!父の作品と、何枚か佐山さんのがあると思います。
うわー、、迫力がハンパないな!、これが実力か。
あっ!、、絵里さんの肖像(未完成)が、何枚かある。どうして描き上がってないのが、こんなにあるんだろう?!
お待たせしました。コーヒー!
はーい!
ありがとうございます。
あの、あそこにある作品に、何枚か絵里さんのがありますけど、どなたが描かれたんですか?
父です。それに、あれは私ではなく母の肖像画です。
私も姉も、あの絵を見て驚きました。3人ともうり二つ。いえ、うり三つ!
お母様は、今どちらに?
母は、私と姉が一歳になって直ぐに、他界しました。私たちの妊娠が分かった直後に、乳ガンと診断されて、転移して亡くなったんです。ですので、母の記憶がなくて!
どうもすみませんでした。僕は…いえ!!なんでもありません。いつも、、大事なことに気付かない、間抜けです。ごめんなさい!
もう前のことで、姉も私も母の思い出はありませんし、居ないのが当たり前だと感じてます。
たぶん父は、私たちが母に、日に日に似てくるのを、色んな思いで見ていると思います。簡単には忘れられないですから!
あっ、コーヒー頂きます!
ごめんなさい。つい話し込んで!
他の作品は迫力に圧倒されて、素晴らしいし!、もう、実力の差を見せ付けられているようです。
あれは、全部、母が亡くなってから、その悲しみを作品にぶつけたと、父が言ってました。その前は、父も描けなくって、母のデッサンを繰り返し描いていたそうです。その一部が残っているんですよ。
そうでしたか!
絵を描くパワーはテクニックじゃないと思います。でも、心を切り取ったような作品に出会うと、僕は怖気づくと言うか、圧倒されると言うか!
高林さんは、きっと優しい方だからですね。その優しい心をお描きになればいいのに…。
あっ!ごめんなさい。素人の私が言い過ぎました。そうだ、大事なことを聞き忘れてました。
あっ、今回のお金ねことですね!
ぶっ!!、違います。お名前です。それに、お金の無い方に頂くつもりはありません。もし、作品が売れたら考えて下さいね!
僕はほんとにダメだな!、また失礼なこと言って!下の名前は『雄介』です。高林雄介!
あれ!、先輩から留守電が入ってました。なんだろう!
あのー、僕は今日はこれからバイトです。予定通り来週も、今日と同じような感じでお願いします。
はい、分かりました!佐山さんにも宜しくお伝え下さい。
《バイト先》
すみませんでした。遅れちゃって!
絵里さんが、先輩に宜しくって言ってました。
おう!何となくあいつ、最近よそよそしいんだよな〜。
だって、俺に宜しくって、気を使う間柄じゃないし。
そうですか!
僕には普通に見えましたけど。でも、2回目ですが!
まあいい!明日、時間見付けて、絵画教室に顔出してくる。お父さんに聞きたい事もあるし!
お父さんですかぁー、婚約すると、そう呼ぶのか!
バーカ!子供の頃からだ!
《絵画教室》
・・・『誠に勝手ながら、暫くお休みします。』
なんだよ〜この貼紙!電話も繋がらないし、メールも見てくれない。どうしたんだ!!お父さんも、紗絵も、絵里も!
《翌日の学校》
高林、悪いけど、次に絵里に会うのは何時だっけ?
来週の月曜日です。お昼の1時頃に絵画教室で2回目のデッサンですが、何かあります?
じゃあ、俺も一緒に行ってもいいか?
はい。できれば作品のアドバイスを頂きたいですし!
分かった。絵里には内緒にな。驚かすつもりだ!
はい。じゃあ現地で!
《2回目のデッサン(月曜日)》
お疲れさま!、おじゃまします。
ああ、先輩!わざわざ来ていただいて。今、こんな感じです。
あれ、絵里は?
先輩かそろそろ来るって言ったら、急に用を思い出したって。でも、直ぐに戻るそうです。
そっか。これ差し入れ!店長からだ。店の品物で悪いって言ってたけどな!
すみません。あそこの惣菜って家庭の味なんですよね。
まあな、あの人が店長になってからだけどな!
あっ、絵里さんが戻って来た!
あれ!!、、紗絵?だよな、明日アメリカから戻って来る予定じゃなかったのか?
そう言ったけど、、実は嘘ついてたの。本当にごめんなさい。
どうして嘘なんか!、じゃあ、絵里は?
その事だけと…。今、パパが来るから少し待ってて!
あのー、これ先輩から頂いた差し入れの惣菜です。結構美味しくて、僕もファンなんです。
高林さんにも、ちゃんと説明させていただきます。作品の製作途中で本当に申し訳ないと思いますが、どうか宜しくお願いします。
えっ!また僕、何か失礼なことやっちゃったんでしょうか?
とんでもありませんわ!
あっ、紗絵!お父さんが来られた!
すまん。突然、こんな話をする事になるとは、私も気持ちが、ちゃんと整理できないんで、心苦しいんだが、落ち着いたら君に話そうと思っていた。それが、今になるなんって!
本当に、未だ実感がわかないんだが…、
実は、絵里は亡くなったんだ。君が、先月うちに来て、高林さんを紹介していただけると、言われた次の日に、自転車に乗っていて、タクシーと出会い頭に!
えっ!まさか、嘘でしょう!!、嘘でしょう!!
だって、僕とメールしてたし、高林と会うのを楽しみにしてるって!
すまない!君と紗絵のアメリカ行を考え過ぎていた私の責任だ!絵里が亡くなったとを言ったら、君がやろうとすることに、わだかまりを抱くんじゃないかと!
君には、アメリカに行って、思う存分活躍してほしい!それでどうしても話せなかった!
じゃあ、あの後のメールや電話は、全部紗絵が?
ごめんなさい。絵里の携帯を預かって、私があの子に成りすましていたの。それに、高林さんにも、嘘を付いてしまって!…本当にごめんなさい!
じゃあ、僕と一緒にお話ししていたのは、全部紗絵さんだったんですか?僕は、全く違いが分かりませんが、普通に絵里さんが近くにおられたように感じてました。
泣かないでください!僕は、紗絵さんが悪いと思っていませんから!
高林さんと、初めてお会いしたとき、私も絵里が近くにいるような気がしていました。
こんなに悲しいときに、双子でも、あの子に成りすますと、話しづらかったりするのかと思いました。でも、あなたが優しく接して下さり、絵里の高校時代のことや、動物園で猛獣たちと仲よくなったことを、まるであの子が私と入れ替わったみたいに話せたんです。そして『お帰り!』って、子供の頃、冗談で名前とお帰りなさいを、、、あの子が落ち込むと言ってたことを、思い出したんです。
皆んな、本当にすまないと思っている。こうなったのは、全部私が至らなかったせいだ!
どうか紗絵を責めないでほしい。どうか、私のように悲しみを引きずって、キャンバスに向かうことがないよう、君たちに本当の芸術を極めてほしい、そして幸せを掴んでくれ!
《一ケ月後》
・・・あれから一月。
僕は、絵里さんの絵、いや紗絵さんがモデルの絵を、一旦あの時のまま絵画教室に置かせてもらうことにした。そして僕は、違う絵を描き始めた。何枚も何枚も描いた。それは、あの動物園のライオンや、トラや、チーターの絵だった。
その絵は、絵画教室で子供たちに人気となり、僕は時々、絵を教えることになっていた。
今は自分でも不思議なくらい、動物たちの思いが伝わってくる気がしている。たぶん、絵里さんが生きていたら、僕と一緒に動物園で動物たちのことを話して、いつも笑いながら過ごしているだろうと思っている。・・・
《動物園のチーターの前》
あのー、高林さんですか?
そうですけど!
私、絵里の従姉妹で、多田絵麻と言います。突然で驚かれたと思います。
あっ、はあ〜!どうして僕がここに居ると?
紗絵から聞きました。いつも動物園で絵を描いているって!
ん!?でも、ここにどうして?
絵里の思い出を探しに来ました。
あの子が落ち込むと、この辺でチーターやライオンとお話ししてたんです。…私も一緒に、です…。
ええ!あなたも、動物たちと話したりするんですか?
いいえ、あの子がライオンに話しかけると、私が、ライオンに成りすましてました。岡絵里(お帰り)僕はライオンくんだよ!、今日も学校で、なんか嫌な気分になったな?とか言ってました。
へえ~!そうなんですか、、。
中学、高校と姉の紗絵は頭が良くて、大学の附属高校から推薦で獣医になるルートでしたが、絵里と私は、学校を休んでばっかりでした。
じゃあ、絵里さんのこと、いろいろご存知なんですね!
そうですけど、お知りになりたいですか?
いいえ、そうではなく、、あの時から自分で勝手に想像してるだけです。
なるほど!
何か気付きませんか?
えっ、何のことでしょう。僕、また失礼なことしたでしょうか?
確かに、ちょっと鈍いかな!
私と話してて、気付きませんか?
はあ〜?!
髪が短いとか、絵麻って、神社に飾ってある絵馬とか!…
それですか(笑)!
私の声が誰かに、似てると思いませんか?
んー、、じゃあ、『あなたのお名前は、高林雄介さんですね!、私は岡絵里です!』…気付かれましたか?
まさか、絵里さん、いや紗絵さんの声だ!
モノマネが上手というか、そっくりです。スッゲー!
そのとおり!私と紗絵と絵里は、戸籍の上では従姉妹ですが、三つ子なんです。実の母が癌で闘病中に、私は母の兄のところに養子に行くことになったんです。
ですから、紗絵と、絵里と、絵麻は一卵性の三つ子!
確かに、そう言われれば似てますが、髪も短いし、体型も筋肉質で、マスクされていて…。
じゃあ、マスク外しますよ!
、、!……。
・・・そっくりだ!!
確かに、私もそう思います。今はラクロスに夢中で、顔は黒くて、ガタイはいいですが、高校生のときは3人いると、親でも分からないくらい、そっくりでした!
そういうことだとは、全く知りませんでした!
これが、高林さんの、子供たちに人気のライオンの絵ですね!
わあー、迫力が凄いし、なんか生きているみたい!
あっ、いやぁ〜、チーターですけど!
また、いろいろお話ししましょう。なんだか高林さんとお話ししていると、ホッとします。不思議ですね!
ええ、もっと絵里さんのお話しが聞きたいです。
とても素敵な方だったんだろうなって!
僕は、紗絵さんを描いてましたが、あの時は絵里さんだと思って描いていました。まだ、描き上がってないけど、いつの日かあの絵を描き上げないと、ずっと夢を追い続けているみたいで!
でも、私はモデルはしませんから!
はい、分かってます。早く現実に目覚めないといけないと!
それは、私も高林さんと一緒かな!
《成田空港》
・・・僕は、あの絵を描き上げる目標の日を、勝手にこの日と決めていた。でも、それはかなわなかった。
先輩!、いろいろありがとうございました。
いや、それを言うなら、こっちもだ!紗絵も君に悪かったって。でも楽しかったって言ってた。お前と一緒に居たときの一つ一つが、頭から離れないって!
ああ、絵麻さん!先輩の見送りに来てたんですね!
ええ!この前はありがとうございました。
なんだ絵麻は!お前と知り合いだったんだ!そっか…。
じゃ、俺そろそろ行くわ!
あとは宜しくな!
はい!お元気で、、あっ、向こうで頑張って下さい。あ、あと紗絵さんとお幸せに!
………、行っちゃいましたねー!、僕は、、いえ、何でもありません!
佐山さんが、私に高林さんのことを宜しくって!、どうせあの絵は仕上がらないし、絵里みたいに動物園に行ってばっかだからって!、
よかったら、お茶しませんか?!
そうですね!、気付きませんでした。ホントは男の方が誘うのがスジでした!
《空港の喫茶店》
絵麻さんは、何をお飲みになりますか?
ホットコーヒーを!
じゃー、僕も!
サイズはMでいいですか?
僕が持って行きますから、席に座ってて下さい。
はい!
どうぞ。お待たせです!
ありがとうございます!
高林さんは、もう絵を描けるようになったんですか?ライオンの絵ではなくて、他の絵とかを描けるんですか?
たぶん…描けると思います。ただ、自分で描きたいと思うものに、なかなか出会えてないだけだと思います。
そうですか。あの紗絵がモデルになった絵を、超えるような対象に、未だ出会えてないんですね!
それが本当なら、一生描けないかも知れませんよ!だって、あの絵は好きな人を描いている絵じゃないんですか!
僕は……、、
高林さんは、絵里を騙った紗絵に興味を持った!それで、描けない絵が描けるようになった!違いますか?
確かに、僕はあなた方三姉妹の関係は知らずに、目の前にいる素敵な女性を好きになり、その方が岡絵里と妹の名前を名乗られた。だから、描き始めた!…そのとおりです。
紗絵は、あなたがいると、まるで絵里が近くにいるような気がしたと言ってました。それってどういう意味か想像してみてください。
妹が急に亡くなって、、本当は妹が佐山さんのことが大好きで、ずっとそのこと紗絵は知ってて、あなたを紹介してやるって言われた妹が、会う直前に亡くなって……。
それは!そのことは本当ですか?
絵里さんが佐山さんを好きだった!じゃあ、なぜ僕を紹介してやるって言われた時に、断らなかったんですか?
私には、私たちには分かるんです。なぜか分かるんです。紗絵がアメリカに行く前に、私に預けていった絵里の携帯に、あなたと紗絵が一緒に写った、、二人が初めてあった日の写真が、待ち受けになっていました。
紗絵は、アメリカに行って佐山さんと結婚しても、あなたとの思い出を大切にすると思います。最初は亡くなった絵里の代わりのはずが、絵里が好きになれば良かったあなたのことを、亡くなった彼女が大好きだった佐山さんのことを思って、…。
すみません。感情的になって!
紗絵は、絵里が亡くなって、彼女の携帯を預かって、佐山さんの写真が全部消されて、残っていないことを知りました。きっと絵里は、佐山さんにあなたを紹介してやるって言われたので、会う前に、彼女なりに覚悟を決めたと思うんです。
そして姉の紗絵はうすうす、絵里が佐山さんを忘れようとしていたと…、本当に好きだった人を忘れようとしていると、気付いていたと思います。
簡単には整理できなくても、岡絵里という子は、岡絵里はいつも自分のことを我慢して、やせ我慢して、夢を諦めて生きてきたんです。
うっうっ…、、、
僕は、僕は、紗絵さんが「OKAERI」って言ったときに、この人からお帰りなさいと言われたら、なんて幸せだろうって、、思いました。
でも、僕の悲しみは、あなた達から比べれば、大したことないと分かるんです。でも、悲しいし、苦しいし、忘れられないし、会いたいし!
グシュ!…、、、
すみません。僕まで、…。
《さらに一月》
・・・先輩の佐山さんがアメリカにたって、一ヶ月が過ぎた。僕は暫く、動物たちの絵を描くことを止めてしまっていた。
でも毎週、絵画教室で子供たちに絵を教えている。最初はこの子たちも、僕のように描けなくならないかと気になったが、今は楽しい。絵を描くことより教えることの方が、自分らしいと考えることもある。
今日の教室は、ここまででーす!
皆んな薄炭を使って、竹や岩を描くのがとても上手になりました。七夕の飾り付けに是非使ってみてください。
はい、忘れ物がないように、帰りは車に気を付けて、お家に帰りましょう!
はい、ご一緒に!『さようなら、また来週!』
なかなか板につているじゃないか!
子供たちも楽しそうだし(笑)
ああ、岡さん。ありがとうございます。
このあと、来週から君のクラスに入りたいという子の面談だ!それが終わったら、少し話したいことがあるから、待ってて下さい!
はい!、片付けもありますし、バイトも休みですので大丈夫です。
お待たせしたね!
いえ!とんでもありません。
コーヒーでも入れようか!?
……はい!
さあ、どうぞ。この豆はいつも、北新宿の親戚の店から特別に仕入れているんだ。古い釜で焙煎したやつをね!
どうりで、香りも味も他ではなかなか出せないレベルですね!
うちに来て、先ず色んな絵の具の匂いがするだろう。人がいるのに、夢中で絵を描くと『シーン』と静けさだけを感じるときがある。そんなときに、この香りが、いい感じで気持ちを解きほぐしてくれる。
タバコもお酒もやらない僕の、こだわりかな!
娘たちも、おかげでコーヒーにはうるさくなったよ。
絵麻さんも、ですか?
そうだな!
養子と言ったって、自分とソックリだから、三つ子だと直ぐに分かってた。子供の頃、よくここに来て、そして僕にコーヒーを入れてくれたよ。
後で君に見てほしいものがある。
実は、描きかけだった絵を、また描き始めて、昨日完成したばかりなんだ。
そうですか。是非見せて下さい。
これがそうだ!
……。これ、三つ同時に描かれたんですか?
そう!、そうしないと、それぞれのイメージや思いが重なるんでね!
僕には、違いがほとんど分かりませんが、たぶんこの絵は、紗絵さん、これは絵麻さん。
そして、これが絵里さんですか?!
ああ!、そのとおりだ!
20年もそのままにしていた妻のデッサンから、また少しづつ描き始めたものなんだ。私の記憶の中にある、三人の娘のことを、何とか残しておきたいと思ってね!
そうですか!
僕は絵里さんと、お会いしたこともありませんし、お写真も見てませんから。
確かに、そうだね!
でも、私の絵を見て、直ぐに三人を見分けられるのは、あの娘たち三人を除き、、あっ、いや二人を除き、君と佐山君しかいないと思うよ。
そうだ!、絵里の写真のことだけど、君は既に見たと言った方が、画家としては正しいかも知れませんよ!
えっ、それはもしかして、あの携帯の待ち受け画面のことじゃないですか?
あれは間違いなく紗絵さんですが、あの笑顔とピースは、紗絵さんの感じと少し違って見えました。エクボのでき方とか、口に力を入れて笑ってる感じなんか!
そう、それそれ!
あの娘は、いつも笑うと同じ顔しかしなかった。本当に嬉しかったらクシャクシャでいいのに、どこか気遣いしたり、はにかんだりして見えた。その点、紗絵と絵麻は思いっきり笑って、怒って、泣いて。エクボは君の言うとおり、三人とも微妙に違ってできる。
いや、さすがの観察力だね!
絵里さんは、亡くなる前はどんな感じだったんですか?…本当は、こんなこと、聞いてはいけないと思いますが!
そうだね。君にとって気になるとこだね!
実は、絵里に率直に聞いてみたんだ『佐山君がもし、紗絵よりも、お前のことが好きだったら、これから会う君のことをどうするかってね!』
そうしたら何と言ったと思う?
あの娘は、、絵里は『姉の紗絵に成りすまして、私がアメリカに行く!』そう言ったんだよ。驚いたが、あの娘が、そこまで言うかと。でも、ある意味納得もしたんだけどね!
そうだったんですね。そう言う方なんですね!
ああ、そう言う娘だ!
あのー、僕の描き上がっていない絵のことですが、暫くと言うか、僕が完成させるまで、ここに置かせてもらっていいですか?
ああ、勿論いいが、私はそのつもりでいたよ!
僕も、あの絵はここに置いたまま、当たり前のように描き上げるつもりでした。でも、ちょっと当たり前のことを心配するのが、僕ですので…。
・・・どうしてこうなったのかは分からない。でも、僕はあの時から夢を見ているような、不思議な感覚を毎日感じている。そして、現実が僕を夢から覚まそうとしても、未だ寝た振りをしているのだ・・・
そして、あれから3年が過ぎようとしていた。
紗絵さんから、アメリカで獣医師の資格を取ったので、日本に戻って来るとメールが入った。
僕は、その時までに、絵画教室に置かせてもらっている絵を、必ず仕上げようとしている。・・・
〜〜おわり〜〜
作者 カズ ナガサワ