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第11話 隣の芝生は赤い


 チロル地方を思わせる山並みが描かれた背景の書き割りは、小さな鍛冶屋の店内を思わせるセットに遮られていた。すぐ横にも商家のセットがしつらえてあるから、どうやら山間の小都市であるらしい。


 鍛冶屋の店内には、3つの金床があって、その上に乗った鉄片をかわるがわる、気のない動作で叩いているのは、3人の若い徒弟である。


「なあ、次のクリスマス休暇はいつだい」


「ずっと先だよ。昨日復活祭が終わったばかりじゃないか」


「腹が減ったなあ。クリスマスまで保つかなあ」


 舞台の左手、隣の商家の背後から、初老の男がひょこひょことひょうきんに飛び出してきた。鍛冶屋の前に来た男は、思い切り胸を反らせて、叫んだ。


「グーテンモ~~~~ルゲ~~~~~~ン」


 3人がどたりと横向きに倒れる。


「そこまで」


 監督が叫ぶ。


「いかがですか、総統」


「この瞬間に、カメラを揺らせることはできないのかね。地面が揺れているような効果を表現するのだ」


 ヒトラーは提案した。


「それは、カメラとフィルムに対する悪影響が懸念されます。何分にもカラーフィルムはデリケートですので」


 カラーフィルムを提供しているアグファ社(当時のドイツのカラー写真は、アグファ社だけでなく、コダックのドイツ工場で作られたフィルムも使われているのだそうです。ちなみに、アグファ社のカラーフィルム技術は戦後懲罰的に連合軍の手で世界に公開され、富士フィルムのカラーフィルム開発に大きな力となったことは、同社の社史に触れられています。)の技術者が遠慮がちに反対した。その隣で、真紅の水泳着姿で腕を組んでいるでっぷりとした男は、次のシーンに登場する役者である。


「レールの上にカメラを載せて、前後に移動させればどうでしょう」


「ピントが難しい」


「ならば舞台全体を一枚板の上に載せてですね、油圧ジャッキで上下させれば」


「相当な速度で動かさねばならないが、調整できるか」


「陸軍兵器局の兵器実験課なら大規模な油圧ジャッキか、あるいはクレーンを持っているかもしれません」


 おっちゃんはスタッフの熱心な討議を聞きながら、心の中でつぶやいていた。あかん。こう時間かけて作ったらあかん。ノリでちゃっちゃとやらんと。


 ヒトラーの肝いりによる総天然色大型娯楽映画の制作は、難航していた。


----


 メッサーシュミット戦闘機に乗った新米パイロットたちは、懸命に目を凝らして「敵機」を探していた。眼下には、春の収穫を待つばかりのルーマニアの小麦畑が広がっている。ところどころに緑色の区画があるのは、農民が自家用に作っているトウモロコシである。典型的なルーマニアの農民は不在地主のために小麦を作り、自分たちはトウモロコシを主食にしている。


「こちらカルニバル2。見つけました!」


 元気な声が響いた。


「4機が10時の方向、高度3000」


 その方向には、ビュッカー中等練習機が4機並んで飛んでいる。


「よろしいが、高度は2000といったところだ」


 3人の新米パイロットを指揮する隊長機から修正が入る。続いての声は通信で、練習機に乗る補充隊パイロットを率いる隊長へのものであった。


「カルニバル1よりフリードリヒ1へ。発見した。これより占位訓練に入る」


「フリードリヒ1、了解」


 補充隊のパイロットは戦闘機戦技学校を出たばかりの、いわば実習生である。その実習生に飛ばさせた低速の練習機を目標として、新米パイロットたちはかわるがわる有利な位置-後方斜め上-につく練習をした。それが数順すると、今度は斜め後ろにつかれた練習機が逃げる練習をした。


「ノヴォトニー、横滑りが早すぎるぞ」


 練習機の隊長から檄が飛ぶ。


「メッサーシュミットはお前が思うほど頑丈じゃない。いまお前がまたがってるアヒルよりずっと速いんだからな」


「[[バルクホルン、もっと進路をしっかり維持せんか。機首が震えているぞ」


 その上に占位した新米にも注意が入る。


 戦闘機部隊の拡充を急ぐヒトラーは、本国とポーランドやルーマニアに駐屯する戦闘航空団の補充隊に、中等練習機を数機ずつあてがうことにした。パイロット総数の増大には時間がかかるから、燃費の良い練習機で新米のレベルアップを図ったのである。


「カルニバル2よりカルニバル1、10時の方向にハインケル爆撃機、高度6000」


 新米の指摘を受けてぎょっとした隊長はその方向を見た。いる。確かにいる。国家記章はあるが部隊識別コードを機体に描いていないようだ。しかもハインケル爆撃機がやってきた方向は…ソビエトとの国境である。


「フリードリヒ1より各機へ。あのハインケルのことは忘れろ」


 練習機を率いていた士官がきっぱり言った。そう…あれは国防軍情報部に直属する、ブランデンブルグ部隊の偵察機に違いなかった。


 ハインケル爆撃機は、一見平和な東ヨーロッパの空を、悠然と飛び去っていった。



----



 グデーリアンが発言すると、空間が変質するように感じられた。言葉の剣で、グデーリアンは周囲の空気をなぎ払い、あたりの列席者に飛沫を跳ね飛ばすのである。


「現在、6つの戦車師団が依然として35型もしくは38型戦車を主力装備としております。また、ほとんどの自動車化歩兵師団は、約束された戦車大隊を受け取っておりません。このような状態で、38型戦車の生産を全面的に新型突撃砲に転換することには、小官は反対です」


 ヒトラーはしかめ面をして、長くはないが断固としたグデーリアンの反対演説を聞いていた。


 グデーリアン大将は、ドイツ戦車部隊の用法を体系化し、推進してきた人物である。世界中の陸軍が、戦車をバラバラに投入して歩兵を支援させる段階にとどまっていた時代に、グデーリアンは「戦車はそれ自身を主力部隊と考え、集中投入によって前線を突破するために使うべきだ」と力説し、戦車部隊が必要な組織、器材、予算を獲得するために全力を尽くしてきた。そのためには上司や同輩に食って掛かり、強引に言い負かすことを辞さなかったので、古手の将軍たちの間での評判は散々である。


 いま総統会議で問題となっているのは、38型戦車など旧チェコスロバキア製戦車の生産を終了して、歩兵部隊用突撃砲のために生産ラインを転用する問題であった。


「38型戦車の37ミリ砲は、もはや戦局に適合していないのではないかと言う報告が、多くの部隊から上がっております」


 砲兵総監・ブラント大将は、横目でぎろりとグデーリアンをにらんだ。


「グデーリアン将軍もご承知のことと存じますが、75ミリ砲を備える突撃砲は、あらゆる場面で歩兵を有効に支援することができます」


 あらゆる場面で、という言葉には、敵に戦車がいない場合でも、というニュアンスが込められていて、戦車と対戦車兵器に関心が集中することへの砲兵の微妙な感情が表されていた。


 ヒトラーは口を挟むタイミングを測っていた。会議の下準備の様子をヨードルやヴァーリモントから聞くにつけ、この問題の複雑さと根深さを思い知らされていたから、うかつに議論には入って行けなかった。


 ドイツの主力戦車として、グデーリアンも関与して開発されてきた3号戦車と4号戦車は、1941年になってようやく大量生産体制が安定稼動し始めたところである。ヒトラーは陸軍の尻を叩いて、この38型戦車の車体に短砲身75ミリ砲を積んだ突撃砲「ルッチャー」を開発させ、歩兵師団にとりあえず8両ずつ配備しようと提案していた。


 突撃砲は普通の戦車と違って、砲が正面を向いて固定してあって、ほとんど上下にしか動かない。複雑な砲塔を作る必要がないから生産性もいいし、同じ車体に大き目の砲を積める。敵の戦車と走りながら打ち合うような展開になると不利だが、歩兵についてゆっくりと前進し、強力な武装で歩兵を支援するには適している。3号戦車の車体に短砲身75ミリ砲を積んだ3号突撃砲は、すでに実戦に投入されていて、評判が良かった。


 ここで問題がひとつある。戦車は戦車兵の管轄だが、突撃砲は砲兵の管轄である。訓練なども砲兵流だから、戦車兵の目から見ると、対戦車戦闘の訓練は不十分である。何より質が悪いのは、貴重な生産能力と予算(ドイツと言えども、命令だけで兵器ができてくるわけではない)を戦車生産から奪ってしまうことである。


 ブラントとグデーリアンの対立は、だから、戦車兵と砲兵の資源争奪と言う側面を持っていた。


「戦車師団は近年大拡張をみておりますが、師団あたりの戦車数は減少の一途をたどっております」


「それは今日の会議の議題ではないでしょう」


 誰かが口を挟んだが、グデーリアンは無視した。


「このような形で新しい定数の充足も遅れるとすれば、これは由々しき問題であります」


 ポーランド戦のさい6個であった戦車師団は、フランス戦では10個となり、その直後には20個まで拡張された。そのせいもあって、戦車師団が戦車の編制定数を満たさないことは常態化していた。ヒトラーの傍らに席を占めていたシュペーア軍需大臣が発言を求めた。


「このたびの突撃砲増産計画は、3号戦車の増産計画と表裏を成すものであることを、ご理解頂きたいと存じます。3号駆逐戦車および3号戦車の増産により、従来型の3号突撃砲の生産を抑制せざるを得ないことを補償するため、ルッチャーを大規模に量産することが適切と考えられるのであります」


 ヒトラーはほっとし、グデーリアンはむっとした。シュペーアの戦車に対する識見は、大部分ヒトラーが吹き込んだものだが、グデーリアンにしてみれば所詮素人の生兵法に見える。


 砲身が長いと弾丸が速く飛び出すので、装甲板のある目標への貫徹力は高くなる。ヒトラーは、従来の2倍近い長さの砲身を持つ新型の75ミリ砲を、3号突撃砲と4号戦車に装備し、この新型突撃砲は「3号駆逐戦車」と称して砲兵科の管轄からはずすことを提案していた。つまり歩兵支援一般ではなく、もっぱら対戦車戦闘に従事する車両、と位置づけたのである。


 砲兵にとって、突撃砲は前線で目に見える手柄を立てる貴重な手段だったから、この措置には代償が必要だった。歩兵師団に分散配置された突撃砲は、歩兵科の指揮官たちによって便利に使われた挙げ句、集中使用による派手な手柄の機会を逃してしまうことが考えられるからである。ヒトラーは、砲兵のための牽引車と自走砲を豊富に供給することを約束して、どうにか水面下での同意を取り付けたところである。


 グデーリアンにしてみれば、新型突撃砲や戦車増産「計画」と引き換えに、現実に配備されている兵器をごっそり奪われるのだから、懸念を表明せずにはおれない。それがこの、分からず屋の軍務官僚たちと文書による戦争を戦い抜いてきた男の、真骨頂とも言うべきであろう。それはヒトラーにもわかる。わかるのだが、それを通すわけには、やはり行かないのである。


「グデーリアン将軍、ドイツの守るべき戦線は、いまやはるかに長くなっている。もはや戦車師団だけが機動的な砲兵を持っていたのでは、それらのごく一部しか有効に守ることができないのだ」


 ヒトラーはついに口を開いた。


「君の懸念は私の懸念でもある。しかしだ。ドイツ陸軍の至宝である、経験豊かな戦車兵たちが、今でも37ミリ砲搭載の戦車に乗って攻撃の中核にならねばならん。私は常々、そのことを気にかけている」


 居並ぶ将軍たちは、礼儀正しく、しかしどこか救われたように、ヒトラーの演説を聞いていた。大部分の将軍たちはこの対立の持つ重要さが理解できず、ただ会議が早く終わりそうな雲行きだけを感じ取って喜んでいた。


「この計画は、シュペーア大臣も述べたように、戦車兵たちに3号戦車を早期に供給するための、最短の道なのだ。だが将軍の意見にも聞くべきところがある。私は多少の修正を提案したい」


 ブラントの眉が上がった。


「自動車化戦車師団にまで何らかの戦車が行き渡る、今年の秋まで、既存の38型戦車の生産ラインの転換は行わないものとする。歩兵師団には、拡張された生産設備からの生産分だけで当面我慢してもらおう。それで異存はないか」


 グデーリアンは厳しい顔のまま肯いた。ブラントは笑顔で何度も肯いたが、その意味はグデーリアンには分からなかったろう。じつはヒトラーの提案は、最初から原案に織り込まれていたが、配布資料ではわざとぼかされていたのである。グデーリアンは完全に事前調整から外されていたので、そのことに気づくべくもなかった。


 もっともブラントは、後にこの会議のことを、痛恨の思いで回想することになる。砲兵の手からもぎ取られた3号駆逐戦車は、戦場で圧倒的な存在感を示したからである。


----



「今週のドイツ機による領空侵犯は3件です」


 スターリンは幕僚の報告をぼんやりと聞いているかに見えたが、突然鋭い質問が飛ぶことがあるので、報告書を読み上げる幕僚はぴりぴりしていた。


「まだドイツは我が国の地図を作り終えておらんのか」


 スターリンの冗談は、遠慮がちな笑い声に迎えられた。


「ドイツの地上部隊は平静です。増援の兆候はありませんが、頻繁に車両が更新されている模様です。多くの地域で永久陣地の構築が続いていますが、配置されているのは旧式砲や捕獲兵器がほとんどです」


「ドイツは条約を誠実に履行するつもりかもしれんし、そうでないかもしれん。私がある手段で入手した情報がある。見たまえ」


 移動黒板に貼り付けられた大きなスケッチが会議場に運び込まれた。機関車の絵である。将帥たちには、その機関車が普通の機関車とどう違うのか言い当てられる者はいなかった。強いて言えば、後ろについた炭水車の部分が少々長いかもしれない。


「この機関車は、ドイツのヘンシェル社が量産準備を進めているものである。見た目は普通の機関車だが、コンデンス式(復水式)機関車と呼ばれている」


 記憶力は独裁者の必須条件である。スターリンの口調にはよどみがない。


「この形式の特徴は、一度蒸気として推進力に使った水分を後部の冷却室に導き、高温の水として再利用するところにある。このような特殊で高価な形式は、石炭と水を補給する設備の少ない地域においてのみ意味がある。例えばアフリカの砂漠とか」


 スターリンは芝居がかって言葉を切り、ささやいた。


「ウクライナ」


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 ルーマニアの事実上の指導者、アントネスク大将は、ベルリンにヒトラーを訪ねていた。


 盛大な軍事パレードはナチス・ドイツの表芸のようなものだが、それを観閲するアントネスク元帥の姿勢の正しさと言ったら、ヒトラーがほれぼれするほどであった。時折観閲部隊が腕を上げてナチス式の敬礼をすると、鷹揚に答礼して見せるが、それ以外には微動だにしない。その厳しい表情すら崩れることがない。


 観閲部隊の動きには、時折ぎこちない点や不揃いな点があって、列席しているカイテル元帥は露骨に不快感を見せていた。素人のヒトラーですら気がついたが、その理由をやがて思い出した。今日の観閲部隊は、儀杖兵として鍛え抜かれたグロスドイッチュランド連隊ではなく、間もなくルーマニア=ソビエト国境警備のために進駐する部隊が特に選ばれていたのである。


「我が国の戦車部隊の器材はずいぶん旧式なものとなっております。ドイツの優秀な戦車を供給して頂ければ、大変助かるのですが」


 首脳会談に入ると、アントネスクは率直に切り出した。「優秀な」という言葉にはもちろん、旧式器材を押し付けてくるばかりでは困りますよ……という意味が込められている。


「我が国も戦車生産が計画を下回っておりますが、貴国の友好的な姿勢には適切に応えたいと考えております」


「ハンガリーは、貴国から3号戦車の供給を受けると聞いておりますが」


「なに、わずかなものです」


 短いが緊迫したやり取りが続いた。ハンガリーとルーマニアの均衡は、ヒトラーがこの時期、最も気を遣わねばならない事項のひとつである。


 いつもの通り、ドイツはわずかを失い、ルーマニアはわずかを得た。ドイツは出先機関や末端組織の一方的な処置によって、このバランスをすぐに自分に有利なように戻してしまうであろうが、これもいつものことである。


「ソビエトに関して、総統のご意見をお伺いしたい」


 気疲れする交渉が一通り終わって、アントネスクがこう切り出したとき、ヒトラーはほとんどくつろいだ気分になりかかっていた。この質問は想定問答に入っていたから、ヒトラーはすぐに言った。


「ああ、ヨードル将軍、最近のソビエト国境の状況について全般的な報告を…」


「そのことではありません」


 アントネスクが珍しく、慇懃な口調を振り捨てて尋ねた。


「総統は、ソビエトを攻撃する計画を、お持ちではなかったのですか」


 もしこれが懇親会の席上であったら、ドイツ側の列席者は全員口からビールを吹き戻していたかもしれない。タイミングはほんのわずかばらついたが、数秒後には全員がヒトラーを注視していた。こんな質問に、ヒトラーを差し置いて、答えられる将軍は誰もいない。


「今ドイツは、イギリスとの戦争に全力を注いでいることはご存知の通りです。イギリスとその友好国は、いくつかの大国をこの戦争に参加させようと努力しております。彼らの企ては…ああ、いや、将軍の誠意を疑うつもりはいささかもありません」


 ヒトラーは精一杯の営業スマイルを作った。アントネスクがイギリスを利する意見を持っている、と取られかねない言い方だったので、アントネスクの表情がわずかに変化した。それにヒトラーが気づいたのである。


「彼らの企ては、成功する可能性があります。我々は真剣に、東部国境の防衛に取り組んでいますが、我々の側から武力衝突を早めるような計画はありません」


「我々は、ベッサラビアを奪還する戦いには、いつでも惜しみない努力を傾ける用意があります」


 アントネスクの言葉にはドイツへの敵意は感じられず、むしろ熱意が感じられた。ルーマニア北東部のベッサラビアは、独ソ不可侵条約においてソビエトの権益範囲に含められたため、ポーランド戦終了後にソビエト軍によって占領され、ルーマニアのソビエトへの抗議にドイツは支持を与えなかったのである。


 ヒトラーが黙り込んだので、誰も発言するものがなくなった。やがてヒトラー自身が、その沈黙を破った。


「あなたのお国が友好の証を立てる機会は、遠からず訪れるでしょう。私に言えるのはそれだけです」


 アントネスクは慌てたように言った。


「ああ、ところで、小麦の輸出量の件ですが…」


 今日は軍人主体の会談だったので、アントネスクが話題を変えた理由を、ドイツ側の列席者で理解した者はほとんどいなかった。


 アントネスクが欲しがっている領土はベッサラビアだけではない。ドイツへの貢献を積み重ねて1940年の裁定を覆させ、北トランシルバニアをハンガリーから奪回することが、ルーマニアの最終目標だった。ヒトラーの答えは、その狙いを遠回しに言い当てたものだったので、アントネスクは答えに詰まったのである。


----


「どこで負傷したのかね」


「ノルウェーであります」


 ヒトラーが軽く兵士の手を握ると、兵士は精一杯の笑顔で応じた。


 ヒトラーは陸軍病院を慰問に訪れたところであった。北アフリカを除いて、ここのところ大きな陸軍の戦いはないから、まだ本国の病院にいるのは重傷者ばかりである。


「この写真は弟さんかな」


「はい、総統」


 枕元に青年の写真が飾ってある。


「元気そうだね」


「たぶん元気だと思います…その、仮装巡洋艦に乗っておりますもので」


 兵士の苦笑につられて、ヒトラーも苦笑した。商船を装ってイギリスの船舶に近づき攻撃する仮装巡洋艦の所在は、もちろん軍事機密である。


「総統、自分はきっと軍務に戻るつもりであります」


 次の患者が自分の順番を待ちきれない様子で、興奮した口調で割り込んできた。ヒトラーはその兵士を見た。右腕が、なかった。


「良いドイツ国民には、どこにいても、重大な任務が見つかるものなのだ」


 ヒトラーは兵士の顔を覗き込むようにした。


「戦場以外にも英雄は大勢いる。そして君は、すでに戦場で英雄となったではないか」


 兵士が突然、顔を歪めて泣き顔になった。


「手榴弾の操作を誤ったのであります! 訓練中の、事故で…」


 語尾は曖昧な泣き声に変わった。


「君の名前は、何と言うのだ」


 ヒトラーは穏やかに尋ねた。


「ハンス・ホスバッハであります」


「君の名前は、誰がつけたのだ」


 意外な質問に、ハンスは泣くのを途中で止めた。


「父であります」


「戦争に送られた者の息子を、また戦争に送らねばならん。そのことを私が楽しんでいると思ってくれるな。君の父上は何と言う」


「ヤコブであります」


 ヒトラーは兵士の両肩を握った。


「元気を出しなさい、ヤコブの息子よ。事情はどうあれ、君が家庭に帰ると知って、私は心が慰められるのだ」


 緊張の限界を超えたハンスは、放心したように肯いた。背後から妙な音が聞こえるのでヒトラーが振り向くと、病室中の兵士たちがすすり泣いていた。





ヒストリカル・ノート


 ドイツ空軍のシステムでは、搭乗員候補生はA/B課程と呼ばれる初等練習機・中等練習機を使った講座を履修します。これを卒業し、良い天候ならば単独で野外を飛んでもよいレベルになると、戦闘機乗りはすぐ戦技学校へ送られ、爆撃機乗りはC課程と呼ばれる追加コースで多発機転換訓練や計器飛行訓練(夜間や悪天候時に計器の表示を頼りに飛ぶ訓練)を受け、それから戦技学校に進みます。


 その後各航空団の補充隊に配属されますが、ここても訓練は続き、戦闘機乗りなら空軍入隊から13ヶ月程度で一人前になります。そして補充隊から航空団本隊へといったん配属されれば、飛行隊長にでも出世しない限り、他の航空団への転属はありません。実際にはいくら出世しても、原隊との精神的なつながりは切れないのです。(大戦初期には訓練専門の航空団、つまり補充隊だけの航空団もありました)


 ブランデンブルグ部隊は基本的に陸戦部隊でしたが、わずかに航空機も持っていて、工作員の輸送や非合法な偵察を行っていました。のちにKG200(第200爆撃航空団)という名称が与えられますが、このころには正式な名前がありません。


 ドイツがソビエトとの戦争に入ってから、防御力・攻撃力ともに優れているT34/76戦車に出会って苦戦し、あわてて戦車の主砲の大口径化・長砲身化が図られたことは、ご存知の方も多いでしょう。これらの最初の型(例えば3号突撃砲F型)は、1942年3月から量産が始まりました。


 実は、これらの戦車が搭載した長砲身(43口径)の75ミリ砲は、ずいぶん前に開発契約が結ばれていて、試作品は少し前に完成していました。陸軍兵器局は、どういうわけかこの75ミリ砲を無視して、改めてほんの少しさらに長砲身の48口径75ミリ砲を発注しましたが、開発の早かった43口径砲はすっかり仕上がっていたのに対し、48口径砲はまだ初期の不具合が取れきっていないことが、実験で明らかになりました。3号突撃砲や4号戦車がしばらく43口径砲を使い、数ヶ月後に48口径砲タイプに切り替わったのは、こういう事情によるものです。


 この小説では、ヒトラーは43口径砲を使った戦車や突撃砲の開発を、史実より早くから命じます。43口径砲の開発スケジュールが史実通りだったとすると、半年くらい新型戦車の登場を早めてもそれほど無理はないと思われます。それ以上早くしようとすると、初期に生産された戦車がバグだらけになって、改修しているうちに数ヶ月が経過してもとの木阿弥になってしまうでしょう。1944年に登場したヘッツァー駆逐戦車の開発経過がまさにそうでした。


 43口径というのは、砲身が口径(この場合75ミリ)の43倍あることを示します。どこからどこまでを砲身とみなすかは、実は国によって異なっていたようです。ピストルの口径で22口径とか45口径とか言うのはまた別で、22口径ピストルは口径0.22インチのピストルです。


 ルッチャーは、大戦末期のドイツが廉価な駆逐戦車のコンセプトを模索していたときに使われた、車両名と言うよりは計画名(車両の仕様が頻繁に変わって最後まで固まらなかった)です。この作品では、史実でのヘッツァー駆逐戦車の先駆型にあたる車両の名前として使われています。


 各種の戦車砲の榴弾と徹甲弾の生産数の比率を見てみると、過半数とは言わぬまでも、非装甲目標に対して使われる榴弾がかなり生産されています。少なくとも大戦初期のドイツ歩兵にとって、対戦車専門の支援用戦車を持つことは、砲兵科の将軍たちが強調したように贅沢であったのかもしれない、と筆者は考えています。


 復水式蒸気機関車の訳語、南満州鉄道での試験採用およびいくつかの技術的特徴については、ニフティサーブ・鉄道フォーラムのSL関係会議室の皆様にご教示頂きました。記して感謝します。


 戦時型の復水式蒸気機関車は、1942年になって開発が始まり、1943年に完成したころにはウクライナはドイツの手から離れるところでした。復水式蒸気機関車はカラハリ(ナミブ)砂漠を当時抱えていた南アフリカ共和国で採用されたことがある他、南満州鉄道でも「ミカク」という形式名で1両が試験車両として導入されていました。


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