第1話 フューラーでっせ
今日の大阪は、どの道も混みに混んでいた。金泳三・金正日[執筆当時の韓国・北朝鮮の最高指導者]直接会談の場所として、こともあろうに鶴橋の某焼肉店が選ばれたため、全国からかき集められた20万人の警察官によって大阪は戒厳都市と化し、検問と臨時通行止めで極端に道路事情が悪化していたのである。
「まったく、人騒がせなこっちゃで」
言わでものことをぼやいたのは、淡雪製作所社長の淡雪秀雄である。日本のどこにでもいて、大阪だけでも数百人はいると思われる、中小企業の社長のおっちゃんである。
おっちゃんがしっかりと抱えている書類かばんの中には、引き終えたばかりの自動車部品の詳細図面が入っている。これから名古屋に行って図面を納めて来なければいけないのだが、いつになったら新大阪駅に着くのか見当もつかない。
「ほんまになあ」
やんわりと調子を合わせるのは、幼なじみの専務、近藤政夫である。今日は1台しかない社用のカローラで社長を送り、そのまま別の納品先へ顔を出す予定であった。淡雪製作所は、その程度の規模の零細メーカーである。主に財務、というか資金繰りを担当している政夫も、差し迫った用事のないときは営業の手伝いをごく当然のように引き受けていた。
「今晩はあんまり遅うならんよってに、一番どないや」
おっちゃんは言った。
「せやな。ロシアンフロント[アバロンヒル社のボードウォーゲーム。ドイツ軍対ソビエト軍。「シミュレイター」誌上で軍神鹿内対赤軍山田のコミカルな対戦記が掲載されていました。]で試してみたい初期配置があるんやけどな」
「わし赤軍持ちか」
「たまにはええやろな」
専務は苦笑した。おっちゃんはウォーゲームになると、とにかくドイツ軍側を持ちたがるタイプであった。ふたりの小さいころはいっしょに戦車や飛行機の模型作りに励んだものだが、学生のころにウォーゲームにかぶれて、いまだにちょくちょく対戦しているのである。
いっこうに渋滞は解消しない。「済まん、寝かしてもらうわな」おっちゃんは一言断ると、車内で目を閉じた。
目が覚めたとき、おっちゃんの目にまず入ってきたのは、高い天井に吊るされた、シャンデリア風の照明であった。
…なんやこれ。わしは今どこにおるんや。
そこで始めて秀雄は、自分が今横になっていることに気づいた。布団までかぶっている。むっくりと起き上がると、見たこともない寝間着の柄が目に飛び込んできた。周囲はちょっとした筆記机が置かれている程度で、こじんまりとしたひとり用の寝室である。
…交通事故に遭うて、病院に担ぎ込まれたんと違うか。
おっちゃんの頭が必死に状況を解釈した。
…えらいこっちゃ。なんで個室なんか取りよったんや。差額なんぼ取られると思てんねん。
おっちゃんは跳ね起きると、これまた見覚えのないスリッパを履いて、部屋の外に飛び出した。
「あ………」
廊下は狭く短い。ドアの数も少ない。絶対にここは病院ではありえない。ドアの開く音を聞きつけたらしく、初老の男が階段を上がってきた。白衣も着ていなければビジネススーツ姿でもない。小奇麗なベストを着たその姿は、強いて言えば、学校の教師を連想させなくもない。男はおっちゃんを認めると、いんぎんに声をかけた。
「総統、お目覚めでございますか」
総統、と呼ばれておっちゃんは完全に目が覚めた。
…わしはどないなったんや。取りあえず、取りあえず何か言わんといかんな。
「朝食の時間かね」
「朝食でございますか」
おっちゃんは相手の驚きに、危ういところで状況を察した。
「いま何時だね」
「11時15分でございます」
「新聞は」
「下でございます。お持ちしましょうか」
「ああ、いや、すぐ降りる」
おっちゃんはよろよろと寝室に戻ると、クローゼットを引っ掻き回し、やっとそれらしい身支度を整えた。そういえばどことなくヨーロッパ風の衣類である。
階下に降りると、さりげなく新聞のある部屋を探した。机の上にいくつかの新聞を広げてあるラウンジはすぐに見つかったが、おっちゃんの目に、廊下の奥の小部屋が映った。あれはきっと…
やはりそうだった。便所には手を洗う水道がなく、手水鉢が置かれていた。おそらく贅沢な設備なのだろうが、壁に鏡がかかっていた。
おっちゃんはその鏡を覗き込んで、息が詰まった。
鏡の中の顔は、いろいろな本でおなじみの、アドルフ・ヒトラーのものだったのである。
「えらいこっちゃ」
おっちゃんはつぶやいた。つぶやいたところで気がついた。
…わしはいったい何語をしゃべっとるのや。
ドイツ語をしゃべっているという感覚はなかった。もともとおっちゃんはドイツ語、それも会話なんぞまったくできない。おっちゃんは万代百貨店(現在は万代)のCMソングに始まって、河内音頭、六甲おろし、最後に吉本ギャグを数発かまして、自分が関西弁をしゃべっていることを確認した。
「どうされました」
外から声がした。おっちゃんはあわてて便所から出た。さっきの召し使いが心配そうにしている。
「ああ、大丈夫だ。次の演説のことを考えていたのだ」
「昼食は早くなさいますか」
さっきおっちゃんが朝食のことなど尋ねたので気を回してくれたのであろう。
「いや、いつも通りでいい。ありがとうカンネンベルク」
カンネンベルク? おっちゃんは召し使いの名など知っているわけがない。なのにその名前がすらすらと出た。それに・・・おっちゃんは気がついた。おっちゃんは白人というとどれも同じように見えてしまうタイプの日本人である。バース大明神は例外としても、たぶんラインバックとグリーンウェル(バースら3人はいろいろな時期に阪神タイガースに在籍した白人の外国人選手。ビル・クリントンは当時のアメリカ大統領)とクリントンの区別はつかないと思われる。ところが、この召し使いの顔は日本人のように、細かい特徴まで理解できるのである。
おっちゃんは戸惑いを心中に隠したまま、ラウンジのソファに腰を下ろして、広げてあるいくつかの新聞から、無造作に一番上のものを取りあげた。フェルキッシャー・ベオバハターというその新聞は、フランス北部に派遣が決まったイタリア空軍爆撃隊のパイロットへのインタビューを一面記事にしていた。
この新聞がドイツ語であることは間違いない。ところがおっちゃんにはそれがすらすらと読める。そればかりか、ドイツ人が相手のときは、自分はドイツ語をしゃべっているらしい。
…さて、どうしたもんかいな…
おっちゃんの頭には、現状からきっぱり抜け出すという考えのほかに、いま総統として自分はどうしたらいいんだろうか、という考えが頭をもたげ始めていた。我ながらばかばかしいと思うのだが、おっちゃんを焦らせるものが、紙面にあった。
1940年9月30日。
ヒトラーが5年後に自殺せずに済ませようと思ったら、もうあまり時間はなかった。
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新聞をひとしきり読んでいると、ボルマン官房長が現れた。
ボルマン官房長との短い会談は、上首尾に終わった。ボルマンはNSDAP(最初は何のことやらわからなかったが、どうやらナチス党のことらしいとわかった)の地方組織の細かい人事問題や、外国首脳との会談日程(おっちゃんは、自由スロバキアという名前の国があるのを初めて知った)について、総統の同意を求めにやってきたのである。おっちゃんは、肯いているだけでよかった。
おっちゃんには、この男がボルマンという名前であることが、なんとなく天啓のようにわかったが、それ以上の細かいことはまるでわからなかった。どうもおっちゃんをこの状況に陥れた何者かは、会話を続けるための最低限度の援助しかしてくれないらしい。
ただ、ボルマンには好感は持てなかった。おっちゃんも創業者の父親から会社を受け継いで、何度も経営危機を乗り切り、対人関係では大抵の我慢は経験したつもりだったが、ボルマンのヒトラーに対する卑屈さはおっちゃんの経験したことのないものであった。
ボルマンは毎日こうしてヒトラーの御機嫌伺いに来るのだろうか? ボルマンの口振りからは、どうもそうらしい。やれやれ。
昼食の時間になって、食堂に案内されたおっちゃんは肝をつぶした。細長い食堂に、見知らぬ男女がぞろぞろと入ってきたのである。この大勢と、名前だけしか分からない状態で談笑しなければならないのだろうか?
おっちゃんは、ヒトラーが基本的には政治家、それも非常に成功した政治家であることを思い出した。政治家には、政治家との親交を求め、親交を商売や名声の種にする取り巻きが大勢居るものなのである。
おっちゃんはすでに、この建物の周囲の景色が山ばかりなのに気がついていた。どうやらここはベルリンではなく、ベルヒデスガーデン近くのベルグホーフ山荘であるらしい。おっちゃんにはもちろん山荘の名前までは分からなかったが、ヒトラーが別荘を持っていて、ノルマンディー上陸作戦のときだれもヒトラーを起こさなくて意思決定が遅れた、などという話は模型雑誌で読んだことがあった。
ヒトラーが中央の席に座ると、みな雑然と着席した。テーブルが細長いので、端の方ではヒトラーの話は聞こえそうにもなかった。これが会社の忘年会であれば、社長は当然ビール瓶かお銚子を持って座を巡らなければならないところである。昼食会のフロアデザインとしては、最悪のようにおっちゃんには思えた。
来客は明らかに、ヒトラーが誰も自分の隣の席に誘おうとしないので戸惑っていた。ご婦人がふたり、ヒトラーに声をかけてもらいたがってもじもじしているようだったので、思い切って隣の席を勧めた。例によってそのご婦人の名前はすらすらと出てきたが、それが誰なのかは皆目見当がつかなかった。ただヒトラーの左側に座った方の女性を、ボルマンがうやうやしく案内しているのが、おっちゃんの目を引いた。
昼食はまずく、会話は物寂しかった。ヒトラーが菜食主義者であったことは何かの記事で読んだ覚えがあったが、おっちゃんはそれを身をもって体験するはめになった。隣のご婦人方とも何を話して良いかわからない。ヒトラーの私生活など模型雑誌にもウォーゲーム雑誌にも載っていないではないか。その当惑を、ふたりの女性は「総統は機嫌が悪い」と取った様子で、ほとんど会話らしい会話が成立しなかった。
拷問のような昼食が終わると、おっちゃんは何気なく席を立って、もといたラウンジに戻ろうとした。カンネンベルクが静かに歩み寄ってきて、言った。
「総統、ティーハウスへはおいでにならないのですか」
おっちゃんの忍耐はもう限界に近づいていた。緊張を解くことが絶対に必要だった。
「ちょっと気分がすぐれないのだ」
カンネンベルクは心配顔になった。
「モレル博士をお呼びしましょうか」
おっちゃんは奇襲を受けて息が詰まった。モレル! 聞いたことがあった。ヒトラーにとんでもない薬を処方して、健康を損ねてしまった男である。ただどういう薬をどういう機会に処方したのかまでは、おっちゃんは覚えていない。
「いや、その必要はない。私はただ、少し考え事をする時間が欲しいのだ」
おっちゃんは、ヒトラーがときどき取り巻きを追い払う必要を感じていたことに賭け、そして勝った。
「済まないが、客たちを帰してくれないか」
カンネンベルクは、指示を理解できた接客担当者の顔になった。ほとんどそれは笑顔に近い。
「夕食もご一緒できないと申し上げておきましょうか」
「そうしてくれ、カンネンベルク」
カンネンベルクは一礼して立ち去った。
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9月30日。戦局はどこまで進んでいるのだろう。たしかイギリス本土上陸作戦が中止されたのが9月である。おっちゃんはラウンジの新聞を片端から読んだ。ひととおり読むと、9月の新聞を全部持ってくるように命じた。カンネンベルクは少しも騒がずに、若い女性秘書をひとり連れてきた。秘書はいくつかの新聞のバックナンバーをすぐに持ってきた。おっちゃんは欲を出して、OKW(ドイツ軍総司令部)の日次報告はないかと言ったら、すぐに出てきた。誰も理由を尋ねなかった。
あとでおっちゃんが知ったことだが、本物のヒトラーは細かい数字や知識を暗記して、専門家をやりこめることを無上の楽しみとしていた。だからおっちゃんの要求は、周囲にしてみればごく日常的なものだったのである。おっちゃんとしてはありがたい話であった。
やはりイギリス本土への昼間爆撃は峠を越している。幸いなことに、イタリアはまだギリシャに侵入していない。急げば止められるかもしれない…いや止めない方がいいのだろうか?
どうやら陸軍はスペインを通過して、地中海の入り口を扼する英領ジブラルタルを攻撃する計画を立てているようで、政治的圧力がスペインにかかっていた。ソビエトについては、もうなにか決めてしまっているのだろうか? 用意が進んでいるとすれば機密度が高いのに違いなく、OKWの日次報告には一切記されていなかった。
ドイツの-たぶんドイツなんだと思うが-日はすっかり傾いてきた。次の仕事は、とおっちゃんは考えた。
…とにかく、誰かを信用せんと何も始まらへん。
おっちゃんはこのころの軍事面の状況はある程度わかっているが、政治的なことや暮らし向きのことは一向にわからない。誰かドイツ人の解説がなければ、早晩ぼろが出るに決まっていた。
誰が良いか? おっちゃんは記憶をたどった。残念ながら、将軍たちはやめておいたほうが無難だろう。彼らはおっちゃん同様に、政治のことは何一つ知らないだろう。かといって、ナチス・ドイツ草創期からの指導者たちが、おっちゃんに協力してくれるとも思えなかった。
シュペーア! おっちゃんの頭の中に人名が浮かんだ。大戦後半に、ドイツの軍需生産を飛躍的に伸ばした大臣である。少なくとも出世前の人物であれば、本物のヒトラーへの盲目的な忠誠心は持っていないかもしれない。
だが、シュペーアはいまどこで何をしている人物なのだろう。大蔵官僚? 漫才師? スポーツ選手? ヒトラーがひいきにした人物なのだから、ヒトラーと趣味で関連のあった人物かもしれない。バーテンダー? シェフ? 作曲家?
おっちゃんはため息をついて、馬鹿な想像を止めた。さっきの女性秘書を呼んで、単刀直入に聞いてみることにしよう。
秘書はすぐにやってきた。ヒトラーが調べ物を続けているので、声の聞こえる近い部屋に控えていたのである。もっともベルグホーフ山荘は事実上の総統公邸だから、ふだん秘書たちのいるオフィスも同じ棟の中にあるのだが。
「シュペーアはどこにいる?」
秘書の返答は、最寄りの公衆電話のありかを聞かれたときのように、すぐに帰ってきた。
「ご自宅にいらっしゃると思います。お呼びしましょうか」
おっちゃんは意表を突かれた。どうもとんでもなく近くにいるらしい。内心恐る恐る、おっちゃんは続けた。
「そうだな…夕食には来られるかな」
「ご自宅にいらっしゃれば、もちろん」
「ではカンネンベルクと相談して、招待してくれないか」
「いつもおいでになりますけど」
もうどんな顔をしてよいのかわからない。
「ああ…今日は他の客抜きで話がしたい。そういう意味だよ」
「かしこまりました」
秘書が行ってしまうと、おっちゃんはため息をついて、額の汗をぬぐった。
じつはシュペーアはベルグホーフ山荘の敷地内に自宅兼仕事場を与えられていて、あまりにも近いので夕食の陪席を断るに断れない立場なのである。
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「総統?」
ラウンジを出ると、おっちゃんを呼び止める声がした。さっきの昼食でボルマンにエスコートされていた、ヒトラーの左隣の席の女性である。
「お加減はいかがですの」
「ああ、大丈夫だよ、エーファ」
口に出して言った途端、ヒトラーは頭を殴られたような様子で壁にもたれかかった。
「大丈夫ですの? 調べ物などなさるのが無理だったのですわ」
女性はヒトラーを抱きかかえる。
「大丈夫だ。寝室でちょっと横になることにする」
「ほんとうにお気をつけになってくださいね」
おっちゃんは心中でうめいていた。
'''せや…わしには愛人がおるのや。どんどんややこしゅうなって来おる。どうせいちゅうねん。はじめまして、言うのんか。'''
ヒトラーの愛人エーファ(エヴァ)・ブラウンは、ヒトラーの山荘にさりげなく住み込んでいるのであった。
シュペーアは思ったよりも若い男-30才台前半-であった。確かにこれで有力閣僚となれば注目されるだろう。とはいえ職業不明、趣味不明の男と差し向かいに近い形で、夕食の席が盛り上がるはずがなかった。
差し向かいに近い形、というのは、エーファ・ブラウンがやはり同席したからである。カンネンベルクからの病気通知が効いて、ボルマンがあえて出てこなかったのは助かった。
なにしろ3人であるから、ヒトラーは昼食時のものよりもっと小さいテーブルを出させた。ふたりとも目を丸くしていたが、どうやら喜んでいるらしかった。
「私は政治家だから、会食の陪食者が多くなることは宿命なのだよ」
昼食を1回見ているから、ヒトラーの口は軽い。
「しかしもっと実質を求めた方が良いな」
ヒトラーは、食堂が細長くて歓談に適さないことを指摘した。
「設計に問題があるようだ」
シュペーアがうつむいて激しく肩を震わせて笑った。エーファはそれを見て楽しそうに微笑みながら、穏やかに指摘した。
「総統が設計なさったのよ」
ヒトラーはきわどいところで表情を変えずに済んだ。
「そうだったかな」
座は静まったが、その後は打って変わって、和やかな雰囲気になった。シュペーアは、自分が見聞した設計ミスの事例を次々に話して聞かせ、ヒトラーとエーファは1分ごとに笑った。美男子の給仕たち-じつは親衛隊のボディーガードでもある-はことの成り行きを無言で、しかし興味深げに観察していた。
夕食後、シュペーアはラウンジに招じ入れられた。ヒトラーは慎重にドアを閉じると、切り出した。
「非常に重大な相談がある」
「私にも、ひとつ重大な質問があります」
シュペーアは若く鋭い俊才らしい口調で切り返した。
「あなたは総統とは別人のように思えるのですが」
ヒトラーの体から緊張が抜けた。長年逃亡を続けた犯人が逮捕されたとき、こういう心境になるのかもしれなかった。
おっちゃんはやはりヒトラーの重要な習慣をいくつか破っていたのだ。夕食後レコード鑑賞に深夜までゲストたちを付き合わせるのが習慣なのに、いきなりラウンジに入ってしまった。食卓では一方的に自分の見解を述べるのが通例なのに、シュペーアに主に話させた。だいたい雰囲気を慮ってテーブルを入れ替えるなど、およそヒトラーらしくない心配りである。
ヒトラーは語った。自分が1955年生まれの日本人であること。どういうわけかヒトラーと入れ替わってしまったこと。史実ではドイツはこてんぱんに戦争に負けること。
「私の時代には、あなたは優秀な軍需大臣として知られている」
ヒトラーは言った。
「そして私は1945年に自殺に追い込まれる。私はこの体にいる間、ドイツの勝利のために全力を尽くすつもりだ」
「すると、私は後世には、軍需大臣としてしか知られていないのですね」
シュペーアの落胆の表情から、おっちゃんはシュペーアが芸術家であることを感じ取った。
「実際、私はあなたが今どういう職業に就いているのか、まったく想像もつかないのだ。先ほどの会話から判断すると、建築に関連していると思われるが」
シュペーアは憤然と言った。
「私は建築家であり、あなたからもらっている辞令は帝国首都建設総監としてのものです。ベルリンにあるあなたの官邸は、私が建てたものです」
そこまで言ってシュペーアは、議論の本筋に思いを戻した。
「私には、あなたが総統でないことが確信できます。ただ、そのことのもうひ
とつの説明も思い当たるのです」
シュペーアの目つきが厳しくなった。
「イギリスには総統そっくりの役者がいるかもしれません。ドイツを破滅させるために、あなたが派遣された可能性もあります」
シュペーアはゆったりと座り直した。いまや対等にヒトラーを試す立場であった。
「あなたが後世から来ているとすれば、イギリスの知らないドイツの秘密をいくつか知っているはずです。何か思い当たりませんか」
ヒトラーは考え込んだ。
「それは難しい質問だ。私は軍事面での成り行きはよく知っているが、あなたはそういう方面の機密を知っているわけではない。ユダヤ人問題については、どの程度知っている?」
「ほとんど何も」
気まずい沈黙が流れた。
ヒトラーはふと思い付いた。
「エーファ・ブラウンについては?」
「確かに彼女のことは限られた人間しか知りませんが、この屋敷で1日暮らせば気がつくことです。彼女はあなたの歴史ではどうなるのです」
「ヒトラーと一緒に自殺する。その数日前、彼女はヒトラーと結婚したはずだ」
「遅れてもないよりはましですね。彼女を総統が扱うやり方は、あまり好きではありませんでした」
「彼女をどう扱ったらいいのか、私も困っている」
ヒトラーが深刻な表情を浮かべた。ヒトラーが気分を悪くしたと思ったときの、彼女の親身な心配りが頭に浮かんだ。
気分を悪くする?
「そうだ」
ヒトラーは大きな声を上げた。
「モレルだ。彼は私の世界では、いんちきな医者で、不適切な内容の薬を調合したとされている。こちらでの評判はどうだね」
シュペーアはにんまりと笑った。
「私もモレル博士の診断を受けたことがありましてね。あとで信用できる大学の先生にもう一度見てもらいましたが、見たてが全然違っていましたよ」
シュペーアは右手を差し出した。
「あなたの一味に加えてください。あなたの話を全部信じることは、すぐには無理ですが」
シュペーアはヒトラーの手をしっかりと握った。
「あなたは本物のヒトラーよりよほど好きになれそうだ」
第1話へのヒストリカル・ノート
JR鶴橋駅周辺は、韓国風の焼肉店が集中しているので知られています。
ベルグホーフ山荘の間取りとヒトラーの日常習慣は、
シュペール(シュペーア)「ナチス狂気の内幕」読売新聞社[のち、『ナチス軍需相の証言 シュぺーア回想録』(上下巻、中公文庫)と改題改訳 ]
マーザー「アドルフ・ヒトラー伝」(上下)サイマル出版会
でかなり知ることができます。大筋でこれを踏まえて記述していますが、脚色や推定ももちろん加わっています。ベルグホーフ山荘はもともとあった山荘にヒトラーの設計による増築部分が加わっており、もともとあった部分はそのまま残されたので、例えば便所の水周りなどはおそらく改修されなかったと思われます。また新聞は実際には寝室の外の椅子に置かれ、ヒトラーが取りに出てきてベッドで読む習慣であったようです。
フェルキッシャー・ベオバハターはもともと独立した新聞でしたが親ナチス的な記事が党の初期から多く、このころにはナチス党機関紙となっています。
あまり知られていませんが、イタリア空軍は1940年のイギリス本土防空戦の決着がつきかかった時期になって爆撃機を派遣してきて、大損害を出しています。
NSDAPは国家社会主義ドイツ労働者党の略称であり、その読みの最初の2音節だけを取ったのがナチです。「ナチ」には侮蔑的なニュアンスがあるらしいので、この作品ではドイツ人は「ナチ」の呼称を使わず、連合国の人々は「NSDAP」ではなく侮蔑的な「ナチ」「クラウツ」などの呼称を使うことにしようと思います。
自由スロバキアは、現在のスロバキアのあたりにあった国家です。ヒトラーはチェコスロバキアの中のスロバキア独立運動を煽りたて、その保護を口実にチェコスロバキアに進駐しました。チェコはドイツの保護領となり、スロバキアはドイツのかいらい国家「自由スロバキア」となりました。
ヒトラーの侍医モレル博士は、カフェイン、極端な資料ではストリキニーネといった(量によっては)危険な成分を持つ薬を投与したとして批判されています。これには異論もあり、実際の処方をチェックするとほとんどが間違いとはいえず、問題があるとすれば生噛りの知識で飲む量を勝手に決めたヒトラーが悪い、とも言われます。ただシュペーアは回想録の中でモレルへの疑いをつづっており、少なくとも彼はモレル迷医説であることが明らかです。
当時は知りませんでしたが、ヒトラーは7月ごろにハルダーなど軍の要人にソヴィエトを攻撃する意向を示し、準備を命じいます。まあ、ぜひ二正面作戦をやりたいという意見は誰も持っていなかったようですから、みんな喜んでそれを忘れたでしょう。