14.将軍と鉄砲
義藤(義輝)将軍と火縄銃の巻
琵琶湖の東にある近江の国友村は、東国と北陸と京を結ぶ街道が通る交通の要衝にあった。陸揚げされた荷を下ろす人々が賑わっている。
「鍛冶屋が多いのは物流が良いのもありそうですね。」
「目の付け所が良い姫様ですな。ここは良質な出雲の鉄材が敦賀から入りやすいんです。姉川の豊かな水もありますし、職人達には最適な場所ですわ。」
国友太郎助という男が鉄と炭のにおいがする国友村の案内をしてくれる。父と私は彼について村をまわった。
「国友村の鉄砲鍛治は十軒ほどですが、既に八十名以上のものが製作に関わっております。てまえの所属する鍛冶屋はこちらです。」
鉄を打つ音が響く。鍛冶屋の中では男達が汗まみれになりながら作業をしていた。火に入れ赤くなった鉄板を叩きながらどんどん丸めていく。
「鉄板を筒型にしているのですか?この一枚の板が銃に?」
「ええ。綺麗に接合させて筒にしたら、また巻板という鉄板で補強して、分厚くしますがね。銃身を作る鍛冶師達が何度も打ちながらやっておりますわ。」
私の質問にも丁寧に答えてくれる。父は黙ったまま男達の作業に見惚れていた。見学させてくれる事に驚いたが、これは見ただけで簡単に盗めるものでは無さそうだ。
「こちらでは台師が銃床を作っております。元々は木工職人ですので他の仕事もしておりますが、今後は専業になりそうですな。」
「銃身の支えと持ち手の部分ですね。油を塗っているのは水を弾くためでしょうか。ここの掘り込みにタマを飛ばすためのカラクリが入るのですか?」
綺麗に磨かれた木工部は艶々と光っておりとても美しい。持ち手と銃身の間にはポッカリと直線の穴が空いている。
「ええ、よくお気付きで。この掘り込みにはカラクリ部分にあたる引金や火ばさみが入ります。このカラクリは金具師が作っておりまして、弟の二郎助がやっておりますので紹介いたしましょう。」
分業制でやっているらしく、別の棟に案内される。金具師の二郎助の元に行くと先客が数名ほどいた。その中に見覚えのある顔が二つ。
「……藤孝様!晴広様も!」
細川親子の姿があった。私は懐かしさについ彼らに駆け寄った。藤孝様は成長期らしく、一年半で背丈も随分大きくなっている。もうすぐ高校生ぐらいの年だった筈だ。
「晴広殿。近江の坂本におられると聞いていたが、国友村には何用で?」
父が藤孝様の父親である晴広様に声をかけた。だが、晴広様が返事をする前に、背に隠れていた名も知らない少年が言葉を発する。
「余が種子島を見てみたいと申したのだ。父上の命で南蛮の銃の作成されてから早五年が立つが、まだ来たことが無かったのでな。」
藤孝様より少し幼い彼は、直垂ではなく小袖と袴を着ているが高貴な雰囲気が漏れている。彼の顔を見て、父がすぐに膝を曲げ頭を下げた。
「公方様、挨拶が遅れ失礼致しました。ご尊顔を拝し得たこと、至極光栄に存じ奉ります。」
頭を下げたまま挨拶をする父を見て、私もすぐに膝を下り顔を伏せた。公方様という言葉に心臓がバクバクと鼓動し始めた。
「良い。頭を上げよ。忍びで出向いておる故、辞儀に及ばぬ。」
「恐れいりまする。」
父が立ち上がるのに合わせて、私も一緒に立ち上がった。無礼にならない様に、決して目を合わせないように伏せたままである。
「其方が瀬名か。藤孝が文をやり取りするなど珍しき事にてどんな女かと思えば、まだ幼な子ではないか。幼い娘をこのような場所まで連れ回す関口も変わっておる。」
「そうかも知れませぬ。瀬名は時折、私よりも聡く役に立つ事があるので連れ歩いておるのです。」
父は将軍にも動じずに笑って話している。聞いているこっちが冷や汗が出そうだ。
「ほう?それでは種子島を撃ってみよ。其方達が期待する女子なら撃てるかもしれぬだろう?」
黙って話を聞いてたら、若き将軍が無茶振りしてきた。驚いて目を見開いて父の顔を見ると笑顔で頷かれる。
「瀬名、一度やってみよ。二郎助殿、使い方を師事して頂けまするか?」
「公方様がお望みであれば…。ただ…幼な子には相当重いですがねぇ…。とりあえず教えてみましょうか。」
やる前提でこの場が動いており、断れるような雰囲気ではなかった。藤孝様が心配そうにコチラを見ているが苦笑いして頷くしかなかった。
国友家にある銃の試し撃ちに最適な広い庭に場所を移す。的を用意される間に、二郎助にやり方を何度も教わった。
「火薬の詰め込み過ぎにはご注意下され。銃身がまれに破裂して、大怪我致しまする。」
怖い言葉に肝が冷える。将軍やその側近や細川家、父上は縁側で呑気に雑談しているのが腹が立つ。私はまるで見せ物のようだ。
そもそも、赤子ほどの重さがあり、私の身長と変わらないくらい長い火縄銃は持つだけでも一苦労だ。安定させることが出来ないと悟った私は丸太を持ってきて台とした。
銃口から火薬と弾丸を棒で押し込み、火皿という部分に点火用の火薬を入れる。暴発しない様に火蓋を閉じるのを忘れない。
「よしっ…。」
火鉢の中の炭火から火縄に火をつけ、銃身上部の火ばさみに挟みこんだ。
皆の喋り声が止まり、沈黙が当たりを包む。目線が私に注がれるのをひしひしと感じた。
二郎助は立ったまま銃床を頬に当てて肘を外に構えていたが、私は安定させるためにしゃがみ込み、片膝を立て構えた。銃床を丸太の上に乗せて重さを減らし、手でしっかり支える。台尻が曲がっていて肩で固定できないため、反動で肩を持っていかれないように心の準備をする。
「ふー…。」
一呼吸をした後、火蓋を開いて一気に引き金を引いた。
ドンッ…
上向きの火縄銃は爆発音を立てて火を吹いた。火皿から煙が上がり、私の鼻を刺激する。私は火蓋を閉じて銃を下ろした。火縄の火が消えているかの確認も忘れない。
「…っ!!藤英、藤孝!見たか!あやつ、本当に撃ちおったぞ…!的を見せよ!」
「はっ…すぐに…!」
20m程先の的を藤孝様が縁側からサッと降りて、走ってとりに行く。私は火縄銃を二郎助に返して将軍や父の元へと戻った。鼓膜保護のためいれた耳の詰め物もとる。
「……掠っておるな。」
将軍が長いまつ毛を伏せ、的を見ながら呟く。的の右上を掠って少しだけ抉れていた。一発で当てれたらかっこよかったのだが、そう簡単にはいかないようだ。
「申し訳ありませぬ…。」
私が項垂れると、父が肩を叩いて首を振る。藤孝様も片方の口角と眉を上げてニヤッと笑っている。
「見よ。綺麗に当てたわけではないが、幼な子が初めて撃って的に掠ったのだぞ。弓ではこうは行かん。種子島の……火縄銃の凄さが分かる。」
将軍の目はとてもキラキラと輝いていた。縁側に二郎助を呼んで火縄銃を握りながら言葉を続けた。
「金はかかるが鎧も貫く威力と、扱いやすさは魅力的だと思わぬか?この音もまた良い。威嚇にも馬にも効果的ではないか。人数を増やし、鉄砲隊として動かせたらどれだけ良いであろう。」
楽しそうに話す将軍に皆が耳を傾けていると、急に私の方を向いた。
「それより…其方は変わった持ち方で火縄銃を撃ったな。余でも多少重く感じる銃を機転をきかせて固定し撃つとは……。瀬名…其方を気に入ったぞ。」
「きょ…恐悦至極に存じまする…。」
恐れ多すぎて、少し言葉に詰まりながら頭を下げた。未だに緊張する私の姿を見て、将軍は申し訳なさそうに苦笑いしている。
「買い付けに来たのだろう?邪魔して悪かった。坂本や京に来る機会があれば藤孝に頼んで顔を見せよ。三条西らにも気に入られておるほど箏や歌が達者だと聞いておるからな。」
「…御意のままに。」
将軍は私の返事を聞いて満足そうに頷いて、側近や細川親子、国友二郎助を引き連れて去っていった。藤孝様が去り際に少しだけこちらを振り返り、目を細めて笑ってくれたので、私も小さく手を振って別れた。
「肝が冷えたか?」
関口家と太郎助だけになり、静かになった庭で父がケタケタと笑いながら私の顔を見下ろす。
「ええ。普通はお目にかかる事は出来ないお方でしょう。心臓が口から飛び出そうでした。」
「ははっ。良い経験になっただろう。それでは本題の買い付けと行こうか。瀬名、算術を頼むぞ。」
私が頷くと太郎助が交渉用の一室へと案内してくれた。水が出てくる前に父に火縄銃の値段を尋ねてみる。
「一挺いくらなのですか?」
「三十石だ。」
「…三十!?美術品の値ではなく!?」
1年間で約30人を養える額である。
「ああ、武器としての一挺がこの値だ。急ぎで頼むとより値が上がる。沢山買う分、少しはまけて欲しいがな。」
「珍しさにどこも喉から手が出るほど欲しがっておりますからね。さぁ、どう致しまするか。」
太郎助と父が顔を見合わせてお互いの懐を探る様に笑い合う。一方の私は著名な刀工が作る太刀の5倍以上の値段に頭がくらくらしていた。
読んで頂きありがとうございました!
国友二郎助は銃のネジの模造に成功して、火縄銃作成に貢献した人です。ポルトガルから伝来し半年で国友村に伝わり、半年で作成に成功したらしいですが、本当なら凄い技術力ですよね。
そろそろ家康を今川に引き取りたい。
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