11.懐かしき南瓜
カボチャの巻
送り梅雨が過ぎ、太陽の日差しが激しく照りつけるようになった夏の暑き日。私は太陽から逃れるように部屋に篭り、細川藤孝から届いた文を開けた。
『壮健に過ごしているようで何よりだ。織田家との戦の大勝、祝着至極である。今川家の活躍は公方様も我が事の様に喜んでおられた。詳しい報を感謝しよう。』
藤孝様の喜びが伝わってくるような流れる筆に指を沿わせる。小豆坂の戦勝のことは将軍様の耳にも伝わったようだ。
『こちらは細川晴元に追われて、公方様と近江の坂本に逃げている。朝廷の助けで京に戻ることが出来そうだが、実権は細川晴元であり幕府は唯の傀儡でしかない。将軍と成られて努力する義藤様の力に成れないのが心から口惜しい。』
藤孝様や幕府の明るくない動向が続いた。筆も先程より少し荒さがある。悔しくて仕方がないのだろう。
『今は近江で日置吉田流の弓術の印可を貰えるように励んでいる。歩きながら射る歩射よりも、遠くから敵を狙う堂射の方が自分には向いているようだ。京では宮中で儀式として礼射をすることがあるから、また見に来ると良い。達者で。』
今回の文は山法師の花の押印がされていた。そこだけ文を破いて、押し花を自分の宝物箱にそっと入れた。
汗ばんだ手で返事を書くのは後にして私は摩耶に冷たい飲み物を頼む。摩耶はすぐに冷えた井戸水を汲んで来てくれた。
「美味しい…。暑いと冷たいものが一番だね。そういえば、今日は作兵衛が城に来るんだっけ?」
「作兵衛ならもう既にみえておりまする。外に待たせておりますが、庭にお呼びしますか?」
摩耶はそれが当たり前とでも言うように、平然と私に告げる。たけど猛暑にそれはあまりに酷すぎるだろう。
「ええっ…?!こんなに暑いのに??すぐに呼んで。庭じゃなくて部屋で良いから。」
「部屋にお呼びできる格好ではないかと思われますが…。」
「多少床が汚れてもかまわないよ。わざわざ城に来てくれてるんだから、飲み物とつまみも用意して。」
眉を顰めていた摩耶も私の考えが変わらないと分かるとすぐ様切り替えて作兵衛を呼びに部屋を出た。私は筆と紙を用意して、扇子で風を扇ぎながら彼の到着を待った。
空を見上げると遠くに入道雲が山のように聳え立ち雲の峰が出来ていた。
「瀬名姫様、作兵衛を連れて参りました。」
「部屋まで上がらせて貰って悪いな。今日は収穫物を持ってきたぞ。」
作兵衛は土のついた着物のまま床にどかっと座り、背負っていた籠から唐茄子をいくつも取り出した。
「おお!無事に実ったんだ!」
「ああ。普通に耕しただけの畝で育てたものより、姫様に言われた様に草木灰や米糠や籾殻や油粕入れた畝で育てた方が良く育った。」
「配分を変えて育てて貰ったと思うけど、どれが良いや悪いはあった?」
「石灰を入れすぎると良くないな。先に落ち葉や米糠や籾殻を入れたほうが良く育つ気がする。ただ、大量にいれた畝は腐るのも早かったし、虫が沸きすぎて駄目だったな。」
「なるほどね。一畝にどのくらい?」
「大体、米糠や籾殻、落ち葉が二升に、石灰が一升程度か。何回も育ててみないと詳しいことは分からん。」
作兵衛の言葉を筆で書き留めようとしたが、もう少しやってみてから纏めるほうがいいだろうと思った私は筆をおいた。
「鶏糞と馬糞と牛糞はどうだった?」
「そのまま使うと臭いだけだし、食物を腐らせちまうだけだから、刈敷と一緒にやってみたら良かったぞ。鶏糞はすぐに肥料になるが、馬糞と牛糞は時間がかかりそうだ。」
「…刈敷って?」
耳慣れない言葉に聞き返した。作兵衛は水を飲みながら手振りを交えて説明してくれる。
「池や川の周りにある草木や葉っぱを刈って、それを畑において腐らせる堆肥だ。堆肥を早く作るならこの時期は手に入りにくいが藁も欲しい。」
「なるほど。持ってるとこから買っていいよ。持船は海も近いし、魚も肥料にしてみたら?お金はいくらでも使って良いから、いろんなものを試して見て。」
私が風呂敷に包んだ金子を差し出すと、作兵衛が目を大きく開いて二度こちらを見た。
「…いいのか?姫様の道楽にしては金がかかるぞ?」
「食道楽が一番お金が掛かるのは知ってるから平気よ。美味しいものが食べたいのは瀬名だけじゃないから、いずれ売れるようにもなる。」
私が唐茄子を持ち上げながら笑った。カボチャはやっぱり煮物だろうか?カボチャは餅にしても甘くて美味しい。想像するだけでお腹が減ってきた。
「作兵衛、来年の春からは田んぼもやるから稲作用の肥料も研究しといて欲しい。出来そう?」
「うーん…俺だけでやるのは骨が折れるから、暇してる知り合いも使っていいか?二反の田畑を色々弄るなら人手はあったほうがいい。」
「作兵衛に任せる。餅は餅屋って言うからね。金子が足りない時や困った時はまた教えて。あと、唐芋も楽しみにしてる。」
「おう、任せとけ。」
作兵衛が金子を懐にいれて満面の笑みを浮かべて、膳にのっていたつまみを平らげた。その様子を見て、私の横に控えていた摩耶が一歩前にでる。
「姫様は何もおっしゃらないので私から言わせて貰います。作兵衛、言葉や態度にはお気をつけ下さいませ。目にも入れたくないくらい不快です。姫様でなければ叩き出されてもおかしくありませぬ。」
「おうおう…。」
とうとうブチ切れた摩耶がガンをつけると、作兵衛は怯えるように腰を低くした。
「摩耶、瀬名は気にしていないし、構わないけど…。」
「こちらの顔が立ちませぬ。金子や米を出してこの職にあぶれた男を養っているのは姫様でございます。この状況を氏興様や他のものに見られたら、作兵衛はもう此処には来られますまい。」
摩耶は毅然とした態度で私と作兵衛に対応を迫った。私が苦笑いで作兵衛を見つめると、作兵衛も苦笑いでアイコンタクトを返してくれた。
「…作兵衛。そういうことらしいので、他のものがいる時は言葉に気をつける様に。」
「へいへい…。無学なもんである程度はご勘弁くだされ。」
「許す。」
「姫様!甘うございまする!」
ぷんぷんと怒る摩耶をよそに、作兵衛は置いて帰っていった。その日の夜は唐茄子の蒸したものが出てきた。以前に食べていた甘いカボチャとは違い、甘くもない素朴な味のカボチャだったが、懐かしさが心に染みていった。
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