8.ご縁が繋ぐ上方文化
京と堺でコネ作りの巻
父と兄と私は京で正月を迎えた。駿河以外で年を越したのは初めてである。私は数えで7歳になった。
父と兄は献金や宝物を手に今川家の使節として御所や宮に年明けの挨拶に行っている。
細川藤孝様は将軍の直臣のため、ずっと足利義藤様の側で警護についているそうだ。
顔を合わせることはなくなったが、藤孝様は宴に使われた懐紙や、百合の花弁など、いろんなものに歌を書いて送ってきた。
『風わたる 洲崎のよもぎ 冬がれて 夕霜しろき 遠の川波』
「夕霜が綺麗なんだぁ…ふふっ…寒そう。私も冬の景色で返歌しようっと。」
その頃の私は京にいる師の四辻忠順様の演奏会に誘われたり、冷泉為益様の連歌会に参加していた。
身分や年齢のこともあり、参加出来るのはどれも非公式な会だが、偉いおじさん達が大層可愛がってくれる。
「『伽音』と申す曲は大変素晴らしかった。他にも新しき曲はないか?」
「では、初めてお会いする方もございますので『愛し挨拶』を弾かせて頂きまする。」
エルガーの「愛のあいさつ」を弾くと、皆が目を輝かせながら聞き入り、終わる頃にはたくさんの歓声が上がった。
「これほどまで多幸感に包まれる響きは聞いたことがない。心を揺すぶられ、誠に妙妙たる音楽よ。」
「光栄の至りに存じます。」
箏の演奏会が終わった後、皆で雑談している中で師に改めて紹介されたのが権大納言、三条西実澄様だ。
去年、武田の甲斐に下向する際に通った駿河を気に入った様子で駿河の姫である私と知己になりたいとのことだった。
駿河や歌の話をしているうちにすっかり打ち解け、連歌会に呼んで貰う約束をした。
「瀬名姫殿らはこのまましばらく京に滞在されるのか?」
箏を片付けて帰る用意をしていると、実澄様が私には尋ねた。
「いえ、父上の挨拶廻りがもう終わる頃なので一度堺を周り駿河に帰る予定です。」
「堺には何用で?」
「明や南蛮の品を見に行きたいと思いまして。まだ行ったことのない場所への憧れもございます。」
自分がまるで田舎から都会に出てきたおのぼりさんのようで少し照れながら続けた。
実澄様は目を細め嬉しそうに髭を触る。
「ほう、初めてか。知り合いに紹鷗というものがおる。堺に詳しく、茶の湯に通じておるから文を渡すので一度尋ねてみると良い。快く案内してくれよう。」
「良いのですか!?ありがとう存じます!」
「遠くからわざわざ参られたのだ。見聞きすることに勝る学びはない。」
実澄様はそう笑いながら私の頭を撫でてから、一筆書いてくれた。
私は改めてお礼をした後に、父と兄と堺に向かった。
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戦続きで荒れている京とは裏腹に、堺はたくさんの人と活気で満ち溢れていた。
「紹鷗殿!この艶のある皮は何だ?隣のは…もしや屏風で見た唐の豹の皮か?」
「ええ、豹皮と鮫皮ございまする。鮫皮は加工して日本刀の装飾に致します。」
初めての堺に父も気が昂り、堺の豪商で茶人の紹鷗様に何でも聞いてまわった。
「妙な形をしておるこれは…もしや食べものか?とても硬そうだが…。」
「琉球から入ってきた唐茄子と唐芋ですね。蒸して食べると美味と評判にございまする。」
私は懐かしさに唾を飲み込んだ。カボチャとサツマイモがいろんな珍しい食べ物と一緒に並んで売ってあったから。
「父上!この唐茄子と唐芋を買いたいです!出来たらたくさん!」
「そんなに食べたいのか?外来のものばかり食べるのは少し贅沢や過ぎないか?」
「種芋にして育てましょう。芋は腹にたまります。冷害対策に米以外の食材を増やしておくのは大事になります。」
「ほう…?冷害対策か…面白そうだ。駿河に持ち帰ってやってみると良い。」
私が父と買い物の相談をしていると、それを聞いていた紹鷗様が入ってきた。
「…瀬名姫様は、何処でそのような事を学びになられたのですか?」
「書物からです。多聞擇其善者而從之。選択肢はどんな事でもあるほうが良いと思いまして。有備無患とも言いますし。」
私が論語や故事から引用して答えると、紹鷗様は眉を上げ驚いた顔をしたが、すぐに微笑みを見せた。
「何と聡明な姫であられるか…。一度我が茶室にお招きしとうございます。茶の湯は致しまするか?」
「数回だけ…。しっかり学びたいとは思っております。」
紹鷗様の期待の眼差しが眩しいが、正直に経験が少ない事を伝える。
「では、私が指南致しましょう。氏興様と正長様は堺で他に見るものはございますか?」
「堺は日本刀の名地であろう。某と正長の日本刀と甲冑が見たい。」
「武具ならば娘婿の今井兼員が詳しい故、案内を変わりましょう。瀬名姫はこのまま我が茶室へ。」
私の返事も聞かぬまま、テキパキと段取りを組んでいく紹鷗様は楽しそうだ。
「かたじけない。瀬名を頼んだ、紹鷗殿。」
父は笑顔で私と別れた。
私はそのまま紹鷗様の邸宅に向かった。京の細川家よりも、公卿宅よりも遥かに豪華で立派な家に、堺の裕福さを見せつけられる。
邸宅の離れにある茶室に行くと、一人の巨大な男がいた。180㎝は有に越えており、周りの人が小さいからこそ2m以上あるような威圧感がある。
「宗易、今帰った。二人で茶を点てる予定だったが、一人増えても構わぬか?」
「勿論にござりまする。…某は紹鷗様の弟子の千宗易。貴殿の名をお伺いしても?」
千宗易…千利休だ。有名な名前に驚いて顔を見る。年は20代半ばぐらいだろうか。
髪を後ろで結っていて、目は細いが意思の強そうな眉が印象的だ。教科書で見た坊主の肖像画とは余りにも違うのであまり緊張せずに話せそうな気がする。
「駿河の今川関口家の氏興が娘、瀬名と申します。」
「瀬名姫は三条西様の知己で箏と歌の名手であらせられる。茶の湯を学びたいとの事だ。」
「茶の道を志す同士として何卒よしなに。どうぞこちらからお上がりください。」
それから丸一日、紹鷗様と宗易様がみっちり茶の湯を指導してくれた。一人で茶を点てれるようになった頃には日が暮れていて、父が迎えに来ていた。
「結構なお手前でした。この出会いに感謝して、茶道具を一式贈ります。」
紹鷗様が茶道具の入った私の背丈ほどの大きな箱を、何とも気前よく差し出す。
「ええ…っ!このような贈り物は過分にございます…!」
「若者に機や物を投じるのが儂の楽しみにございます。駿河に帰っても茶の道を磨き続けるのですよ。」
「…お言葉に甘えて有り難く頂戴いたします。絶えず茶の道を研鑽いたしますね。」
私が贈り物を受け取ると、紹鷗様がにっこりと微笑んでくれた。宗易様も一緒に見送ってくれる。
「瀬名姫様がまた堺に来られる日を心よりお待ちしております。」
私は深く頭を下げて堺をあとにした。
読んで頂きありがとうございました。
算術、医術、茶道は大事だと太閤立志伝Vで学びました。
三条西実澄のお父さんが紹鷗の歌の師匠。
紹鷗の弟子は有名な堺衆や義輝や藤孝。
京や堺のコネがいかされるのは後々…。
ブクマ、評価ありがとうございます!
家康出てこなくてごめんなさい。
もう数話後には出したい!




